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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
62/410

61 新米メイドの休日

 朝食の後は、自室に戻って外出の準備をした。

 メイド服から私服に着替え、軽く髪を整えてから姿見をのぞきこむ。

 黒のロングスカートに白のブラウス。

 地味だな。

 と、そこに映る自分を見て思う。

 これでアクセサリーのひとつもつければ、ちっとはマシになるのかもしれないが。あいにく、そんな小洒落たものは持っていない。

 荷物は小さな手提げバッグがひとつ。中に入っているのは王都の観光案内と、あとはお財布とハンカチだけ。


 支度を終えて台所に戻ると、パイラが洗い物の手を止め、こっちを見た。

「じゃあ、気をつけてね。お休み楽しんできて」

「はい。ありがとうございます」

「そろそろ護衛の人が来るはずだけど……」

 パイラが玄関ホールの方を伺う。「すぐに出られるように、あっちで待っていた方がいいんじゃないかしら」

 護衛とは、他ならぬ私のための護衛である。お休みの日に外出したいとカイヤ殿下に申し出たら、「適当に手のあいた部下をよこす」と言ってくれたのだ。


 お城勤めのメイドは、1人でお出かけとかしないものらしい。

 なぜなら彼女たちは、そのほとんどが貴族のお嬢様だからだ。外出といえば馬車。徒歩で出かけたりはしない。


 私はお嬢様じゃないから、できれば1人で行きたかった。

 城壁に囲まれ、警官隊と兵士に守られた王都は、地方の町や村に比べれば治安がいいとされている。王都に不慣れな若い娘の1人歩きも、日の高いうちなら、さほど心配はないはずだ。

 それに、いくら護衛のためとはいえ知らない人にくっついてこられたんじゃ、お休み気分になれないし。


 私の希望を聞いた殿下は、「検討しておく」とだけ答えた。

 何をどう検討してくれたのかは不明だが、それから今日に到るまで連絡がないところを見ると、私が1人で外出することは許してもらえなかったようだ。

 まあ、仕方ない。お城勤めともなれば、待遇がいい分、多少の不自由もあるってことで。


 気持ちを切り替えて玄関に向かいかけると、クリア姫がわざわざ自分の部屋から出てきて、お言葉をかけてくれた。

「楽しんできてくれ、エル」

「ありがとうございます。おみやげ買ってきますね」

 何か、ちょっとしたお菓子でも買ってこよう。

 そういえば、前にクリア姫の部屋で見せてもらった可愛い魔女の人形。あれは雑貨屋さんでカイヤ殿下に買ってもらったものだという話だった。

 どこのお店か、聞いてみようか?


 コンコン、とノックの音がする。

 どうやら護衛の人が来てしまったようだ。残念、雑貨屋さんはまた今度だな。

 急ぎ、玄関を開けた私の前に立っていたのは、

「あ、おはようございます。クロサイト様」

「おはようございます」

 近衛副隊長、クロサイト・ローズ様だった。

 今日は近衛の制服ではなく、私服姿である。

 どこにでも売っていそうなグレーのズボンと、同じく白いシャツ。足元は黒いブーツ。

 クロサイト様は体格がいいから、シンプルな服装はむしろかっこよく見えるけど、目深にかぶったツバつきのニット帽だけがちょっと浮いている。


「何か御用でしょうか? カイヤ殿下でしたら、今日はお見えになってませんが」

「本日は非番です」

 非番なのは、服装を見ればわかる。何をしに来たんだろうと内心首をひねっていると、クロサイト様は続けてこう言った。

「殿下のご指示により、お迎えに上がりました。これより城下までお送り致します」

「……は? はあ!?」

 私は素っ頓狂な声を上げていた。

 お送りするって……。今日の護衛はクロサイト様、なんてことは……。

「殿下のご指示です」

 嘘。本当に、近衛副隊長が、自分なんかをわざわざ?

