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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
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65 望まぬ再会

「これはこれは、珍しいお客さんだ」

 たった1度会っただけなのに、向こうも私の顔を覚えていたらしい。

 金貸しヴィル・アゲートは、高級パイプをくゆらせながら近づいてくると、

「久しぶりだね、お嬢さん。私のことを覚えておいでかな」

と、ニヒルに口元を持ち上げ、笑って見せた。

 声が出せないのでうなずこうとしたが、がっちり口元を押さえられていると、それも難しい。

「おっと、これは失礼。トール、その手を放せ。うら若いご婦人相手に失礼だろう」

「はあ……」

 若干不満げな空気をにじませつつ、トールと呼ばれた男が私を解放する。

「とっ、と」

 急に放されて、私はたたらを踏んだ。

 どうにか転ばずに踏みとどまったが……、その時初めて、立派なじゅうたんの上に転がされている物体に気づく。

「なあっ!」

 気づくなり、叫んでいた。すかさず、「騒ぐな」と背後の男がすごむ。

 騒ぐなと言われたって無理な話だ。

 両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされて床に転がされているのは、ついさっきまで一緒に居たはずのニックだった。

 何がどうしてこうなったのか、聞きたい。それはもうくわしく教えてほしいが、もちろんそんな余裕はなく。


「妙なマネしたらタダじゃおかねえぞ」

 背後の男が、ずいと顔を近づけ、にらんでくる。

 その顔も見覚えがあった。

 長身、禿頭、凄味のある目付き。

 アゲートと会った日、彼の店で、貴族の顧客と揉めていた――その後、警官隊にもついてきた、アゲートの部下らしき男だ。


「えっと……」

 私は戸惑いながら男の顔を見上げ、それからアゲートの方に視線を移した。

 アゲートはおもしろそうに私を眺めている。少なくとも、今すぐ危害を加えようという雰囲気ではない。

「あの、アゲートさん?」

 トールという名の男がピクリと反応する。多分、なれなれしく呼ぶなとか何とか凄もうとしたんだろうけど、それをアゲートが「黙っていろ」という風に手を上げて制した。

 おかげで私も、続きを口にすることができた。

「これはいったい、どういう状況なんでしょうか……?」

「ふむ。『これはいったいどういう状況か』」

 アゲートは私のセリフを繰り返し、「実をいうと、それを問いたいのはこちらの方なのだがね」

「…………?」

 私は頭の上に疑問符を浮かべた。

 アゲートは、そんな私の反応をじっと見て、

「まずは、君がここに居る理由を話してもらえるかな。その後で、こちらも君の質問に答えるとしよう」


 君がここに居る理由、と言われても……。

「ああ、先に言っておくが、嘘やごまかしを口にするのは遠慮してほしい」

 アゲートは優雅に肩をすくめて見せると、

「私も戸惑っているんだ。大切なお客様との会食の席に、突然武器を持って踏み込んでこられたものでね。幸い、部下の対処が早くて、大事には到らなかったが。……いや、そこの狼藉者が、勝手に敷物で足を滑らせて転倒してくれたのだったかな。ともあれ、一歩間違っていたら、私が営々と築き上げてきた信用も、商売も、全てが水の泡になるところだったよ」


 アゲートの話を聞きながら、私は目の前が暗くなりかけた。

 ニックのことを、有能な警官だと思っていたわけではないが――よもや、ここまでとは。

「そんなわけで、話の内容によっては、穏便にすませるわけにもいかなくなってくる」

 私は気づいた。

 アゲートの目の中に見え隠れするもの。

 ちらちらと、赤い舌をのぞかせる蛇のように、見る者を恐怖させる何か。

 それは敵意だろうか。獲物をなぶる喜悦だろうか。あるいは純粋な怒りか。

 いずれにせよ、確かなのは。

「穏便にすませるわけにはいかない」というそのセリフが、シャレでも冗談でもない、ということだ。

 ヤバイ。これは、相当ヤバイ事態だ。

 成り行きに頭が追いつかずにいた私だけど、ここに来て初めて、本気で恐怖を感じた。

 下手したら、五体満足でここから出られないかもしれない――。


「その男が警官隊の者だというのは既に聞いた。ここに身分証もあるから、嘘ではないのだろう」

 そう言って、テーブルの上から、警官隊の紋章入りの手帳を持ち上げて見せる。

「これまで、警官隊とは友好な関係を築いてきたつもりだがね。少なくとも敵対していた覚えはないが……まあ、今は置いておこう」

 それよりも、と私の方を見て、

「お嬢さん。私たちが出会った運命的な事件の後、君は『あのお方』にメイドとして雇われたはずだね」

 運命的かどうかはともかくとして、アゲートと出会った事件といえばひとつしかない。そしてあのお方というのは当然カイヤ殿下のことだろう。


 ただ、殿下と雇用契約を結んだのはあの事件より後だし、アゲートにわざわざ教えた記憶もない。

「どうして知って……」

「なに、驚くほどのことではない」

 アゲートは小さく首を振った。

「常に衆目を集めずにはいられないお方だ。それは、あの方に関わる者も同じこと。近づく者が居れば、素性を検められる。私がせずとも、誰かがしていることだよ」

 もったいぶって話してるけど、要するにカイヤ殿下の動向は常にチェックしてるし、私のこともついでに調べたと?


