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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
55/410

54 王室図書館にて3

 全員の注目がセレナに集まった。

 セレナは自分でも驚いたみたいに目を丸くして、「あらまあ、私ったら。急に偉そうなことを言ったりして、ごめんなさいね」

 まずはどうぞ、とティーカップをテーブルに並べ、順番にお茶をついでいく。

「あなた方も座ってくださいな。お話をする時は、ちゃんと同じ目線にならなくてはだめよ」

 あなた方、と呼ばれたのは、起立したまま控えている私とクロムだ。

「いや、そういうわけには――」

「いかねえでしょうよ」

 私たちはそれぞれハウライト殿下の方を伺った。

「構わん」

 意外にも、殿下はそう言った。今はそんなことどうでもいいって顔で、熱心に司書の女性を見つめている。

「それよりも、セレナ。何か思うところがあるなら聞かせてくれないか」

「そんな、私ごときの意見なんて」

「謙遜はいい。あなたが曽祖父の相談役だったことは聞いている」

 セレナはころころと笑い出した。

「相談役だなんて、大げさ。ただ、陛下は寛大な方だったから、小娘の戯言にも耳を傾けてくださっただけですよ」

 そう言ってから、ふと気づいたように付け加える。「今はおばあちゃんですけどね。昔は小娘だったこともあるのよ」


 ぬっとダンビュラの顔がテーブルの上に現れた。

「ルチルに手を出すな、ってのはなんでだよ?」

 ハウライト殿下も、「戯言でも構わない。あなたの意見を聞かせてくれ」と食い下がる。

「あらあら、困ったわねえ。こんなおばあちゃんに意見を求められても」

 セレナは本当に困ったような顔をして、

「あなたはどう思います?」

と、なぜか私に聞いてきた。

「ふえ!? 私ですか?」

「そう、あなた」

 そんな、急に話を振られても。

「あなたはまだ王都に来たばかりで、王家の事情にもくわしくないのでしょう? 外から来た人の意見は貴重ですよ。内側に居たのでは気づかないこともよく見えるから」

「はあ……」

「ね、あなた。この問題を解決する、1番良い方法は何だと思う?」

 なぜかハウライト殿下やクロムまで私を見ている。なんでこんな流れに……と思いつつ、とにかく答えを考える私。


「ええと――」

 1番いいのは、前に考えた通り、2人を引き離すこと。つまり、クリア姫がお城を出ることだと思う。

 だが、クリア姫にはどうやらそれができない、したくない理由があるようだ。今ここで私がそれを言ったら、クリア姫を困らせてしまうかもしれない。

 何か他の、他の意見は。

「ルチル姫を監督する立場の人たちに、もっとしっかりしてもらう……とか?」

 適当に思いついたことを口にする。

「そうね、その通りね!」

 セレナは嬉しそうに手を叩いた。


「ルチルを監督? って、王サマと嫁のことか?」

 ダンビュラが露骨に顔をしかめた。「そこがしっかりしてりゃあ、誰も苦労なんざしてねえっての」

 まあ、そうだよね。ルチル姫の両親は、娘の問題行動を完全に放置している、ってパイラも言ってたし。

 ……それはともかく、「嫁」という言い方はマズイんじゃないの。仮にも正妻である王妃様を差し置いて、ハウライト殿下とクリア姫の前で。


 私の心配をよそに、2人は無反応だった。表情も変わらなかったし、ダンビュラの言葉選びについて、何か苦言を呈するということもない。

「ファーデン閣下は、女性に厳しくできない人だものねえ」

 のんびりと相槌を打つセレナ。「でも、ルチル姫の母上はどうかしら?」

「やはり娘のワガママには手を焼いているらしいが――」

 ハウライト殿下が答えると、

「そうねえ、きっとそうに違いないけど。昔から言うでしょ? 馬鹿とハサミは使いよう、って」

 にこにこ笑顔で、えらく辛辣なたとえを用いている。


「ルチル姫が妹いじめを続ければ、クリア姫が傷つく。幼い妹姫が傷つけば、ハウライト殿下もカイヤ殿下も、平気ではいられない。ルチル姫を懲らしめるために、さっきあなた方が仰っていたような実力行使に出ることだって十分ありえますよね?」


 ……ええと、つまり? 何が言いたいの?

 兄殿下たちがクリア姫を守るために実力行使に出たとして、それがルチル姫の母親にとって何か得になるとでも?