 ……まさか、知らない人についてこられるのが気詰まりだって言ったからじゃないよね。クロサイト様とは、一応面識があるし……。


「すみません、せっかくのお休みに……」

 私が小さくなっていると、「どうかお気遣いなく」とクロサイト様は言った。

「自分は特にやることもありませんので。非番の日は暇と時間を潰すため、大抵は仕事です。珍しいことではありません」

「……あの。失礼ですけど、ものすごく矛盾したこと仰ってませんか」

 暇を潰すために仕事をしたら、それはもはや休みではない。

 クロサイトは、やはり「お気遣いなく」と繰り返す。

 私はひたすら恐縮したが、わざわざ来てくれたのに、追い返すわけにもいかず。結局、「よろしくお願いします」と頭を下げるしかなかった。


 2人で外に出ると、玄関ポーチの横で寝そべっていたダンビュラが声をかけてきた。

「よう、救国の英雄殿を引き連れてお出かけかい」

 私は返事に困った。ダンビュラは構わず、「何かみやげでも買ってきてくれや」

「……ダンビュラさんのおみやげって、何がいいんですか?」

「なんだ。本気で買ってきてくれるのか?」

 自分で言い出したくせに、ダンビュラは意外そうに目を瞬いた。

「姫様とパイラさんには、何かお菓子でも買ってこようかと思っていたので、そのついででよければ」

「そうだなあ……」

 考え込むダンビュラ。

「俺は別に食い物はいらねえが……」

 彼はあまり物を食べない。

 ただ、私がパイラと一緒に作ったお菓子とか、味見と称して勝手に食べたりすることはあるから、何も食べられないというわけではないようだ。

「もしかして、小鳥とかネズミとか、自分でつかまえて食べてるんですか?」

「んなわけねえだろ。誰がナマモノなんざ――」

 ふと、ダンビュラは何か思い出したような顔をした。「そういや、2、3日前、天井裏ででかいネズミを見たな」

「大きなネズミ?」

「ああ。別に害もなさそうな奴だったんで、適当に追っ払っといたがな」

 私は感心した。彼が居れば、ネズミに食材を荒らされる心配はしなくてもよさそうだ。


「ま、んなことはどうでもいいか。それより、あんた。街に下りたら、どこに寄るつもりなんだい?」

「どこって……」

 私は横に居るクロサイト様をちらりと伺った。

 あまりお待たせしては悪いと思ったんだけど、彼は急かすでもなく、黙って立っている。

 ちょっとダンビュラと話すくらいならだいじょうぶそうだ。

 私は手提げバッグの中から王都の観光案内を取り出し、広げて見せた。

 ちなみに、故郷の本屋さんで買ったものである。文庫サイズで持ち歩きしやすく、折込みの所にわかりやすい地図がついている。


「家族に手紙を出したいので、まずは郵便局に行って……。それから職安と警官隊にもあいさつに寄るつもりですけど、できれば先に、ここ。王都一の観光名所だっていう、中央公園に行ってみたくて。噴水と花壇が見事で、若者に人気のオシャレなカフェも近くに――」


 なおも話し続けようとする私に、ダンビュラは「わかったわかった」と前足を振って。

「みやげは別にいいよ。せっかくの王都だ、楽しんできな――」

 私は構わず続けた。

「本当は、郊外の礼拝堂にも行ってみたいんですよね。王都で1番古い礼拝堂で、大理石でできた白い魔女の像があるって。ダンビュラさん、見たことあります?」

「……実は相当楽しみにしてたんだな、あんた……」

 私がチェックした赤丸だらけの地図を見て、ダンビュラは若干引いたような顔をした。


 その時、びゅっと突風が吹いて、私の手から観光案内を吹っ飛ばした。

「ああっ!」

「んな、この世の終わりみたいな声上げんなよ」

とあきれつつ、飛んでいきそうになった観光案内を前足で押さえるダンビュラ。

「すみません」

 屈んで拾おうとしたら、彼はふいに鼻の頭にしわを寄せ、私の手の匂いをふんふん嗅いだ。

「ちょ、なんですか?」

 もしやセクハラかと手を引っ込めると、ダンビュラは言った。「助平親父の匂いがする」

「え」

 一瞬考え、その言葉の意味するところに思い当たる。

「助平親父って、もしかして」

「王サマに会ったのかい、あんた」

「わかるんですか!?」

「あんたの手に、あの野郎の匂いが残ってた」

 さすが見た目ケモノだけあって、鼻がいいらしい。

 ということは、あのおっさん、やっぱり本物の王様だったの?

