63 災いは真昼の公園を走ってやってくる2
一目散に私のもとに駆け寄ってきたのは、後であいさつに寄ろうと思っていた警官隊の見習い警官に間違いなかった。
――なんでここに? 今日は休みなの?
尋ねようとしたら、先に相手の方が早口でしゃべり出した。
「やっぱり、姐さんだ。ねえ、何やってんの? なんかお城で働き始めたらしいって聞いたけど、今日休み? それとも、もうクビになったとか?」
「ちょ、いっぺんに聞かないで」
あいかわらずぐいぐい来る少年の体を押し戻し、自分は休みだと告げてから。
「そっちはどうしたの? その格好、なんか……」
変装でもしてるみたいだけど、と言いかけて口をつぐむ。
カルサは似合わない眼鏡をかけ、ややサイズの大きな乗馬ズボンとベスト、頭にはベレー帽といういでたちだった。
「ああ、これ? 変装!」
人がせっかく気を遣ったというのに、台無しだ。通りすがりの人が、一瞬こっちを見たじゃないか。
「なんか、俺の先輩がね。怪しい貴族が、怪しい商人と密会するって情報、つかんできてさ。一緒に待ち伏せしてるとこ」
そんな話を、こんな人の多い場所で、大声でする馬鹿が居るか。
私があきれかえっていると、その先輩だろうか。長身でがっしりした体格の若者が、「おおーい」と駆けてきた。
「ヤバイよ。セイレス家の主人め、もう店の中に入っちまった」
こちらもカルサの先輩だけあって、不用意に声がでかい。
ただ、私は別のことに気をとられていた。
「『セイレス家』?」
「あ、姐さん、覚えてた?」
当たり前だ。セイレス家とは、私に盗人の濡れ衣を着せてくれた、その家である。
おかげで、3日も留置所に入るハメになったのだ。忘れられるわけがない。
「あれから、色々調べてさ。ほら、あの家、かなり金に困ってるみたいだったでしょ? 姐さんのこと以外にも、何か悪さしてるんじゃないかと思って。そしたら本当に――」
カルサの話を遮り、声を上げたのは先輩の警官だった。
「立ち話してる場合じゃないって! このままじゃ、応援が来る前にホシに逃げられちまう」
ああ、ヤバイ。どうすれば……とかつぶやきつつ、オーバーアクションで頭を抱える男。
なまじガタイがいいだけに目立っているし、その上、「ホシがどうこう」なんて言うから尚更だ。中央公園を散策する人たちが、ちらちらと視線を向けてくる。
男は気づいていない。頭を抱えたまま、悲嘆にくれている。
「せっかくのお手柄が……。出世を手土産に、セラフィナ嬢に求婚する、という俺の計画が水の泡になってしまう!」
「セラフィナさんっていうのは、警官隊の本部の近くにある酒場のオーナーさんね」
別に聞いていないのに、カルサが説明してくる。
「すっごい美人だよ。俺はタイプじゃないけど」
「失礼なことを言うな!」
と怒鳴る男。その声もやっぱりでかい。
……警官隊はなんでこんな2人を雇ってるんだろう、と私は思った。
願わくば、道行く人々が男のセリフを真に受けたりせず、芝居の稽古でもしているんだろうと、そう思ってくれたらいい。
「君!」
突然、男の両手が、がしいっと私の肩をつかんだ。
「我々公僕に力を貸してくれまいか!」
「はひ!? 力を貸すって……」
「頼む! 俺の出世が! セラフィナ嬢との未来が! ついでに王都の平和がかかっているんだ!」
何だか優先順がおかしいような気もするが、ガタイのいい男に力任せに揺さぶられては、それどころじゃない。がっくんがっくん前後に揺れながら、私は両の目をシロクロさせた。
「ちょっと先輩、やめてよ」
カルサの声で、ようやく手を放す男。
「や、すまん。つい取り乱して」
いくらか落ち着いたらしい男が言うことには、「セイレス家の主人が、怪しい商人と密会する現場をおさえるため、協力してほしい」
具体的には、この近くにちょっとお高いレストランがあるので、そこに一緒に入ってほしい、ということだった。
本当は同僚の女性警官を応援に呼んであったのだが、思いのほか密会が早く始まりそうなので、間に合いそうにないのだという。
「その店はカップルに人気があってね。男2人だと、不自然に目立ってしまうのではないかと」
中央公園は、観光名所であると同時に、デートの名所でもある。
セイレス家の主人も、女性同伴で来ているそうだ。おそらくカムフラージュのつもりだろうと男は言った。怪しい商人との密会をごまかすために、デートを装っているのだろうと。
「まさか、こんな真っ昼間に……。密会といえば夜、人目を忍んでするもの、と決まっているだろうに……っ!」
悔しそうにこぶしを握って、歯噛みする男。
日の高いうちは密会しちゃいけないなんて決まりはない。単に自分が迂闊だっただけのことではあるまいか。
「一緒に店に入ってくれるだけでいいんだ。俺が密会の現場を探っている間、君は食事でもしていてくれ。当然、食事代は出すし、首尾よくいったら謝礼を払ってもいい」
男は必死に頼み込む。
もともと食事はするつもりだったし、そのレストランのこともチェックしていた。懐具合の関係で、カフェの方を選んだだけで。だから奢ってくれるというのは、悪い話じゃないが。
本音をいえば、関わりたくなかった。
理由はひとつ。
この男が信用できないからだ。厄介事に巻き込まれそうな匂いがぷんぷんする。
「頼む! この通りだ! どうか助けると思って!」
しかし、公衆の面前で土下座までされては、私に逃げ道はなかった。
「わかりました! わかりましたから、落ち着いて! 一緒に店に入るだけでいいなら協力しますから!」
私の答えに、男は感涙にむせびながら何度も礼を言った。
「ありがとう、ありがとう! 君は恩人だ、いや、救いの女神だ! 俺が無事セラフィナ嬢と結婚したあかつきには、花嫁のブーケトスは君に捧げよう!」
「いらんわ! つーか、落ち着けって言ってるでしょうが! 声も無駄にでかいって、いいかげん気づけ!」
ついにぶち切れた私は、ノリで男の頭をはたいてしまったが、男はいっこうにこたえない。
横で一部始終を見ていたカルサが気楽に笑いつつ、
「あはは。姐さんって、本当に運が悪い人だねえ」
などと、極めて他人事な感想を口にしていた。




