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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
69/410

68 警官隊本部にて1

 その後の展開はめまぐるしかった。

 私の話を聞いて、どうにか状況を理解してくれたカメオは、「仲間が迷惑をかけた」とアゲートに謝罪。アゲートも形の上ではそれを受け入れ、両者が争うような事態にはならずにすんだのだが。

 ニックの解放交渉やら、事実関係の確認やら、事後処理は山積みらしく、頭を抱えていたカメオが気の毒だった。

 私はといえば、そのまま帰してもらえるはずもなく。

 くわしい事情聴取のため、と警官隊の本部まで連れて行かれることになってしまった。


 ぐるりと城壁に囲まれた王都には、東西南北に門がある。

 警官隊の本部は、そのうち西側の門のすぐそばにあった。王都の西に位置する港町との行き来があるため、最も人の出入りが激しい場所である。

 周囲に石塀を張り巡らせ、高さは5階建てくらい。

 飾りっ気なし、質実剛健って感じの建物だった。見上げると押しつぶされそうな圧迫感がある。そして入口には、噂の「正義」の2文字。


 本部の中は騒然としていた。

 それもそのはずで、現職の警官が、王都一の金貸しアゲート、さらには居合わせた宰相閣下にまで迷惑をかけてしまったのだ。

 どう考えたって失態である。大失態である。

 関係者全員、最上階にある会議室みたいな広い部屋に連れて行かれ、そこで警官隊の創設者にして生きた伝説、現在は隠居しているはずのジャスパー・リウスその人に話を聞かれることになった、のだが。


「ぶわっかもーん!!」

 びりびりと、窓ガラスが揺れる。

「捜査機密を漏洩した上、ど素人の市民を捜査に参加させるとは何事かあ!! 貴様ら、警官隊の矜持を何と心得ておるかあ!!!」

 くわしい事情聴取のはずが、なぜか全員そろって老人に説教される、という図式になっているのだった。

 全員とは、どうにか無事解放されたニックと、そのニックと共に捜査に当たっていたカルサ、それに2人の上司に当たるらしいカメオの3人プラス、私だ。


 なんで私まで説教されているのか。事情を話すために、ここに来たはずなのに。頭ごなしに怒鳴られて、さっきから顔も上げられやしない。

 しかし、すごい。

 90歳を過ぎているはずなのに、この大声。

 生きた伝説ジャスパー・リウスは、その呼び名に恥じない、凜々しい風貌の老人だった。

 年のわりに豊かな白髪で、肌ツヤもいい。さすがに筋肉は痩せ細っているが、背筋はぴんとのびている。

 足が悪いのか、ご登場の際には杖をついていた。

 ただ、時折その杖をぶん回しながらご高説を垂れているところを見ると、歩行に難があるわけではなさそうだ。ニックに到っては、その杖でびしびし頭を叩かれている。


「お前という奴はまた、性懲りもなく先走りおって! クビじゃ、今すぐクビじゃあ!!」


 確かにニックは、クビになっても仕方ないくらいのことをしたと思う。

 が、「クビじゃあ」と叫んだ直後に、「そもそも、警官隊のあるべき姿とは」と説き始め、さらに「このヘマを償うためには一生をかけて云々かんぬん」と続けているところを見ると、本当にクビにする気はないのかもしれない。

 そもそもクビ以前に、なぜニックが警官隊の一員になれたのかが、大いに疑問だけど。


 それはともかくとして。

 老人の話というものは、得てして長い。その上、くどい。

 ニックとカルサがどれほど愚かなことをしたか、カメオがいかに管理不行き届きであったかを詳細に述べた後で、話はぐるっと回って「警官隊のあるべき姿」へと立ち戻る。

 この流れ、3回目なんですけど。

 窓の外には、オレンジ色の西日が差している。

 もう夕方だ。城門が閉ざされるのは夜7時。できればその前に解放してほしいのだが……、ジャスパー・リウスのど迫力を前に、自分から口をひらく勇気などない。


 ――神よ。白い魔女よ。我を救いたまえ――。


 ガラにもない祈りが功を奏したのだろうか。

「……っと、ちょっと。そこの人。女の子」

 ひそめた声が聞こえた。

 そっと、背後を振り向く。

 会議室のような広い部屋。出入り口は後方のドアひとつ。

 そのドアが小さく開いて、警官隊の制服を着た若い女性が手招きしていた。

 ――え、私ですか?

