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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
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59 さわやかな朝のさわやかでない出来事2

 正確にいえば、だ。

 まるっきり初対面の知らない男ではあったが、まるっきり初めて見る顔、ではなかった。

 クリア姫とよく似た、柔らかそうな金髪。

 ハウライト殿下を30年くらい老けさせて、野性的な魅力を付け加えた、って感じの風貌。

 シャープな輪郭に、ワイルド感あふれるあごひげを生やし、高そうなシャツとジャケットを着崩している。

 こういうおっさん、実家の居酒屋にも居たなあ、と私は思い出した。

 ちょっと悪そうだけど憎めない愛嬌があって、若い娘にもわりと好かれる親父。


「やあ、おはよう」

 ちょっと悪そうな親父は、最初の驚きから覚めると、にっこり笑って愛嬌を振りまいてきた。

「散歩かい? とても気持ちのよい朝だね」

「おはようございます」

とあいさつを返しながら、私は微妙に男との距離をとった。

「あの、失礼ですけど――」

 男の素性や、ここで何をしているのかを問いただそうとしたら、先に男の方が聞いてきた。

「君は? クリアちゃんの新しいメイドかな?」

 クリアちゃん。

 クリスタリア姫を愛称で、しかもちゃん付けで呼ぶとは。

「ええ、まあ」

「そうかそうか。いや、これは驚いた」

 驚いたって、何が?

 そう聞こうとすると、ふいに男が立ち上がった。


 ベンチに座っていた時からわかっていたけど、かなり背が高い。ハウライト殿下と同じくらいか、もうちょっと高いかもしれない。

 男が近づいてくる。ためらいもなく、ふれようと思えばできる距離まで。

 私はサッと身を引いた。

「あの、どちら様ですか?」

 そう尋ねつつも、心当たりはあった。

 ただ、もしも私が考えている通りの人物だとしたら、ここに普通に居るのはおかしい。パイラは「ろくに会いにも来ない」と言っていたはずだし。


「ああ、だいじょうぶ。私は怪しい者ではないよ」

 自分は怪しいから気をつけろと、親切に教えてくれる「怪しい者」はこの世に居ない。

 私の疑いのまなこも意に介さず、男はマイペースで話し続ける。

「新しく人を雇ったって話は聞いてたけど、まさかこんな若くて可愛らしいお嬢さんだとは思わなかった。ようやくあいつも、人並みに恋に目覚めてくれたのかな」

 恋って何。そもそも、あいつというのは誰のこと?

 問いかける暇もなく、男が距離をつめてくる。

 まるで当たり前のように私のあごに手を伸ばし、顔を近づけ。顔だけでなく、唇も近づけて。


 考える前に、私は右のこぶしを握って、男のみぞおちに正拳突きを繰り出した。

「おうっ」

 呻いて、その場に膝を折る男。

「何を当然のように、痴漢行為に及ぼうとしてるんですか」

 うずくまる男の背中に、私は氷点下の視線を投げてやった。

「くっ……、す、すばらしい……。さすが、あのカイヤが見つけて、連れてきただけのことは、ある……」

 そのセリフ、何日か前にハウライト殿下にも言われた気がする。あの時とは全然状況が違うけど。


「ファーデン国王陛下ですか?」

 もはや面倒くさいような気分で確認する。

「うん、そうです。君の目の前に居るのは、国王陛下ですよ?」

 よろよろと腹の辺りを押さえながら、どうにか身を起こす男――自称・国王陛下。

「なんで、こんな所に居るんですか」

 私の問いに、男はわざとらしくいじけて見せた。

「なんでって、ここは王宮内だし、私は国王だし……。そこまで冷たい目で見なくても別に……」

 私はくるりと男に背を向けた。

「帰ります。あと、人を呼びます」

「待った」

 男の声に、視線だけ振り返る。

「人を呼ぶのはやめてくれる? あと、私がここに居たってことは、できれば内緒にしてほしい」

「なんでですか」

 自分で言っておいてなんだが、この軽いおっさんが本当に国王陛下だというなら、人を呼ばれたからって困ることなどないはずだ。

「いや、カイヤにバレたら、また怒るからさ。怒るだけじゃなくて、実力行使に出るかもしれないし」

 意味ありげに自分の高い鼻をさすり、「前の時は、本当に痛かったんだよ?」と小首を傾げて見せる。

 おっさんがそんな仕草をしたところで別に可愛くない。

 あと、「ここに居るのがバレたらカイヤが怒る」というのもよくわからない。

 何か悪さをしに来たというならともかく、ただ居るだけで怒るわけがないと思う。


 私が納得していないのを見て、自称・国王陛下は説明を付け加えた。

「あいつさ、私がクリアちゃんに近づくと怒るんだよ。本当は一緒にごはん食べたり、出かけたり、ほしいものを買ってあげたりしたいのに」

 って、それ本当?

