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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
63/410

62 災いは真昼の公園を走ってやってくる1

 いつまでも呆けてはいられない。

 もともと1人で出かけるつもりだったのだし、気を取り直して。

 通行人の邪魔にならない道端に移動し、あらためて観光案内をチェックする。


 ――うん。やっぱりここからだと、1番近いのは郵便局だ。


 家族への手紙を出した後、中央公園に行って散策し、昼食はカフェで。

 それから魔女の憩い亭、警官隊の詰め所、の順で回るのがよさそうだ。帰りに、クリア姫とパイラにおみやげのお菓子を買って、時間があまったら本屋さんへ。よし、それで行こう。


 慣れない王都の1人歩きだ。多少のトラブルは覚悟していた。

 しかし、人生には予想もつかないトラブルというのもまた付き物である。……私の場合、王都に来てからはその連続だったような気もするが、それはさておき。


 午前中は驚くほどスムーズだった。

 今から300年以上前に作られたという中央公園は、王都一の観光名所だけあって、観光客向けの案内板があちこちに立てられていた。おかげで迷うことなく辿り着くことができたし、その景観は期待以上にすばらしかった。

 公園の中央に位置する広場には大きな噴水があって、羽を広げた鳥の像から、清冽な水柱が立ち上っている。

 赤いレンガを敷き詰めた歩道が、青い芝生の中をのびていた。公園内にはさまざまな木や花が植えられており、ちょうど今の時期はリラの花が満開だ。


 故郷の村がすっぽり入ってしまいそうなほど広い公園を、ゆったりのんびり散策し。

 さて、例のカフェに行こうかと思った時だった。忌まわしきトラブルに――正確には、その前兆とおぼしきものに出会った。


「もし……、お嬢さん?」

 私は足を止めた。

 年配のご夫婦が1組、私とすれ違うように通り過ぎていく。「お嬢さん」と呼べる人間は周囲に居ない。つまり、私の他は。

 では、どこから呼ばれたのか? 答えはすぐにわかった。

「そちらのお嬢さん。お時間があれば寄って行きませんか?」

 もう1度聞こえた声に振り向けば、そこには「あなたの運勢占います」と書かれた立て看板。

 さらに、いかにもそれっぽい水晶玉と、怪しげなタロットカード、黒魔術にでも使うような不気味なろうそく立てと、魔法陣の織り込まれたタペストリー。

 それらを全て小テーブルに並べて道端に座しているのは、どっから見ても「怪しい占い師」としか形容できない人物であった。


「どうです? 手始めに今日の運勢でも。お安くしておきますよ、お嬢さん」

 紫のローブを頭からすっぽりかぶり、うつむきがちに座っているせいで顔がよく見えない。

 見えるのは口元だけ。薄い唇に、薄紫の口紅を引いている。

 ぱっと見は女性のようだが、声はやや甲高いながらも男の声に聞こえた。


「えと、けっこうです」

 私は反射的にそう言った。

 占いのたぐいは嫌いじゃないが、お金を払ってまで視てもらおうとは思わない。

 しかし占い師は断られてもめげることなく、

「では、恋愛運などはいかがです? あなたに良い出会いが訪れるかどうか、占って差し上げましょうか」

「いや、だからけっこうで……」

「おお、視える……。あなたの過去と未来が……」

 大仰な仕草で水晶玉をのぞき込む占い師に、私は一瞬の間を置いてから背を向けた。このまま相手のペースに乗せられて、料金を払わされるハメになってはかなわない。


 立ち去ろうとすると、背中から占い師の声が聞こえた。

「あなたは今、届かぬ恋をしていますね?」

 別にしてないっつーの、そんなの。

 どうやら、適当にそれっぽいことを言う系のイカサマ占いらしい。とっとと立ち去るのが吉だ。

「ちょっと、そんな冷たくしないでくださいよ、お嬢さん」

 何やら哀れっぽい声で呼び止められたが、無視、無視。

「うーん、違ったか……。だったら、おかしな仕事に引っかかって苦労している?」

 微妙に思い当たるところはあるかもしれないと言えなくもないが、とにかく無視。


「あ、視えた、視えました! あなたはこの王都で、大切な人を探している!」

 デタラメ――とはわかっていても、その言葉には自然、足が止まった。思わず占い師の方を振り向いてしまう。

 既にだいぶ距離が離れていたが、私の反応に、占い師の口元がにんまり歪むのがわかった。

「当たりですね? お嬢さん」

「…………」

 私は占い師のもとにすたすた歩み寄った。そして、相手が何か言うより早く、きっぱり告げる。「お代は払いませんよ」

「そんな、殺生なこと言わないで。どうか哀れな年寄りを助けると思って」

 知ったことではないし、声は年寄りってほどじゃないし、なんとなく調子のいい語り口に微妙に腹が立つし。

 そんなこんなで再び背を向けた私に、占い師はこれ見よがしにため息をついて。


「悪いことは言わない。今すぐにでも王都を離れて、故郷に帰りなさい」

 はい?

 そんなつもりはなかったのに、私は再度足を止めていた。

 故郷に帰れって――。

「あなたはここに居るべき人じゃない。私にはわかります」

 私が王都の人間じゃないって、どうしてわかったの? ……ぱっと見でわかるほど田舎くさいとか?

「あなたの背中に、不吉な影が見える」

 って、ああ。そういうこと言って、魔除けのお札とかつぼとか、高く売りつけるやつ?

 よく見れば小テーブルの上には、それらしきお札やつぼも置いてある。あれを持っていれば災いを避けられる、だから買ってくれとか、多分そういうのだな。


「これからあなたは、数々の災いに見舞われることでしょう。休む間もなく、次々と。いずれは命の危険にもさらされることでしょう。そうなる前に、故郷に帰るべきです。生まれたその場所でなら、あなたは一生平穏な暮らしを送ることができ……って、お嬢さーん?」


 長々と続く口上を皆まで聞かず、私は歩き出していた。もはや何を言われても振り返るまいと心に決めて。

 占い師は未練たらしく叫んでいた。

「ちょっと、ねえ。本当に、どんな目にあっても知りませんよー!」


 やれやれ、さすがは王都というべきか。

 いきなりあんな怪しいのに遭遇するだなんて。せいぜい気をつけないと。

 私は脇目も振らず歩いた。

 やがて占い師の声も聞こえなくなり、振り向いても、その姿は見えなくなり。

 目に入るのはただ、咲き誇るリラの花と、青い芝生と赤レンガの歩道、のんびり散策する人々だけになった。

 ホッとしたのもつかの間。

「あ、姐さん姐さーん。こんな所で何してんの?」

 満開の花をつけたリラの木の枝をかいくぐり、駆けてくる少年が1人。

 それが忌まわしきトラブルの始まりであったと、この時の私は知るよしもなく。

「え……、カルサ? なんでこんな所に居るの?」

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