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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
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67 そして、思いがけない出会い2

 宰相閣下の発言に、私はぶほっと吹いた。

「ほほう、それはまた――」

 初めて見るような目で私を眺めるアゲート。その部下の男は、凄みのあるコワモテこそ崩さなかったものの、やや戸惑い気味に私と宰相閣下を見比べている。


「あの、それ……。いったいなんで……?」

 そんなこと、知っているわけ。王都に来てからは誰にも言っていない――雇い主のカイヤ殿下にすら打ち明けてないのに。

 宰相閣下は、小首をかしげて私を見つめた。いつのまにか、にこやかな笑みは消えていた。

「なぜって、調べたからに決まっているじゃないですか。仮にも王族に雇われるんですから、身元を調査されるくらい当然でしょう?」

 普通はね、と小声で付け加える。……それは暗に、カイヤ殿下が普通じゃないって言ってる?


「君の経歴と出自、家族構成等、調べさせてもらいました。……まあ、きのうの今日ですから、簡単にですけどね。街道沿いの宿場で居酒屋を営んできた御一家。お母上は3人きょうだいの末子で、お若い頃に王都に出てこられた。今から20年と少し前、勤め先の食堂に客として訪れたお父上と出会い、めでたく結婚。お父上の生まれは王都で、親兄弟はなく、天涯孤独の身の上。仕事は行商――」

 報告書でも読み上げるみたいにスラスラ言って、そこで意味ありげに1度言葉を切った。

「と、ご家族は信じていた」

 ごくりとつばを飲み込む私。


 そう。父はカタギの行商人だと、家族はみんな思っていた。

 それは別に嘘でも偽りでもなく、父は実際に王国の村々を巡って商いをしていたし、行商ギルドにも籍を置き、商売仲間とも付き合っていた。

 ただ、それは父の「表の顔」だった。


「今から7年前、あなたの故郷で凄惨な事件が起きた」


 唐突で、悪夢のような出来事だった。

 当時、私は11歳。あの日のことは、今でも鮮明に覚えている――というのは嘘で、実際はよく思い出せないことの方が多い。それこそ悪い夢でも見たように、記憶は曖昧だ。

 確か夕食の支度を手伝っていて、それができる頃になっても戻ってこない弟を探して、家を出たのだと思う。

 弟は当時7歳。体が弱く、そのくせ生意気で鼻っ柱が強く、村の子供らとは馴染もうとせず、いつも1人で本ばかり読んでいた。大抵は、家の裏手にある大きな木の下で。夢中になりすぎて時間を忘れることも多かったから、その日もきっとそこに居るだろうと思ったのだ。