 ハウライト殿下は私と違って、セレナの言わんとすることが理解できたようだった。眉間に深くしわを寄せて、「アクアは、我々が動くのを待っていると言いたいのか?」

 ダンビュラも唸る。

「娘に手を出させて、そんで被害者面しようって魂胆かよ?」

 セレナは茶飲み話のように軽くうなずいて見せた。

「ルチル姫は13歳ですものね。兄殿下に傷物にされた……なんて噂を流せば、多少は同情を引けるのじゃなくて?」

「ちょっ……!」

 傷物のくだりで私は声を上げ、ついでにクリア姫の耳を両手で覆った。

 あなた、小さな子供の前で、何を言い出すんですか。


 だけど、動揺したのは私だけだったらしい。皆、平然と話を続ける構えだ。

「そんな手が使えますかね?」

と、異論を唱えたのはクロムだ。

「なんだかんだで、今はフローラを推す連中より、こっちの派閥の方が力関係は上でしょ。アクアが騒いだところで、大して困りゃしない。いや、それよりも――」

 1度言葉を切ってから、何でもないことのように言ってのける。「本気で娘に手を出されでもしたらどうするつもりなんで?」

「だーっ!!」

 私はまた大声を上げるハメになった。

 この男は、この男は、なんてことを――。

「少し落ち着きたまえ」

 ハウライト殿下があきれたように私を見る。クリア姫も心配そうに、「エル、そんなに気を遣わなくてもだいじょうぶだ」

「ちっこく見えるが、嬢ちゃんは12だぞ」

 いつのまにか私の足元に移動していたダンビュラが、「あんまり過保護にすんなよ」とささやきかけてくる。

 いや、過保護って。

 実兄が異母姉をどうこうなんて、12歳の子供に聞かせる話?

 私の動揺など、セレナはどこ吹く風で。

「確かにリスクはあるでしょうけど、全く効果がないとは思いませんよ」と言った。


 この噂が国民に広がれば、ハウライト殿下の名前に傷がつく。

 殿下の強みは、正統な後継者であること、なのだ。

 名君と謳われた先々代国王陛下の血を引く第一王子。生まれにも育ちにも傷がないのが売り。


「人は、高貴な方の醜聞が大好きですものね」

 だから、とセレナは言って、視線をハウライト殿下に移し、

「もしもルチル姫に対して強硬な手段に訴えるおつもりなら、ご自身の手を汚さずに、カイヤ殿下を使いなさいな」

「な――何を言って、」

 答えを急ぎ過ぎたんだろう。ハウライト殿下が咳き込んだ。ごほん、と空咳をして息を整え、怖いくらい真剣な目をしてセレナを見る。

「あれにそんな真似はさせられない。これ以上、カイヤの悪評を増すようなことは――」

「そう? 殿下はわざとやっているのだと思っていたけど」

 カイヤ殿下の王族らしくない振る舞いは、元の性格もあるが、「敢えてそういうキャラクターを演じている面もあるでしょう」とセレナは言った。


 清廉で傷のない兄王子。破天荒で型破りな弟王子。

 2人を別々に見れば、後継者として、どちらも難があるように見えるかもしれない。しかし2人が協力し合うことが前提なら、ちゃんとバランスがとれている。


 私は考えてみた。

 仮に、先程の――傷物がどうのって話の主体が、カイヤ殿下だったらどうか。

 もともと、嘘か本当かもわからない噂が多い人なのだ。今更ひとつ追加されたところで、大して違いはないかもしれない。

 そういう人だから、国王の顔面に蹴り、なんて行為もスルーされたのかな。

 もしくは、その行為すらパフォーマンスだったとか?


「カイヤ殿下って、やたら悪い噂が多いのがちょっと気になってたんですよね」

 落ち着きを取り戻した私は言った。

「もしかして、わざと悪評を流してるとか?」

 ハウライト殿下は、これ以上ないというほど苦い顔をして見せたが、否定はしなかった。


 なるほどね。

 無茶は全部自分が引き受けることで、兄殿下の立場や経歴を守ってるわけか。

 カイヤ殿下の悪い噂が広まれば、比較して兄王子がまともに見えるし。

 まさに一石二鳥、なのかも?


「とにかく――カイヤにそんな命令は出せない」

 ハウライト殿下はきっぱりした口調で、セレナの提案を退けた。

「それなら、最初に言った通り。今は動くべきではないと思いますよ」

 ルチル姫とクリア姫の問題は、「幼い子供のけんか」だからと、静観を決め込むのが利口だ。相手も同じ理屈で逃げているのだから、都合がいい。


「…………」

 正しい、のかもしれない。

 あるいは単に、反論できない自分の知恵が足りないだけかもしれない。

 何にせよ、私はすっきりしなかった。

 結局、クリア姫にこのまま我慢し続けろ、ってことなのか。


「俺らに何もするなっていうのかよ?」

 私とダンビュラの不満げな顔を見て、「あなたたちの仕事はちゃんとありますよ」とセレナはにっこりした。

「クリア姫に傷ひとつつかないよう、全力で守ることです。だって、カイヤ殿下はそのためにあなたたちを雇ったのでしょ?」

 確かにそうだ。それについては、全く異論はない。


 ハウライト殿下は遠くを見ている。

 その表情は、現状を嘆いているようにも、妹を助けられない己の無力を責めているようにも見えた。

 そんな殿下に、「耐えることもまた戦いですよ」とセレナは励ますように言った。

「いずれきっと機会はありますよ。その時まで、ね」

 終始にこにこしていて、何を考えているのか、よくわからなかったけど。

 この人、実は只者じゃないのかも、と私は思った。

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