「その君が、どうして警官隊と行動を共にし、この私に敵対するような行為に協力したのか」

 再び蛇が獲物を狙うような目で、私を見すえるアゲート。

 あー、この話の流れは、つまり……。

 私が警官隊の密偵か何かで、王都に不慣れな村娘を演じ、カイヤ殿下のことを、ついでにアゲートのことも欺いていた、とか疑われている感じ?

 この状況じゃ、そう見えるのも無理ないかもしれないけど……、ちょっと深読みしすぎだ。


 私は足元のニックを見下ろした。

 彼も目だけで私を見上げている。ぱっと見、大ケガはしていない。時間の経過から考えて、拷問とかにかけられる暇もなかったはずだ。

 ……そのわりに身元は吐かされてるし、なんか他にもしゃべってるっぽいが。


「ニックさん」

 私は彼に話しかけた。

「悪いけど、アゲートさんに本当のこと話しますよ」

 むーむーと唸りつつ、必死に首を振るニック。

「いや、しゃべるなって言われても無理です。むしろ、ちゃんと答えた方がいいと思います」

 なんか、誤解があるみたいだし。

 私はニックとアゲートの両方に向かって言った。

「ほう?」

と片方の眉を持ち上げるアゲート。

「おい、ガキ。舐めた口きくんじゃねえぞ」

と凄む部下。


 私は軽く深呼吸してから、話し始めた。

「ええと、まずは今日、ここに来るまでの成り行きですが……」

 ありのまま。嘘を交えることなく。

 私は話した。

 自分にとっては、ただの楽しい休日になるはずだったこと。

 中央公園で偶然、ニックらと会い、「怪しい貴族と怪しい商人が密会する」現場に近づくため、協力を頼まれたということ。


「その貴族の名は?」

 悠然と話に耳を傾けていたアゲートが、その部分で唐突に問いを挟んできた。

 敢えて固有名詞は避けつつ話してきたのだが、仕方ない。先に「ごまかすな」と警告されているし。

「セイレス家の当主、だそうです」

 相手の反応を伺いつつ、慎重に答えると。

 ほんのかすかではあったが、アゲートの顔付きが変化した、気がした。

 感情を読み取れるほどの変化ではない。

 だけど、私は思った。その名前が、彼の想定していたものとは違ったんじゃないか、と。


 根拠はある。

 先程からじっと動かず、気配もさせないので、その存在自体を忘れそうになるが。

 出入り口に近い方の席に座っている、アゲートの「大切な客人」。


 薄暗くても、ソファーの陰になっていても、背格好くらいはなんとなくわかる。

 その人物は比較的小柄で、体つきはふっくらしており、髪の色は茶。

 セイレス家の当主は、小柄だが痩せており、頭のてっぺんが薄くなっている。

 つまりそこに居るのは、カルサやニックが追ってきたセイレス家の当主ではない。

 そして、密談相手の「怪しい商人」というのもまた、アゲートではないだろうと私は思う。

 理由は単純。仮にアゲートなら、カルサが何か言ったはずだからだ。それこそ、「姐さん、あのアゲートって濃いおっさん、覚えてる?」とか聞いてきただろう。

 セイレス家の名前は不用意に挙げておいて、アゲートの名前だけを慎重に伏せておく、とは思えない。


「ふうむ」

 アゲートが口ひげをなでながらつぶやく。

「そういえば、先程セイレス家の主人を見たよ。美しいご婦人連れで向こう隣りの部屋に入っていった。老いてますます盛んとは実にうらやましいと思ったものだが……」

 その言葉に、私の思考は若干、脇にそれた。

 ひょっとして、セイレス家の主人は、単に愛人との逢瀬を楽しむためにここに来たんじゃないだろうな、と。

 だいたい、「怪しい商人との密会」っていう話の根拠が何なのか、ニックには聞いてない。

 最初から全部勘違いだったとしたら、振り回された自分たちが何とも報われないが、今は考えないでおこう。確かめようのないことだし、何より虚しい。


「では、そこのニックくんは、なぜこの部屋に踏み込んできたのかな」

 そうつぶやくアゲートは、半ばこちらの回答を予想しているような顔をしていた。

「それは、おそらく……」

 背後の男の殺気混じりの視線を感じつつ、私は言った。

「踏み込む部屋を間違えたから……?」

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