「いつどこで会ったんだい、あの親父と」

「それは……。ちょっと、お2人とも、こっち来てください」

 お屋敷の中のクリア姫に聞かれてはまずいと、玄関ポーチから少し離れた場所まで移動。

 それから、今朝の出来事をざっと説明する。

 庭園を1人で散歩していたら、国王陛下を名乗る怪しい男に会った。クリア姫には教えていないと。


「それが正解だよ。嬢ちゃんの耳にいちいち入れてやることなんざない」

 ダンビュラは不愉快そうに鼻を鳴らした。

「あの……。その時、王様が言ってたんですけど」

 自分はクリア姫に会いたいが、カイヤ殿下が怒るので遠慮しているといったような話に、ダンビュラは「適当なことぬかしやがって」とさらに不愉快そうな顔をした。

「自分の知る限り」

 ぽつりと口をひらいたのはクロサイト様。「カイヤ殿下が、クリスタリア姫と国王陛下の面会を妨げた事実はありません」

 ほらな、とダンビュラ。

「あんた、あんなおっさんの言うこと真に受けるなよ。その場しのぎで適当なこと言って、誰にでもいい顔する親父なんだからな」

「はあ……、そうなんですか」

 確かに、調子のよさそうな人ではあったが……。

「ダンビュラさんと、ちょっと似てる気もしましたけどね」

「あ?」

 ダンビュラさんて、おっさんくさいし。

 と、いうのも失礼かと思い、「女性が好きそうな所とか……」と言い換えた。

「何かされたのか? あの親父に」

 ダンビュラが興味津々、聞いてくる。だから、そういう反応がおっさんだというのに。

「別に」

 そっけなく言って、身を翻す。

「せっかくのお休みだし、もう行きますよ。クロサイト様、お待たせしてすみませんでした」

「いえ、構いません」

 ダンビュラはついてこなかった。ただ、「今度くわしく聞かせろよ」という声だけが風に乗って追いかけてきた。


 それから、クロサイト様と2人で城門に向かったんだけど……。

 クロサイト様は背が高い分、歩幅も大きく、無駄口なんかきかずにすたすた歩いて行くもんだから、速いの何の。

 庭園を抜け、石のアーチをくぐり、城壁や階段を抜けて――前にカイヤ殿下に連れてきてもらった時と、逆の道程を辿っていく。

 私は小走りに彼の背中を追いかけ、城門に着いた時には息が上がっていた。


 衛兵に許可証を出し、門をくぐる。

 本当は、衛兵はクロサイト様の顔を見るなり「お通りください」と道をあけたんだけどね。

 念のため確認してもらった方がいいってクロサイト様が言うから、私は許可証を衛兵に見てもらった。

 外堀にかけられた跳ね橋を渡り、狭くゆるやかな坂道を下ると、ようやく見覚えのある王都の街並みが見えてきた。


「まずは郵便局でしたね」

 クロサイト様が言う。私がダンビュラに話したことをちゃんと聞いていたらしい。

「あの……。今更ですけど、本当にいいんですか?」

 自分なんかのために、1日使っても。

 クロサイト様が口をひらく。また「殿下のご指示ですので」って繰り返すのかと思えば、「もしや、自分が同行したのでは気詰まりでしょうか」と言い出した。

「えっ!? いえ、とんでもない!」

 私は勢いよく否定した。

 知らない人についてこられたら確かに窮屈だけど、クロサイト様は救国の英雄で、物語を通してずっと憧れていた人で。

 そんな人と一緒に王都を回れるなんて、夢に見てさえいなかった幸運で。

 なんか、ちょっと。デートみたいで、嬉しい。


 私が1人で赤くなっていたら、クロサイト様が言った。

「確かに、自分のような無骨者がそばに居たのでは、せっかくの休日も楽しめないかもしれませんね」

「……は?」

 クロサイト様は静かに一礼して、

「自分はここで失礼します。どうぞごゆっくり」

 そして、来た道を引き返していってしまう。

 すたすたと。迷いのない足取りで。

 いや、護衛なのに帰っちゃっていいの? とか思う前に、私はひたすら唖然とした。


 ……クロサイト様って、カッコイイけど。

 さすがカイヤ殿下の腹心というべきか、実は相当、変わった人なんだなあ。

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