56 裏か表か2
我ながら、かなり場違いというか、阿呆らしい提案だとは思った。
こいつは何を言い出すんだ? とどん引かれるのも覚悟したけど。
「ほう、そう来るか」
意外や、殿下は乗ってきた。おもしろそうに瞳を輝かせて、「自ら勝負を挑むとはな。こう見えて俺は強運な方だぞ?」
もしかして勝負事とか、かなり好きな人? なのか?
「殿下が強運っていうのは納得です」
見かけによらずハードな人生送っていて、そのくせお人よし。これで不運だったら、英雄なんて呼ばれる前にどこかで命を落としていたはずだ。
「ですが私も、ここ1番という勝負に負けたことはございません」
嘘ではない。
実は王都に出てくる時にも、心配する家族と一悶着あって。
絶対に許さん、行くなら俺を倒して行けと息巻く祖父を言葉では説得しきれず、最後はこれで勝負してきたのだ。
……そこで幸運を使い果たしたのか、王都に来てからは何やかや不運に巻き込まれたが。
おもしろい、とつぶやく殿下。
「コインはおまえが投げるか?」
「そうさせていただきます。念の為、イカサマがないことをご確認ください」
慣れているなとつぶやきながら、コインを受け取る殿下。
別に慣れているというほどじゃない。実家で酔客相手にたまにやっていた程度だ。
ツケの支払いとか、今日のオススメ料理の最後の一皿なんかを賭けて。正々堂々、イカサマ勝負をしたことは1度もない。
「随分年季の入ったコインだな」
「ええ、まあ。故郷を出る時、色々ありまして、お守り代わりに持ち歩いてるやつなんですけど」
コインの表には狐のレリーフが、裏には数字の「500」が刻まれている。
「ちなみに、狐の方が表ですので、お間違いなく」
知っている、とコインを返してくる殿下。
「では、参ります。1回勝負。恨みっこなしですよ」
コインを空中に弾き、すばやくキャッチ。
「お先にどうぞ、殿下」
「表だ」
殿下は迷いもためらいもなく答えた。
今更だけど、このやり方。動体視力のいい人だったら、見分けがついちゃうかも。先にコールしてもらってから投げた方がよかったか。ええい、ままよ。
「承知しました。では、私は裏で」
握った手をひらく。
銀色の塗装が剥げて、中の銅が一部あらわになった私のコインには、数字の「500」が刻まれていた。
「裏、ですね」
「…………」
「どうやら、私の勝ちのようです」
「………………」
「……あの、殿下? どうかなさいましたか?」
殿下は立ったまま彫像になったかのように動かない。
「……信じられない」
やがてようやく口を利いたかと思えば、「今の技は、どこで身につけた?」
技? それってどういう意味……。
一瞬後、私は険悪に目を細めて、雇い主の顔を見返した。
「殿下? もしや、イカサマを疑っていらっしゃる?」
ちゃんとあらかじめコインを確認させたではないか。しかも、目の前でコインを投げたのに。
殿下はまだ信じられないという顔で、私のてのひらからコインをつまみ上げ、ためつすがめつしている。
「そんなに信じられないですか?」
もしかして、コインの裏表が見えてた、とか?
「いや、違う。……その気になれば、空中に投げたコインの裏表くらい見分けられるが」
すごいことを当たり前みたいに言って、「だからおまえが投げる瞬間は、目を閉じていた」
そうだったんだ。気づかなかった。
でも、だったらフェアな勝負だったはずだよね?
「やけに自信満々答えてましたけど……」
「この手の勝負で負けたことは1度もないからな」
「……あの。もしそれが本当なら、そっちの方がよっぽど信じられないんですが」
「そうか」
殿下はようやく納得したのか、私にコインを返してきた。
「初めて負けた。悔しいが、存外すがすがしい気分になるものだな」
「……まあ、納得してくれたならいいんですけど……。とにかく、これで姫様の看病は私の仕事ですね」
仕方ないな、とうなずく殿下。
「勝負は勝負だ。おまえの言う通りにしよう」
そう言って、すたすたと足早に台所を出て行ってしまう。
はあ。
……なんか、妙に疲れたぞ。
部屋に戻ると、ベッドの上のクリア姫が目を開けて、「遅かったのだな」と言った。
「すみません、姫様。台所でちょっと狐が。出たのは数字の方だったんですけど、イカサマを疑われて」
「…………? 何のことだか、よくわからない……」
「まあ、ちょっと。それより姫様、カイヤ殿下のことですけど――」
すぐに戻ってきた、パイラとの話は5分もかからなかったみたいだと教えてあげようとしたら、部屋のドアがノックもなしに開いて、そのカイヤ殿下が現れた。枕と毛布を小脇に抱えている。
「ひゃっ!? 殿下、どうしたんですか?」
「今夜はここで寝させてもらう」
出し抜けに、殿下はそう言った。床のカーペットの上に枕を置いてごろりと横になり、「何かあれば起こせ」
「ちょ、殿下!? ここで寝るって……。さっきの勝負は、約束は!?」
「看病はおまえに任せる。どこで休むかは俺の自由だ」
そして毛布にくるまり、目を閉じて。
「…………」
ものの数秒で寝息をたて始めた。
「殿下ぁっ!? ちょっと、寝るの早すぎっ……!」
「……兄様はいつでも、どんな時でも寝られるのだと前に言っていた」
クリア姫がベッドの上で身を起こす。
「戦場で敵が夜襲をかけてきた時にもうっかり寝ていたので、クロサイト殿に叩き起こされたと聞いたことがある」
「……苦労してるんですね、クロサイト様……」
私は床に転がっている毛布の塊に近づいた。
すやすやと、すこやかな寝息をたてていらっしゃる。
……本当に、疲れる人だな。勝手というか、マイペースというか。
しかも、なんつー無防備な寝顔。
天使とまでは言わないが、小さな子供みたいな、あどけない顔。肌キレイ。まつ毛すっごい長い。ついまじまじと観察してしまうじゃないか。
エル、とクリア姫が私を呼ぶ。「騒がせてすまない。その、兄様のことはあまり気にしないでくれ……」
とても申し訳なさそうにしているけれど、ほんのちょっぴり嬉しそうでもあった。
やっぱり具合の悪い時には、身内がそばに居てくれた方が心強いよね。
「姫様も寝てくださいね。氷のうを作ってきたんです。これを当てたら、熱なんてすぐに下がりますよ」
ありがとう、とクリア姫は言った。
そして、安心したようにベッドに横になる。
私も気を取り直して、自分の仕事にとりかかった。
たまに足もとから聞こえてくる寝息が気になったりもしたが、つとめて無視を決め込んだ。