 というように自分の顔を指すと、「そう、あなた。こっち来て」とさらに手招き。


 私はジャスパー・リウスの様子を伺った。いまだ杖を振り上げながら、3人の部下を怒鳴り続けている。私のことは全く眼中になさそうだけど……。

「早く、こっち」

と急かされて、いいのかなあ? と思いつつも、ドアの方へ。

 私が廊下に出ると、女性警官は「ついてきて」と先に立って歩き出した。


 連れて行かれたのは、同じ階にある休憩所のような小部屋だった。

 テーブルと椅子が1組、あとは小さな棚がひとつ置いてあるだけ。

 女性警官は私に椅子を勧めると、「ごめんねー、疲れたでしょ。はい、これ」と、冷たいお茶を出してくれた。

 確かに疲れていたし、ものすごく喉が渇いていた。

 一気飲みして、ホッと一息。

 それから、あらためて目の前の女性を見る。

 日に焼けた肌に化粧っけはなく、茶色の髪を短く刈り込んでいる。いかにも男勝り、もしくは姉御肌、という雰囲気。年齢は20代半ばほどに見えた。


「うちのじいさん、ああなると長いんだわー。とりあえず、一段落つくまで休んでて」

 そう言って、自分も向かいの椅子に腰を下ろす。

 それから思い出したように自己紹介。

「あ、あたし、ユナ。あなたはエル・ジェイドさん、だよね?」

「はい、そうです」

とうなずいてから、「ユナさん、ですか」と聞き返す。

「?」

「あ、すみません。郷里の妹と同じ名前だなあと思って……」

「へー、偶然! 何かのご縁かなあ」

 白い歯を見せて笑う、その表情は人懐っこい。

「ああ、そうだ。うちの隊員が迷惑かけちゃってごめんね。あのニックって奴、一見馬鹿だけど……。いや、実際に馬鹿だけど、悪い奴じゃなくて……」

 と、そこで彼女の話を遮るように、壁の向こうからジャスパー・リウスの怒声が響いた。

 例の「クビじゃあ!」というセリフだった。

「…………」

 何か言いかけていたユナが、そのまま口を閉じる。


「あの、ニックさんて人……」

 本当にクビになるのか。

 などと聞くわけにもいかず、「えっと、本当に警官隊の人なんですよね……?」と質問。よく考えたら、こっちの方が失礼だったかもしれないと気づいたが、遅い。

「そうだよ。あたしの同期」

 ユナの返事で、さらに気まずく。


「あ、そんな顔しないでもいいよ。同期のあたしが言うのもなんだけど、ホントどうしようもない奴でさあ。今回みたいなことも、初めてじゃないんだよね。前にも1人で勘違いして先走って、全然関係ない貴族を捕まえようとしたことがあって」

「…………」

 ユナは日に焼けた頬をぽりぽりかいた。

「あー、でも、ね。馬鹿は馬鹿なんだけど、まるっきり使えない奴かっていうと、そうでもなくてさ」

 信じられないことに、あのニック、今までに何度か大手柄を立てているのだという。

「引きが強い、っていうのかなあ。普通に町を歩くだけでも事件に行き当たるような奴なんだわ。だから、簡単にクビにもできないっていうか……。ある意味、替えの利かない人材ではあるんだよね」

「ははあ……」

 それが本当なら、確かにすごい、かもしれない……?

「ま、そうは言っても、10回のうち9回はただのヘマだけどね。今回のは大ヘマか」

 あっはっは、と豪快に笑うユナ。

 結局、感心していいのか、あきれるべきか、よくわからなくなった。


「この大馬鹿もんがあ!!!」

 再び、壁の向こうから響くジャスパー・リウスの大声。老人のお説教は、いまだ終わる気配もないと見える。

「あの、すみません。私はまだ帰れないんでしょうか?」

 あまり遅くなると困る。できれば帰らせてほしい。

「うーん、多分だいじょうぶだと思うけど、あたしの一存では決められないからなあ」

 あたし、平巡査だし。と言う。

「そうですか……」

「あー、でも。早くしないと、お城の門が閉まっちゃうよね」

 私の身元、勤め先が王城であることなどは、警官隊の人々にも当然伝えてある。


「そうだ。ひとまずお城に遣いを出して、帰りが遅くなるってことだけ伝えておこうか。何なら、今夜はここに泊まってもらってもいいし」

 警官隊に泊まるというのは、嫌な記憶が蘇るので遠慮したい。

 しかし、ユナは「そうだ、そうしよう」と既に立ち上がっている。そのまま出入り口に向かいかけ――。

 廊下に出ようとしたところで、長身の男が立ちはだかった。

「連絡の必要はない」と男は言った。「彼女は、私が城まで連れていく。ご隠居にはそう伝えなさい」

 私は驚いて立ち上がった。

「クロサイト様?」

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