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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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57 新米メイド、お仕事中

 目まぐるしい1日が過ぎて、翌日。

 2人で洗い物を片付けている時、パイラが言い出した。

 ここを出て行く日が決まった、と。

「あと2週間、ですか」

「そう。きのうの夜、殿下と話してね。そういうことにしたの」

 パイラは冗談っぽく笑って付け加えた。「エルさんは仕事を覚えるのが早いから、明日から私が居なくなってもだいじょうぶそうだけどね」

「いやいや。それはちょっと」

 私が慌てると、パイラはまた少し笑ってから、口調を改めた。

「それでね、エルさん。私が居る間に、1度お休みをとってくれない?」


 メイドのお休みは月に2度。だいぶ少ないようだが、パイラによれば「それで十分」らしい。

 お城の中では不自由なく物がそろうので、わざわざ街まで買いに出る必要もない。このお屋敷は静かで居心地が良く、出かけるのも億劫になるほどなんだとか。


「ただ、私が休みの時には、代わりにカイヤ殿下が来てくれることになっててね。むしろ、休みは口実なのよ。お忙しい殿下が、姫様と過ごす時間を作るための」

 クリア姫はお兄ちゃん子なので、殿下と一緒に過ごせるのは当然嬉しい。ただ、兄が多忙なことも知っているから、すぐに遠慮してしまう。

「なるほど……」

 つまり私が休む時にも、殿下が代わりに来られる日を選んだ方がいいんだな。


「お2人のお食事とかは、前日に用意しておけばいいんでしょうか?」

 私の質問に、パイラは必要ないと答えた。

「殿下、料理もそれ以外のことも、家事なら何でもできるから」

「……何でも?」

「そう、何でも。お料理とか、けっこう上手よ?」

 そんな王族が、この世に居てもいいものか。

「まだ子供の頃に覚えたんですって。前にも言ったけど、けっこう苦労した人なのよ」

「はあ……」

「ただ、その殿下がね。これからしばらく忙しくなりそうなんだって。……まあ、いつも忙しい人ではあるんだけど」

 知っている。今朝も早くにクロサイト様が迎えに現れて、何やら「急用ができた」と出掛けてしまった。

 クリア姫のこと、随分心配してたんだけどね。それでもそばに居られないくらいだから、よっぽど忙しいんだろう。

「ここのところ、無理して時間を空けてたから、その埋め合わせみたい。……って、私がこの仕事を辞めるって言ったせいなんだけど」

 パイラはバツが悪そうに首を縮めた。


 新しいメイドを探すため、殿下は私と会った「魔女の憩い亭」だけでなく、自分の足で心当たりを歩き回った。

 メイド探しくらい、誰か適当な人に任せてもよさそうなものだと思うが、そこは大事な妹姫のこと、信用できる人物かどうか、自ら確かめたかったらしい。


 ――信用できる人物、か。


 私はなんとなく面はゆい気分になった。

 同時に、ちょっと申し訳ないような、複雑な気分にもなった。

 カイヤ殿下は、私を信用して、妹姫のメイドという役目を任せてくれた。

 その殿下に、私は隠し事をしている。7年前、失踪した父のこと。その失踪にまつわる諸々の事情を。


 正直に話したら仕事をもらえなくなるかも――と思ったから黙っていたのだが、最近では少し考えが変わっている。

 殿下は多分、私の事情を知っても、それでクビにするなんてことはしないんじゃないか。それどころか、親身になってくれるんじゃないのかと。

 前に「力を貸す」と言ってくれたのも、社交辞令じゃなく、本気で。つまり、あの人はそういう人なのだ。筋金入りの変わり者で、お人よし。


 王位継承権もある偉い人なのに、その性格でだいじょうぶなのか――と若干疑問であるが。

 その人のよさに甘えて雇ってもらった私に、殿下の性格について、どうこう言う権利はない気がする。

 いずれ、ちゃんと事情を話した方がいいだろう。隠していたことを謝って、……ついでに助力を頼むというのはムシが良すぎるかもしれないが。