 今まで聞いた話だと、クリア姫のことは放ったらかしで、自分の娘に興味ないって感じだったのに。

「けど、カイヤはさ。ちゃんと最後まで親の責任果たす気がないなら、気まぐれに優しくしたりするな、って言うんだよ。キツイ息子だと思わない?」

「…………」

 私は自称・国王陛下のセリフを脳内で反芻し、聞きかじった知識と照合した。

「思いません」

 そう断言する。「むしろ、至極もっともではないかと」


 自分の伝聞知識が正しいなら、という条件つきになるが。

 国王陛下はこれまで、カイヤ殿下やハウライト殿下に対して、「親の責任」を果たしてきたとは言い難い。2人が王宮を追い出されたという時だって、守ってあげたわけでもないようだし。

 2人の子供時代、国王陛下が「気まぐれに優しくした」ことがあったのかどうかはわからない。

 仮にあったのなら、ここぞという時に冷たくするのは、裏切りにも等しい行為だ。なかったのなら、それはそれでひどい話だと思う。


「君もキツイなあ……ちょっとクロサイトに似てるかも……」

「クロサイト様と比べていただけるなんて、光栄です」

「あ、君、あいつのファンなんだ?」

 国王陛下は、チッと舌打ちした。

「ズルイよなあ。見た目はフツー、中身は朴念仁のくせして。私だって小説のモデルにしてもらえてたら、もっと人気が……」

 国王陛下の経歴も、小説の題材にしたらおもしろそうだと思う。ただし、それによってファンが増えるということは多分ない。


「クロサイトの奴もさあ、君と同じで、カイヤの言うことが『至極もっともだ』っていうんだよ。私だって、自分の子供は可愛いと思ってるのにさ。特にクリアちゃんはまだ小さいし、父親の存在が必要な時だってあると思うんだけど――」

 それも「まともな父親ならば」という前提がつくと思う。さすがに、初対面でそこまで口にする気はなかったが。

「まともな父親じゃないなら居ない方がいい、ってカイヤは言うんだよね」

 気を遣うまでもなく、既に殿下が同じことを仰っていたようだ。


「まあ、でも」

 急に国王陛下の口調が変わる。どこかうっとりした目付きになって、

「あいつは、そういう反抗的なところが可愛いんだけどね」

 はい?

 一瞬、私は固まった。その隙を突いて、国王陛下が私の手をとり、ぐいと引き寄せる。

「ちょっ……!」

 とっさに反撃の構えをとろうとしたが、国王陛下の目的は先程とは違ったらしい。熱っぽいまなざしで私の顔を見下ろし、

「うちの息子、可愛いと思わないかい?」

「はああ?」

 ぱっと手を放し、意味もなく斜に構え、

「あ、顔の話じゃないよ。顔も可愛いけどさ。なんて言うか、中身はもっと可愛い? 特に、妹のこととか兄貴のこととか、自分以外の誰かのことで私に噛みついてくる時の顔がね、もう。クセになるんだ」

 半ば恍惚とした表情で、自分の息子について語る国王陛下。

「あの顔が見たくて、つい怒らせちゃうんだよね、ホント」

「……陛下……」

 私は3メートルくらい後ずさった。

「変態なんですか」

「……うん、君って本当、はっきり物を言うね」

 頭から冷水を浴びせられたかのように、国王陛下の熱が冷めた。

「そういうところ、嫌いじゃないよ。よかったら、私と結婚しないかね」

「お断りします」

「コンマ1秒も迷わなかったね……。いくら冗談でも、少しは恐縮とか遠慮とかないのかな」

「冗談だったんですか」

「いや、わりと本気」

と、本気とは思えない口調でつぶやいて、国王陛下は唐突に話題を変えた。


「この庭はさ。私にとっても、わりと思い出のある場所なんだよ」

 ぐるりと庭園を見回してから、ふっと懐かしそうに笑って、

「子供の頃、兄やいとこやハトコたちとよく遊んだ庭でね。おやつ時には、王妃様の手作りケーキなんか出てきてさ。楽しかったな、あの頃はホント」

 王妃様って。

 王様が子供の頃の話なら、自分の妻のことではないんだろうね。この庭園の持ち主だった、先々代国王陛下の王妃様のことかな?

「暇な時はたまに散歩に来てるんだ。朝早くなら、クリアちゃんやその使用人に見つかることもないから」

「…………」

 その言葉に、私はちょっと考え込んでしまった。

 娘の暮らす庭園に、こそこそ身を隠しながらやってくる父親。

 それって、どう考えても健全じゃないよなあ。

 さっきはカイヤ殿下の考えがもっともだと言ったけど、やっぱり少しくらいは国王陛下にクリア姫と会ってもらった方がいいんじゃ。

 でも、そう思うのは、私がこの家族の事情を、まだ本当には知らないからかもしれない。

 知っているのは、人づての情報だけ。

 クリア姫やカイヤ殿下が王様のことをどう思っているのか、それは2人に聞いてみなければわからない。


 当の国王陛下はいかにも軽く、「そろそろ帰らないと」と言って立ち去りかけた。

 ふいに思い直したようにこちらを振り返り、「じゃあ、また会おう。可愛い人」と私の右手をとり、キスしようとしたので、左手ですばやく手刀を放って叩き落とした。

「イタタタ……、残念、惜しい」

 叩かれた手首をさすりながら、去っていく国王陛下。その背中を、私は険悪な目でにらみつけてやった。

 ったく。

 聞いた噂では、美人好きの王様のはずだけど。

 こんな平凡な顔の小娘にまで手を出すって、要は女なら誰でもいいんじゃないか。

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