69 警官隊本部にて2
救国の英雄のご登場に、ユナもまた驚いた顔をした。
「え、なんでここに?」
クロサイト様の長身をしげしげ見上げ、
「ってゆーか、私服。珍しくない? いつもは非番の日でも制服着て仕事してるじゃん」
その打ち解けた遠慮のない物言いからして、2人は顔見知りだったようだ。
クロサイト様はユナのセリフには答えず、私の方を見て、丁寧に一礼した。
「つけて参りました」
……態度はともかく、言葉の内容はあまり穏やかではない。
「つけて?」
「はい。帰るフリをして、ひそかに」
「…………」
無言になる私に、クロサイト様は無表情のまま説明を付け加えた。
「自分のような無骨者がそばに居ては、休日を楽しめない。ならば、影ながら護衛すべきだろうと」
「それは……、お気遣いありがとうございます……?」
そうまでして、自分ごときを護衛してくれたことに感謝すべきなのか。
「あいかわらずの仕事中毒だね。端から見たらストーカーっぽいよ、それ」
あるいはユナのように、ちょっと引いてもいい場面なのか。
私がアゲートの部下に捕まった場面も、クロサイト様は陰から見ていたそうだ。「状況次第では踏み込むつもりでしたが」、そうする前に、警官隊が来た、とのこと。
「おケガもないようで、何よりです」
「……はあ。ご心配おかけしました……」
私の言葉に「いえ」と小さく首を振り、「時間も押していますので、参りましょう」と踵を返しかける。
「じいさんには会ってかないの?」
ユナの問いに足を止め、「また日を改めてあいさつに寄る、と伝えてほしい」
壁の向こうでは、今もジャスパー・リウスのお説教が続いている。ニックはともかく、カルサやカメオにはあいさつしたかった気もするが、無理っぽい。
「じゃあ……、お世話になりました」
ユナに頭を下げてから立ち去ろうとすると、「あ、待って」と止められた。
「あのさ。エルさんて、クリアちゃんと一緒に住んでるんだよね? カイヤに雇われて」
クリアちゃん? カイヤ?
「2人、元気にしてるかな。あと、ハウルの奴も」
「えーっと? お元気、だと思いますけど……?」
いきなり王族の名を呼び捨てにされて、戸惑いながら答えると。
「ユナ。口の利き方に気をつけなさい」
横から、クロサイト様が注意する。
「あ、そっか」
ぴしゃりと自分の頬を叩くユナ。
「ごめんごめん。つい昔のクセで。あたしね、あの2人――ハウルとカイヤと、幼なじみでさ」
ちっちゃい頃は、みんなで剣の稽古とかしたんだよ。ひいじいさんが先生でね。
ちなみに、あたしが1番強かった。
幼なじみは他にも居てさ、みんな仲良くて。
だけど、最近は仕事も忙しくて、滅多に会えないから、気になってたんだ。お城の方とか、色々大変みたいだし。
ユナは懐かしそうに笑っているけど、私は話が飲み込めなかった。
「えっと、『ひいじいさん』というのは?」
「あ、言ってなかったっけ。あっちで怒鳴ってるご隠居、あたしのひいじいなんだ」
それからユナは、横に立っているクロサイト様を指差し、「この人は、ひいじいの孫」と続けた。
警官隊の「生きた伝説」ジャスパー・リウスと、「救国の英雄」クロサイト・ローズが、祖父と孫、というのは初耳である。
2人とも、王都ではけっこう有名人だし、本当に血縁者なら噂にくらいなっていそうなのに。
クロサイト様はふっと肩を上下させると、
「私の母は、随分昔に祖父に勘当されておりますので」
くわしい経緯については語らず、ただ、祖父とはあまり縁がないこと、母親も既に他界し、自分たちの関係を知る者も少なくなったということを、いつものように淡々と説明する。
思いがけず立ち入った話を聞いてしまい、私は恐縮した。
クロサイト様は例によって「お気になさらず」だ。目でユナの方を指し、「あまり考えずに思ったままを口にしてしまうのは、祖父から受け継いだ血のせいでしょう」
ユナ自身は悪びれることなく、
「いや、ごめん。別に隠す必要もないと思ってさ」
「お2人はあの、親戚同士? なんですよね?」
クロサイト様がジャスパー・リウスの孫で、ユナがひ孫だというなら、両者の関係はなんだ。叔父と姪とか?
「彼女は、いとこの娘です。……そのいとことも、ほとんど面識はありませんが」
「そうなんだよね、親戚なのに」
とうなずくユナ。
「ただ、最近ちょっとだけ付き合いができたんだ。カイヤと――じゃなくてカイヤ殿下と、この人が仲良くなったからね。共通の知り合いを通して縁ができた、って感じ?」
「仲良く、というのは語弊がある。私が殿下にお仕えするようになった、と言いなさい」
彼にしては珍しくちょっとくたびれたような声で、クロサイト様が訂正する。
「そうだね、ごめん」
と詫びつつ、やはり悪びれないユナ。
会話が途切れたタイミングで、「では、参りましょう」とクロサイト様が言った。
「またね、エルさん。クリアちゃんによろしく」
ユナは「また会おうね」と手を振って見送ってくれた。さっき注意されたばかりであるにも関わらず、また「クリアちゃん」だ。
裏表のなさそうな人だな、と私は思った。
意志の強そうな、かつ聡明そうな瞳をしていた。空気が読めないのではなく、敢えて読んでいない風にも見えた。
もっとゆっくり話してみたい気もしたけど……、彼女が殿下の幼なじみだというなら、また会う機会もきっとあるだろう。




