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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
57/410

56 裏か表か2

 我ながら、かなり場違いというか、阿呆らしい提案だとは思った。

 こいつは何を言い出すんだ? とどん引かれるのも覚悟したけど。

「ほう、そう来るか」

 意外や、殿下は乗ってきた。おもしろそうに瞳を輝かせて、「自ら勝負を挑むとはな。こう見えて俺は強運な方だぞ?」

 もしかして勝負事とか、かなり好きな人? なのか?


「殿下が強運っていうのは納得です」

 見かけによらずハードな人生送っていて、そのくせお人よし。これで不運だったら、英雄なんて呼ばれる前にどこかで命を落としていたはずだ。

「ですが私も、ここ1番という勝負に負けたことはございません」

 嘘ではない。

 実は王都に出てくる時にも、心配する家族と一悶着あって。

 絶対に許さん、行くなら俺を倒して行けと息巻く祖父を言葉では説得しきれず、最後はこれで勝負してきたのだ。

 ……そこで幸運を使い果たしたのか、王都に来てからは何やかや不運に巻き込まれたが。


 おもしろい、とつぶやく殿下。

「コインはおまえが投げるか?」

「そうさせていただきます。念の為、イカサマがないことをご確認ください」

 慣れているなとつぶやきながら、コインを受け取る殿下。

 別に慣れているというほどじゃない。実家で酔客相手にたまにやっていた程度だ。

 ツケの支払いとか、今日のオススメ料理の最後の一皿なんかを賭けて。正々堂々、イカサマ勝負をしたことは1度もない。


「随分年季の入ったコインだな」

「ええ、まあ。故郷を出る時、色々ありまして、お守り代わりに持ち歩いてるやつなんですけど」

 コインの表には狐のレリーフが、裏には数字の「500」が刻まれている。

「ちなみに、狐の方が表ですので、お間違いなく」

 知っている、とコインを返してくる殿下。

「では、参ります。1回勝負。恨みっこなしですよ」

 コインを空中に弾き、すばやくキャッチ。

「お先にどうぞ、殿下」

「表だ」

 殿下は迷いもためらいもなく答えた。

 今更だけど、このやり方。動体視力のいい人だったら、見分けがついちゃうかも。先にコールしてもらってから投げた方がよかったか。ええい、ままよ。

「承知しました。では、私は裏で」

 握った手をひらく。

 銀色の塗装が剥げて、中の銅が一部あらわになった私のコインには、数字の「500」が刻まれていた。

「裏、ですね」

「…………」

「どうやら、私の勝ちのようです」

「………………」

「……あの、殿下? どうかなさいましたか?」

 殿下は立ったまま彫像になったかのように動かない。

「……信じられない」

 やがてようやく口を利いたかと思えば、「今の技は、どこで身につけた?」


 技? それってどういう意味……。

 一瞬後、私は険悪に目を細めて、雇い主の顔を見返した。

「殿下? もしや、イカサマを疑っていらっしゃる?」

 ちゃんとあらかじめコインを確認させたではないか。しかも、目の前でコインを投げたのに。


 殿下はまだ信じられないという顔で、私のてのひらからコインをつまみ上げ、ためつすがめつしている。

「そんなに信じられないですか?」

 もしかして、コインの裏表が見えてた、とか?

「いや、違う。……その気になれば、空中に投げたコインの裏表くらい見分けられるが」

 すごいことを当たり前みたいに言って、「だからおまえが投げる瞬間は、目を閉じていた」

 そうだったんだ。気づかなかった。

 でも、だったらフェアな勝負だったはずだよね?

「やけに自信満々答えてましたけど……」

「この手の勝負で負けたことは1度もないからな」

「……あの。もしそれが本当なら、そっちの方がよっぽど信じられないんですが」

「そうか」

 殿下はようやく納得したのか、私にコインを返してきた。

「初めて負けた。悔しいが、存外すがすがしい気分になるものだな」

「……まあ、納得してくれたならいいんですけど……。とにかく、これで姫様の看病は私の仕事ですね」

 仕方ないな、とうなずく殿下。

「勝負は勝負だ。おまえの言う通りにしよう」

 そう言って、すたすたと足早に台所を出て行ってしまう。

 はあ。

 ……なんか、妙に疲れたぞ。


 部屋に戻ると、ベッドの上のクリア姫が目を開けて、「遅かったのだな」と言った。

「すみません、姫様。台所でちょっと狐が。出たのは数字の方だったんですけど、イカサマを疑われて」

「…………? 何のことだか、よくわからない……」

「まあ、ちょっと。それより姫様、カイヤ殿下のことですけど――」

 すぐに戻ってきた、パイラとの話は5分もかからなかったみたいだと教えてあげようとしたら、部屋のドアがノックもなしに開いて、そのカイヤ殿下が現れた。枕と毛布を小脇に抱えている。


「ひゃっ!? 殿下、どうしたんですか?」

「今夜はここで寝させてもらう」

 出し抜けに、殿下はそう言った。床のカーペットの上に枕を置いてごろりと横になり、「何かあれば起こせ」

「ちょ、殿下!? ここで寝るって……。さっきの勝負は、約束は!?」

「看病はおまえに任せる。どこで休むかは俺の自由だ」

 そして毛布にくるまり、目を閉じて。

「…………」

 ものの数秒で寝息をたて始めた。

「殿下ぁっ!? ちょっと、寝るの早すぎっ……!」

「……兄様はいつでも、どんな時でも寝られるのだと前に言っていた」

 クリア姫がベッドの上で身を起こす。

「戦場で敵が夜襲をかけてきた時にもうっかり寝ていたので、クロサイト殿に叩き起こされたと聞いたことがある」

「……苦労してるんですね、クロサイト様……」

 私は床に転がっている毛布の塊に近づいた。


 すやすやと、すこやかな寝息をたてていらっしゃる。

 ……本当に、疲れる人だな。勝手というか、マイペースというか。

 しかも、なんつー無防備な寝顔。

 天使とまでは言わないが、小さな子供みたいな、あどけない顔。肌キレイ。まつ毛すっごい長い。ついまじまじと観察してしまうじゃないか。


 エル、とクリア姫が私を呼ぶ。「騒がせてすまない。その、兄様のことはあまり気にしないでくれ……」

 とても申し訳なさそうにしているけれど、ほんのちょっぴり嬉しそうでもあった。

 やっぱり具合の悪い時には、身内がそばに居てくれた方が心強いよね。

「姫様も寝てくださいね。氷のうを作ってきたんです。これを当てたら、熱なんてすぐに下がりますよ」

 ありがとう、とクリア姫は言った。

 そして、安心したようにベッドに横になる。

 私も気を取り直して、自分の仕事にとりかかった。

 たまに足もとから聞こえてくる寝息が気になったりもしたが、つとめて無視を決め込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。ちょろちょろ進ませていただいております、ふとんねこです。 殿下、おやすみ数秒ッ……! 何と言いましょう……なんとも可愛らしく、心臓の辺りがギュンッとする感じです。 おやすみ数…
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