 いずれ、そのうち。私がもうちょっと仕事に慣れて、多忙な殿下がいくらか暇になったら。


「そんな状態だから、しばらくは休みもとれないと思うのよ」

 パイラの声で物思いから覚める。

「だからエルさんには、私が居るうちに、1度休んでもらった方がいいと思って。こっちの都合で、勝手を言ってごめんなさいね」

「いえ、だいじょうぶです」

 ひとまず仕事が見つかったことだし、折を見て家族に連絡したいと思っていたのだ。

 休みがもらえるならちょうどいい。郵便局に行って、手紙を出そう。

 あとは、仕事を探す時にお世話になった「魔女の憩い亭」のセドニスにも、一応あいさつしてこようかな。それから、警官隊のカメオとカルサにも。


「そう、よかった」

 パイラはホッと胸をなで下ろした。「後で殿下にも伝えておくわね」

「殿下って、今日はお戻りになるんでしょうか?」

 慌ただしく出かけてしまったので、予定とか何も聞いてない。

「多分、来ると思う。姫様のこと、心配でしょうし。どんなに忙しくても、顔を出すくらいはしてくれるんじゃないかしら」

「……ですよね」

 クリア姫の熱はだいぶ下がったけど、まだつらそうだったもんな。


「殿下って、普段どんなお仕事をしてるんでしょうか」

 洗い物が終わり、お洗濯のために裏口に移動しながら、私は聞いてみた。

 以前にも浮かんだ疑問である。「王族」と呼ばれる人々の仕事とは何か。

「そうねえ……」

 パイラはしばし言葉を探すように宙を見上げて、

「一応、ハウライト殿下の補佐? ってことになるのかしら」

「ハウライト殿下の……」

 では、その第一王子殿下の仕事は? といえば、そちらは国王陛下の補佐、ということになるらしい。


 ハウライト殿下は真面目で有能だが、まだ20代半ば。しかも政治の中枢に関わるようになってから、わずか数年である。

 行政府の長である宰相の――ハウライト殿下にとっては母方の叔父様のもとで、日々、実務をこなしながら勉強中なんだとか。

 そんな忙しい兄殿下の代理として、カイヤ殿下は、各国の大使や要人と会ったり、会合や会議に出席したりしている。


「……それだけだったら、あそこまで忙しくはなかったかもしれないけど」

 パイラは嘆息した。

「殿下はあの性格でしょ? 誰かに助けを求められると放っておかない人だから」

 何かにつけてトラブルに巻き込まれ、あるいは首を突っ込んで、解決に奔走するハメになるんだそうだ。


 近年、王都では商人と貴族の揉め事が多い。

 古来より商業で栄えてきた王国では、商取引の権利はもともと貴族階級に独占されていた。

 最近ではその仕組みも変わり、平民階級も力をつけてきたが、そうなると新たなトラブルもまた増えてくる。

 時には往来で刃傷沙汰さえ起きるそうだ。

 たとえば、金の貸し借りで揉めた挙句、貴族側が商人を斬ろうとしたとか――何か、似たような事件をどこかで体験したような記憶が。


 貴族には街中での帯剣が許されており、「自分たちの方が偉い」という価値観も根強い。

 商人たちは組合を作り、自衛のために屈強な護衛を雇い、その豊富な財力をバックに対抗している。

 しかし彼らには、カネがあっても、コネが乏しい。

 行政府はいまだ貴族階級の力も強く、上のような事件を役人に訴えても、場合によっては揉み消されてしまう。

 貴族に対して顔が利き、平民階級の声にもちゃんと耳を傾けてくれる。

 そんな人間が上に居てほしいと、商人たちは切に願っていた。

 そして、数年前。王都に凱旋した「救国の英雄」カイヤ殿下は、まさにその条件に合う人物だったのだ。


「メチャクチャな噂も多いけど、実際に会ってみれば、そんな人じゃないってすぐにわかるからね」

 ……確かに。第一印象からして、噂とは違ったもんなあ。

 多少、常識とズレてるし、多少、話がかみ合わないこともある。

 それでも人の話には耳を傾けてくれるし、相手が平民だ貴族だ、なんて理由で区別してるようには見えなかった。


「ヴィル・アゲート商会って知ってる? 最近、王都で力をのばしてる金融業者の」

 思いがけない名前に、私は吹きそうになった。

 ごまかすように咳払いして、

「知ってます。ちょっと、会ったこともあるんで」