 予想通り、弟はそこに居た。

 予想と違ったのは、1人ではなかったことだ。

 知らない男が居た。

 ぐったりと気を失っているらしい私の弟を、まるで荷物でも引きずるみたいに片手でぶら下げて。

 これといって目立つ所のない地味な旅装束を着て、目深にフードを下ろし、マスクをつけていた。おかげで顔がほとんど見えなかったが、その目付きだけはよく覚えている。

 忘れようもない。あんな冷たい目をした人間を、私はそれまで見たことがなかった。

 人と、人でなしの境界線を越えてしまったような目。

 淡々と、冷静に、人の命を奪うことができる。そんな人間だけが持つ無慈悲なまなざし。

 その目が、自分を見ていた。

 私は、蛇ににらまれたカエルよろしくその場を動けず、言葉を発することもできなかった。

 男は言った。――シムの娘だな、と。

 シム・ジェイドというのが私の父の名だ。「ジェイド」は母方の姓である。父は家名を持たなかった。貧しい家の生まれで、もともと姓などなかったと家族には話していた。


 ――あいつが戻ってきたら伝えろ。息子は俺が預かっておくが――。


 男が何を言ったのか。……私の父に、何を伝えろと命じたのか。

 私は覚えていない。歯がゆいことに、いくら考えても思い出せない。

 頭に浮かぶのは、ごく曖昧な記憶のかけら。

 森の中の水車小屋に弟が捕まっていたこと。

 男に仲間が居たこと。同じような、地味な服装の男が他にも4人。

 その日は満月で、真夜中でも明るかったこと。月の光を照り返す白刃。硬いもの同士が打ち合う音。叫び声と、血しぶき。

 気がついた時には夜が明けていて、男たちは物言わぬ亡骸となっていた。

 私も弟もケガひとつなく、父がそばに居て、そして――血のついた白刃をその手にしていた。


 いったい何が起きたのか。

 男たちは何者だったのか。

 わからない。事情は何ひとつ知れない。事件後、父は失踪し、今に到るまで行方知れずだからだ。

 何の説明も釈明もなく、父は出て行ってしまった。

 1度だけ手紙が届いたが、そこには謝罪の言葉と共に、「どうか自分のことは忘れてほしい」と書かれていた。

 そんなこと言われたって、忘れられるわけないのに。


「事件は迷宮入り、被害者の身元もわからなかった。お父上の素性も不明、と報告書にはありますが――間違いありませんか?」

 質問の形をとっておきながら、宰相閣下は私の答えを待たなかった。すぐに別の質問を続ける。

「お父上の正体は何者だったのでしょうね?」

 背筋がひやりとした。

 父の正体。それは、私も考えた。

 あんな人殺し慣れしたような連中を1人で返り討ちにしてしまった父が、ただの行商人だったはずがない。幼い頃から、何度も繰り返し考えてきた。


 そして今では、答えを知っている。

 王都に出てくる直前、母が教えてくれたのだ。

 ずっとひた隠しにしていた事実を。

 私の父は――。

「何者だったのですか?」

 宰相閣下が繰り返す。穏やかでありながら、底冷えしそうなほど冷たい声だった。


 言えない。言ったらヤバイ。

 お人よしのカイヤ殿下にすら言えなかった。まして宰相閣下は、色々と怖い噂のある人だ。

 いきなり始末される――なんてことはさすがにないと思いたいが、何しろこの状況である。

 逃げ場のない密室。目撃者は、興味深そうに成り行きを眺めているアゲートとその部下、床に転がされたままのニックだけ。

 アゲートに金を渡し、ニックの口をふさげば、あとは小娘1人くらいどうとでもできそうじゃない?


「答えられませんか?」

 冷や汗がつたう。捕食者に追いつめられた草食獣さながらの気分だった。

 私の反応を見て、宰相閣下はなぜか愛想良くにっこりした。

「では、質問を変えましょうか。あなたは何者ですか?」

「へ?」

 一瞬ぽかんとしたが、すぐに意味がわかった。宰相閣下が続けてこう言ったからだ。

「正体を偽って殿下に近づき、何か良からぬことを企んでいるのではありませんか? たとえば毒を盛ろうだとか、隙を見てクリスタリア姫を拐かそうとか」

 私はぶんぶんと必死で首を振った。

「違います。そんなこと全然考えてません」

 ふうむと小首をかしげる宰相閣下。「できれば、正直に答えてくれないかな……」

「正直に答えてますって!」

「…………」

 宰相閣下は、黙って私を見つめた。

 次は何を言われるのかと、息をつめて待っていると――。


「……まあ、本音をいえば、別にどっちでも構わないんですけどね」

「ほえ?」

「君の言うことが嘘でも、嘘でなくても。こちらとしては、素性の怪しい人間を敢えて雇うメリットがない。メイドなんて、他にいくらでも居るわけですし。だから、早い話。辞めてもらえません? ってことです」

 言葉の最後に、またにっこり。やけに楽しそうな、それでいてトゲのあるほほえみを浮かべて見せる。

「いや、辞めろって言われても……」

「不服ですか? そもそも、こんな重大な事実を伏せていた時点で、クビにされても仕方がないと思いますが」

 うぐ。それを言われるとつらい。


 別にだますつもりじゃなかった、本当のことを話したら雇ってもらえないと思ったから……なんて言っても、鼻で笑われるだけだろうな。そんなのはこっちの都合で、言い訳にならないし。

 いずれ話すつもりだった、と言っても信じてはもらえまい。

 殿下のお人よしに甘えて、都合の悪い過去を伏せていた。それはまぎれもない事実だ。

 お身内である宰相閣下にしてみれば、そりゃ腹も立つだろう。不誠実で信用できない人間に見えるだろう。

 これは責められても仕方ないか……。


「どうしました? 言いたいことがあるなら早く言ってくれませんか」

 私が神妙な顔で黙っているのを、反抗的な態度と誤解したらしい。笑顔で圧迫するのをやめて、露骨に脅かしてきた。

「どうやら、ご自分の立場がよくわかっていないようだ。こちらとしては、君を無事に帰さない、という選択肢もあるんですけど」

「閣下。さすがにそれはお言葉が過ぎるのでは?」

と、アゲートがニヤニヤしながら話に割り込もうとした時。

 その背後、部屋の隅にわだかまる闇の中で、気配が動いた。

 いつのまに現れたのか、あるいは最初からそこに居たのか。地味な色の服を着た、地味な風貌の男が進み出る。


 私は少なからずぎょっとした。その男の姿が、7年前、故郷に現れた男たちとよく似ていたからだ。体格や容姿は違うが、服装と雰囲気がそっくりだった。

 男はアゲートの部下だったらしい。音もなく主人に近づき、小声で何事かをささやいた。

「そうか、わかった」

 アゲートは軽くうなずくと、宰相閣下の方に向き直った。「どうやら、警官隊の者たちが表に来ているようですね」

「……へえ、もう来ましたか。意外に早かったですね」

 警官隊が来ている?

