05 第二王子のお仕事1
「エル・ジェイドです。大街道のアンバー村から来ました」
男は軽くうなずいて、黒目がちな瞳でじっと私の顔を見つめた。
すっごい存在感のある視線だ。見ていると吸い込まれそうで、なんとも言えず魅惑的。
幸いにして私の好みのタイプではなかったが、本当に幸いだった。でなきゃ、一発で恋に落ちていたかもしれないもんね。
「あの、余計なことかもしれないですけど」
私は控えめに口をひらいた。
「気安く女性と見つめ合わない方がいいですよ。かなり高確率で惚れられる危険性があります」
「そうか」
軽く瞬きして、男は私の顔から視線を外した。
「同じことは、部下にもよく言われる」
「言われるんですか」
「相手が男でも言われる」
「……男性でも」
「老若男女を選ぶな、とも」
「……すごいですね」
「部下が心配性なだけだと思うが」
そう言って、グラスの水を一口。そんな何気ない仕草でさえ、無駄に絵になっている。
果たして「部下の心配しすぎ」だろうかと首をかしげつつ、私は黙っていた。
間もなく運ばれてきた料理は、見た目も味もすばらしかった。
ハーブを効かせた肉料理に、彩りも鮮やかな春野菜のパスタ、海の幸をふんだんに使ったキッシュ、サラダにスープに……どれも手が込んでいる。
私が感動していると、男は料理の名前や、簡単な調理法なんかを説明してくれた。
淡々と落ち着き払っていて、感情が読めないけど、悪い人じゃなさそう?
「あの」
わりと気さくな相手だと判断した私は、男に質問してみることにした。
「ちょっと聞きたいんですけど……」
「ああ。そのパンに挟まっているのは鹿肉を加工したものだな」
私はサンドイッチをお皿の上に戻した。
「料理の話じゃなくて。カイヤ・クォーツ殿下って、この国の、第二王子の、『カイヤ殿下』ですか?」
「そうだ」
男はあっさり認めた。あまりにあっさりしていて、自分の言葉が通じなかったんじゃないかと不安になるほどだった。
「でも、王族の人って普通、酒場とかには来ないんじゃ……」
「そうでもないだろう」
自分用のサンドイッチをお皿に取りながら、自称『カイヤ殿下』は言った。
「我が親愛なる親父殿は、女に会うために酒場に通いつめたという逸話の持ち主だからな」
……そういや、そんな噂もあったな。
その女の人は酒場の歌姫で、王様はせっせと彼女のもとに通いつめたのち、めでたく結婚――ではなく、愛妾としてお城に召し上げた。けっこう有名な話である。
「縁あって、この店の者たちとは懇意にしている」
目だけで店内を見回し、『カイヤ殿下』は説明を補足した。
「昔、この店のオーナーに世話になってな。たまに会いに来ることもあるが……今日は職安の方に用があって来た」
そうだ、そうだった。
さっき「メイドが辞めた」とか言っていた。つまりこの人は、人を雇うためにここに来たのだ。そして自分に声をかけたということは――。
「どんなお仕事なんでしょうか」
私は期待を込めて尋ねた。
しかし『カイヤ殿下』は「今は話せない」とそっけなく言った。
「へ??」
「セドニス――先程の男を交えて、『この店を介した仕事』の形にした方がいい」
自称『カイヤ殿下』いわく。
もしも、仕事先で何らかのトラブルにあった時。たとえば仕事の内容が事前に聞かされていたものとは違ったとか、不当に搾取されそうになった、とかいう場合。
店を介した仕事なら、その責任の一端を負ってもらえる。トラブルの解決にも協力してもらえる。結果として、おかしな仕事にひっかかる危険も減る。
「王都で働くつもりなら、覚えておいた方がいい」
私はあっけにとられた。
話の内容に、ではない。会ったばかりの自分に、そんな親切な忠告をしてくれたことに、だ。
なんか、噂の「第二王子」と全然違う?
「どうした」
「あ、いえ」
私は意味もなく首を大きく振って、カウンターの方に目をやった。
「でも、あの。まだ時間もかかりそうですし……。お仕事の概要くらいは聞かせてもらってもいいかなー、なんて」
えへえへと愛想笑い。
それはできない、と断られるかなとも思ったが、『カイヤ殿下』は「そうか、わかった」とあっさりうなずいた。
「妹のメイドを探している」
「メイド……」
「そうだ。妹と共に暮らし、食事の用意や身の回りの世話を引き受けてくれる人間が必要だ」
簡潔明瞭な説明だったが、この国の王様は、歴代でもまれに見る子だくさんである。確か王女様だけでも10人以上居なかった?
とはいえ「どの妹さんでしょう?」なんて聞くのは失礼な気がするし……。
私が黙っていると、『カイヤ殿下』は続けてこう言った。「妹は城で暮らしているのだが……」
「し、城? お城ですか?」
「ああ。水晶宮とかいう名で呼ばれている、あの城だ」
見たことがあるだろうと問われて、私はうなずいた。
お城は、王都の北側。城下を見下ろす、小高い丘の上に建てられている。街並みよりも一段高い場所にあるので、離れた場所からでもその姿をのぞむことができる。
私が見たのは、今から数時間前。生まれて初めて王都の外門をくぐり、都に足を踏み入れた瞬間だった。
かなり遠目ではあったけど、陽差しに輝く白亜の宮殿は、言葉にできないほど美しく――。
「つ、つまり……雇っていただけたら、お城で働くことになる?」
「そうなるな」
あんぐりと口を開ける。
貴族のもとで働くことを欲していたら、一足飛びで王族、職場がお城?
一瞬、声も出ないほど驚いたが、すぐに疑問を覚えた。
「お城なら、メイドなんてたくさん居るんじゃないですか?」
1人くらい辞めたって困らないはずだ。それに、王子様が自分で職安に来るっていうのも変だし。
私が不審に思っているのを、気づいているのかいないのか。『カイヤ殿下』は軽くうなずいて、
「ああ、居るな。だが、妹のメイドは1人だ」
「?」
「くわしい話はあちらでするとしよう」
『カイヤ殿下』が指さす。見れば職安のカウンターで、あのセドニスという名の青年がこちらに向かって手を上げていた。