「あら、そうなの?」

 たった1度会っただけでも、あのおっさんのことは忘れられない。いろんな意味で、忘れられない。


 そのヴィル・アゲート、カイヤ殿下とコネを作ろうとして、一時はかなり熱心な攻勢をかけてきていたらしい。

「毎日のようにプレゼントが届いたこともあったのよ。宛名は殿下だったり、クリア姫だったり、色々でね」

 贈り物の中身も、珍しい異国の品から、絵画や美術品、クリア姫に似合いそうなドレスやアクセサリー、とさまざまだった。

 殿下が直接アゲートに「やめろ」と言って、以降、贈り物攻撃はおさまったそうだが。


 アゲートが殿下に持ちかけたのは、「自分が商人たちの窓口になる」という話だった。

 商人たちが個別に相談を持ち込んだのでは、殿下も対応しきれない。

 なので、何か揉め事や相談があれば、それをアゲートがまとめて受け付け、必要なら殿下に伝えて、共に解決を図る――。

 一見、合理的である。

 だが、アゲートは商人であって、慈善活動家でも聖職者でもない。

 この方式の場合、揉め事に巻き込まれた商人たちは、自然、アゲートに借りを作る形になる。今はトラブルを抱えていない商人たちも、いざという時に備えて、アゲートといい関係を保っておきたい。

 結果、王都の商人の中でアゲートの立場は強まり、いずれ支配的な力を持つに到る――かもしれない。


「ははあ……」

 私は半ばあきれ、半ば感心した。

 つまり、カイヤ殿下を利用して、自分が得しようってこと。

 すがすがしいほど利己的だ。ある意味、商人の鑑と言えなくもない。


 結局、殿下はその申し出を断った。

 代わりに、自分に用があるなら警官隊に言え、と商人ギルドに伝えた。

 警官隊はもともと、平民階級の力が今よりずっと弱かった頃から、市民の味方となって力を尽くしてきた組織である。

 警官隊の創設者ジャスパー・リウスは貴族の生まれであり(今現在はその身分を捨てている)、クォーツ家とも姻戚関係にある。

 条件だけならば、商人たちの味方としてアテになりそうなのだが。

 昔かたぎの頑固一徹、警官隊の正面入口に堂々と「正義」の2文字を掲げるような、やや極端な人物でもあって。


 商売というのは、綺麗事だけでは成り立たない。

 特に、揉め事など抱えているのは、後ろ暗い事情も抱えている者が大半だ。

 下手をすると自分の両手が後ろに回りかねないとあって、警官隊には相談できずにいた商人たちも数多く居た。

 そんな両者を、カイヤ殿下が仲介した。結果、警官隊と商人ギルドは、以前より友好的になったんだそうだ。


「殿下って、警官隊と仲が良さそうでしたもんね……」

 私は思い出していた。

 ジャスパー・リウスに剣を習ったことがあるという話。警官隊のカメオとカルサが、共にカイヤ殿下と親しそうだったこと。

「そうなの? 私はよく知らないけど」

 自分が知っていて、パイラが知らないこともあるようだ。

 考えてみれば当たり前か。彼女だって、殿下とはまだ1年ちょっとの付き合いだって言ってたもんね。


 洗濯の後はまた台所に戻り、姫様が好きだというお菓子の作り方を習うことになった。

 ハチミツを使ったスコーンとチェリーパイ。

 かつてクリア姫が住んでいた離宮のメイド長さんが考案したレシピで、軽くて口当たりが良いので、具合が悪い時でも食べられるはず、とパイラは言った。

 レシピは古びたノートにまとめられていた。

「お菓子だけじゃなくて、かなり珍しい料理も載ってるのよ」

 私はぱらぱらとノートをめくってみた。とてもキレイな字で、わかりやすく書かれているようだ。

「エルさんの腕前なら、このレシピさえあれば普通に作れるかもしれないけどね。やっぱり1度実際にやってみた方がいいと思うから」

 これから2週間、みっちり仕込んであげる、とパイラは言った。

 料理は好きだから楽しみだし、ようやくメイドらしい仕事が始まった気がする。

「よろしくお願いします、パイラさん」

 私が頭を下げると、先輩メイドは「任せて」と頼もしく胸を叩いて見せた。

 次回から新章になります。

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