 もしかして、カルサが仲間を連れてきてくれたのかな。


「お嬢さん」

 唐突に、アゲートが私を呼んだ。

「申し訳ないが、これから外に出て、ここで起きたことを警官隊の者たちに説明してもらえるかな」

「へ、わ、私がですか!?」

「そう、君がだ。私の部下に行かせたのでは、相手に警戒されてしまうだろうからね」

 話題に上ったその部下は、若干不満そうな顔をしつつも、反論はしなかった。

「こちらに争う意思がないこと、全くの手違いからこういう事態になってしまったのだということを伝えてほしい」

「はあ……、わかりました」

 アゲートにうなずきを返しつつ、私はちらりと宰相閣下の方を見た。

 彼はこう言った。

「じゃあ、話の続きはまた後日ということで」

 ……行ってもいいんだ。ついさっきの「無事に帰さない」的なセリフは冗談? それとも、ちょっと脅かしただけ?

「自主的に退職願を出してもらえれば、2度と会わなくてもすむんですけどね」

 何にせよ、あまり良く思われていないのは確かなようだ。


 部屋の出口に向かおうとして、気づいた。

 いまだ床に転がされたままのニックの存在に。

「あの、彼は……?」

 解放してもらえないのかという意味で聞いたのだが、アゲートに断られてしまった。

「まだ縄を解くわけにはいかんね。彼の今後については、警官隊との話し合いで決まるだろう」

 仮に部屋を間違えただけだとしても、武器を持って乱入したことは事実なのだ。それも仕方ない――むしろ当然か。

「わかりました、行ってきます」

「よろしくお願いしますよ」と宰相閣下が言い、「トール、お嬢さんを送って差し上げろ」とアゲートが命じる。

 送るっていうか、見張りだよね。

 トールと呼ばれた男が無言で扉を開け、先に行け、とばかりにとがったあごをしゃくる。


 ――廊下に出た瞬間。

 体の力が、ふっと抜けそうになった。

 恐怖と緊張。加えて、アゲートと宰相閣下という、極めて存在感の濃い2人と密室で同じ空気を吸っていたのだ。

 気づかないうちに、かなり消耗していたらしい。

「行くぞ」

 一緒に廊下に出た男が、低い声で告げる。「いいか、逃げようなんて考えるなよ」

 めいっぱい怖い顔をして見せているけど、あの2人に比べたら可愛いもんだわ。

 私は「はあ」と曖昧にうなずいて、男に従った。


 ついさっきも通った(その時は宙づりだった)階段を下り、薄暗い廊下を通って、裏口へ。

 あいかわらずひとけがなく、木箱と酒樽が積んであるだけだ。

 裏口に手をかけようとしたところで、男が再度、警告してきた。「いいか。妙なマネしたらタダじゃおかな――」

「あー、はいはい。わかりましたから」

 いちいち凄まないと気がすまないのか。いいかげんうんざりして、投げやりに男の言葉を遮る。

 男のひたいに青筋が浮かびかけるが、「早く行かないと、警官隊の人たちが踏み込んできちゃうかもしれませんよ」と言ってやると、ぐっと怒りを飲み込んだようだ。

 頭が悪いわけではないんだろうな、この人。なんだかんだで、状況判断はできてるみたいだし。

 もう1度低い声で「行くぞ」とつぶやき、ドアを開ける男。


 まぶしい昼の陽射し。

 さわやかな初夏の外気。

 ああ、なんて懐かしい、外の世界――。

 3日ぶりに留置所から出られた時より、もっと、もっと嬉しい。


 私が裏口から1歩外に踏み出すと、さっきは全くひとけのなかったアジサイの陰で、気配が動いた。

 ひょっこりのぞいた顔はカルサだった。

「あれ、姐さん。無事だったんだ?」

 まるで緊張感なくそう言って、ひょこひょこ近づいてこようとする。

 その首根っこを背後からつかんで止めたのは、大柄なひげの警官。以前お世話になったカメオだった。

 もともと野盗じみた迫力満点の容貌をさらに険しくして、彼がにらんでいるのは私ではなく、その背後に立っている男――トールの方。

 ま、当然の反応か。

 今にも武器を抜きそうに見えたので、私は急ぎ声を上げた。

「あの、すみません。ちょっと話を聞いていただきたいんですが……」

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