52 王室図書館にて1
その後、「お茶が入りましたよ」とセレナが戻ってきて、私たちは「談話室」と呼ばれる部屋へと移動した。
広さは普通のご家庭の居間くらい。部屋の真ん中にテーブルがあり、ティーセットが一式用意されている。読書や調べ物の合間にお茶したり、おしゃべりしたりするための部屋らしい。
「どうぞ、遠慮しないで。たくさん召し上がってね」
セレナはおいしい紅茶とマドレーヌを出してくれた。気さくな性格らしく、メイドの私にも親しげに話しかけてくれた。
クリア姫と一緒にお茶をいただきながら、彼女の話を聞いた。もとはお城の書庫で働いていたこと、本の知識や管理能力を見込まれて、こちらに引き抜かれたことなど。
「もう50年も前の話ですよ」
セレナは懐かしそうに言った。「それでも、きのうのことみたいに思い出すの。陛下はいつも、窓辺の席に座られていてねえ……」
彼女が「陛下」と呼んでいるのは今の王様じゃなくて、名君と謳われた先々代国王陛下のことであるようだ。
当時はこの図書館にも大勢の職員が居た。しかし、先代国王の迫害によって、ほぼ全員が城を追われてしまった。彼女だけが残されたのは、先代国王の側近と血縁があったからなんだそうで。
「今となっては、それも昔話ねえ。ファーデン閣下の代になってから、早いもので、もう30年近くたつのですものね」
セレナは遠い目をした。
だけど、それは一瞬のこと。すぐに明るく笑って、
「姫様、今日は何の本を読みますか? ご希望のものがあればお持ちしますよ」
「それなら――」
クリア姫はちらりと私の方を見て、「魔女のおとぎ話について、知りたいことがあるのだ」
「魔女のおとぎ話ですか」
「うむ。あのおとぎ話には、元になった言い伝えをまとめた書物があると聞いた。それを見せてもらえないか?」
クリア姫のリクエストに、セレナは少しだけ困った顔をした。
「残念だけど、その本は『禁書』扱いなんですよ」
私とクリア姫は、ちょっと息を飲んだ。
「禁書?」
「ええ。持ち出し禁止で、王と第一継承者にしか閲覧を許されないものです」
ってことは、今の王国で見ることができるのは、ファーデン国王陛下とハウライト殿下だけ? 随分厳重だなあ。よほどの秘密が書かれているんだろうか……。
「私は、1度だけ拝見したことがありますけど」
何気なく付け加えられた一言に、私とクリア姫は「え」とセレナを見た。
たった今、禁書だって言ったよね? それを見たことがある?
「陛下がこっそり見せてくれたんですよ」
セレナはいたずらっぽく笑って見せた。「でも、中身はごく普通の民話やおとぎ話で、特別興味深い内容ではなかったけれど」
だったらなんで禁書になっているのか? それは絵本の元ネタとして添えられている資料の中に、王家の内情や王族のプライベートにふれている部分があったからで。
「王家の威信を損なう恐れあり、ということで禁書扱いになったようです」
「そうか……」
クリア姫は残念そうにうつむいた。
「姫様、魔女のおとぎ話のことが知りたいんですか?」
「知りたい、というか……あのお話には、私が知っているのとは少し違うものがあると聞いて、元の話を確かめたくなったのだ」
クリア姫が持っている絵本の中身と、私の知っている話が微妙に違ったこと。
昨夜、2人で絵本を見ながら気づいたことをクリア姫が話すと、セレナは「それなら参考になるものがありますよ」と言って、1度談話室から出て行った。
戻ってきた時、10冊ほどの絵本を抱えていた。
テーブルの上に並べてみせる。驚いたことに、その全てが例の絵本だった。
「2人の魔女のおはなし」というタイトルで、よく見れば本の装丁やタイトルのロゴデザインが微妙に違っている。
本の奥付を確かめると、出版された年代も違った。
10年前、20年前、30年前、と時代をさかのぼり、1番古い本は、なんと100年前だ。かなりボロボロで表紙も変色しているが、描かれている絵は、私が知っているものとそっくり同じだった。
「この絵を描いたのは、100年と少し前の画家なんですよ」
とセレナ。
「最初に文章を書いたのは、同じ時代の童話作家でした。ただ、新しい版が出る時に、別の作家のものに差し替えられて――100年の間に、そういうことが何度かあったようですね。たとえば、こことか、ここ」
実際に、絵本をひらいて見せてくれる。
確かに。
細かい文章の違いや、エピソードの追加、省略。
私が驚いたように、王子と王女の関係が違う、というものも多い。
兄と妹ではなく姉と弟だったり、さらに兄や妹が増えていたり。
このおとぎ話は、基本バッドエンドだ。
国は滅びるし、気の毒な王女様は救われない。めでたし、めでたしとは言えない後味の悪いラストなのだが、セレナが持ってきた絵本の中には、ハッピーエンドに改ざんされているものもあった。
それこそ子供向けのマイルドバージョンなのか、残酷な話がカットされていたり、逆に魔女の恐ろしさをきわだたせようとしたのか、怖い描写が多いホラーじみた内容のものもある。
「本当に、色々な話があるのだな」
クリア姫はすっかり引き込まれてしまったようで、絵本の上に身を乗り出し、瞳を輝かせている。
私も、こんな話してていいのかなと思いつつ、やはり興味はあったので、ついつい耳を傾けてしまった。
ダンビュラはといえば、部屋の隅でのん気に昼寝だ。
そうこうしているうちに、時は過ぎ――。




