66 そして、思いがけない出会い1
私の発言に、三者三様の反応が返ってきた。
アゲートの部下が、「ふざけるな!」と怒鳴る。
アゲートは無言だった。高級パイプをくゆらせながら思案している。
そして、もう1人――ずっと物音ひとつさせなかったアゲートの「大切な客人」が、ぶはっと音を立てて吹き出した。
あまりに大きな音だったので、私はびくっとした。
「おっと、失礼。うっかりツボに入って……」
肩を震わせながら立ち上がり、こちらに姿を見せる。
愛嬌のある丸顔で、ぽっちゃりした体に、足元まで覆う高価そうなローブをまとっている。
茶髪に青い瞳。丸っこい色白の指にはめているのは結婚指輪だろうか。いかにも育ちのよさそうなキレイな手だった。
多分40歳くらいかな。ちょっと童顔で、年齢がわかりづらい。
柔らかそうな福耳と、つぶらな黒目がちの目。
手足の短いところといい、全体の雰囲気といい、まるでおもちゃ屋さんに並んでいるくまのぬいぐるみみたい。
「どうも、はじめまして、お嬢さん」とにっこり。
「こ、こんにちは……?」
と頭を下げたものの、私には彼が何者なのかわからない。
「ああ、失礼。まずは名乗らなければいけませんでしたね」
男は軽く礼をして、
「私はミゲル・オーソクレーズ。あなたが仕えるクリスタリア姫の、母方の叔父に当たります。……付け加えると、この国の宰相でもあります」
そこまで聞いて、私は阿呆みたいに口をぽかんと開けた。
宰相? ……この人が?
王妃様の妹姫を妻にした、カイヤ殿下とクリア姫にとっては血のつながらない叔父上様。
40代で宰相に抜擢されたやり手で、政敵を何人も闇に葬り、最近ではフローラ姫の縁談を潰したとかいう、あの?
……なんか、聞いた話から思い浮かべていたイメージとの差が……。
私があっけにとられていると、男は苦笑した。
「ああ、やっぱり。初めての人には、だいたいそういう反応されるんですよねえ」
私、宰相っぽくないですから――と言って、私ではなく、アゲートに笑いかける。
普通なら、反応に困るところだと思う。
しかし王都一の金貸しは慌てず騒がず、
「ま、世間一般の『宰相』のイメージといえば、腹黒で陰湿な悪役、と相場が決まっていますからな」
「そうそう。痩せた狐顔の男か、太った狸親父か」
「その点、閣下は違う。実に親しみの持てる風貌をしていらっしゃる」
「あっはっは。それって、宰相らしい威厳が全然ないってことじゃないんですか?」
「いやいや、はっはっは」
一見なごやかに笑い合う2人。
しかし、その光景は、見ていてちっともなごまない。
「あのう……失礼しました。エル・ジェイドと申します。クリア姫――クリスタリア姫には、大変良くしていただいております……」
遅ればせながらのあいさつに、宰相閣下は「いえ、こちらこそ失礼」と笑顔で答えてくれた。
「君のことは、カイヤ殿下から聞いていますよ。1度会ってみたいと思っていたのですが、まさかこんな形で機会に恵まれるとは予想できなかった」
そりゃそうだろう。仮に宰相閣下が噂通りの有能な人物だとしても、「こんな形での出会い」を予想することなど不可能だと思う。
私だって、こんな事態になるなんて、全くの想定外だ。
たった半日、王都を歩いただけで。
なぜ、ありえないトラブルにばかり行き当たる。自分がいったい何をした。
「……って、『会ってみたいと思っていた』?」
「ええ、そうです」
宰相閣下は、つぶらな瞳で、興味深そうに私を見つめた。
「色々と、複雑な事情をお持ちのようですね。何でも、お父上を探して王都に出て来られたそうですが……。ただの行商人だと思っていたその父上が実は人殺しで、5人も殺めた上に姿を消してしまったとか?」




