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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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51 ハウライト・クォーツ

 凡庸で、目立たない王子。

 というのが、ちまたの噂で聞いた第一王子殿下の評価、その最大公約数である。

 実物を目にした私の感想はといえば。


 ――どの辺りが凡庸? だった。


 十分過ぎるほどイケメンだし、十分に大物オーラあるじゃないか。

 身長は180を越えているだろう。すらっとスタイルがよくて、身のこなしは優雅で。

 カイヤ殿下とはあんまり似ていない。

 むしろ、クリア姫に似ている。柔らかそうな金髪といい、知的な鳶色の瞳といい。

 あとは顔の輪郭とか目元とか、そういう細かい部分も似ている。


「随分と騒ぎを起こしてくれたものだな」

 何やらバツの悪そうな顔をしたクロムを従え、近づいてくる。眉間にしわをよせ、その声は石のように硬い。

 初めてお会いする第一王子殿下は、あまりご機嫌麗しくはなさそうだった。

 驚いて固まっているクリア姫を見下ろし、ほんの一瞬、私の方に視線を投げるも、すぐにそのまなざしは姫君の後ろ――ふたつの木箱が乗った台車の上に移動。

「そこに居るのはダンビュラか」

 のそっと木箱の中身が動き、護衛の顔がのぞいた。

「よ、兄ちゃん。久しぶり」

 何という軽いあいさつか。この山猫もどき、状況がわかっているんだろうか。


 ……まあ、正直にいえば、状況がわかっていないのは私の方なんだけども。

 なんでこのタイミングでハウライト殿下が出てくるんだろ?

 クリア姫もそれは思ったらしく、

「兄様……。どうして、ここに……?」

 ハウライト殿下は妹姫の問いには答えず、ふっと不機嫌そうに嘆息した。

 なんか、怒ってる? 怒ってるよね?

「兄様……?」

 クリア姫も不安そうだ。

 うーん、どうしよう?

 はじめましてってあいさつするような空気じゃないし、メイドごときが口を挟むのもなあ。


 気まずい沈黙に支配された図書館。その一方で、大扉の外からは、いまだ騒ぎの気配が伝わってくる。

「殿下、あっちの方も何とかしないとまずいんじゃ……」

 クロムがささやく。

 そうだな、とハウライト殿下は言った。「まずはあちらの騒ぎを鎮めてから、おまえたちの話をゆっくり聞かせてもらうことにしよう」

 妹姫の顔を見下ろし、「クリア」と名前を呼ぶ。

「は、はい。兄様」

 ぴんとクリア姫の背中がのびた。

「私が戻るまで、けしてここから出ぬように。特にダンビュラをこれ以上、人目にふれさせてはいけない」

 幼い妹姫に語りかける兄殿下の口調は、堅苦しくはあったが、高圧的ではなかった。むしろ優しいと言ってもいいくらいだったけど、クリア姫は小さくなってしまっている。

「わかりました」

 一方のダンビュラは悪びれもせず、

「おいおい兄ちゃん、何言ってんだよ。嬢ちゃんは俺が見つからないように隠そうとしてたじゃねえか。見てなかったのか?」

 ダンビュラのセリフは無視。

 第一王子殿下は、クロムを連れて図書館から出て行ってしまった。

 バタン、と閉ざされる扉。残された沈黙。


 と、司書のセレナが、ひょっこりと本棚の陰から姿を現した。

「何だか大変そうねえ。ハウライト殿下は、あいかわらずお忙しそうだし」

「すまない、セレナ。騒がせてしまって」

 クリア姫が詫びる。

「そんな、いいんですよ。いつもは静かすぎるくらいだから、にぎやかなのは大歓迎。まずはお茶を淹れましょうか。おいしい焼き菓子があるの」

 にこやかに言って、身を翻しかけ――ふと思い出したように振り返り、

「そちらの方は、お茶を召し上がるのかしら」

 そちらの方というのは、いまだ木箱に入ったままのダンビュラのことだったようだ。

「お構いなく」

と本人が答える。


「彼は私の護衛で、友人だ。ダンビュラという」

「はじめまして」

 ほほえむセレナに、クリア姫は不安と申し訳なさの入り混じった視線を向けた。

「その、彼を図書館に入れてもだいじょうぶだったろうか。本を傷つけたりはしないと思うが、毛が落ちるのはどうしても防げないだろうし……」

 ……お言葉ですが、姫様。心配のポイントはそこですか。

 問題は、「図書館に動物を入れないでください」とか、そういうことじゃないと思うんですが。


 しかしセレナは、初めて見るはずのしゃべるケダモノにも、全く動じなかった。

「あら、構いませんよ。陛下もよく猫や小鳥なんかを連れてみえましたもの。特に可愛がっていた黒猫が居て、いつも膝に乗せてねえ……って、いやだ。そんな昔話はどうでもよかったわね」

 ふふと笑って、本棚の隙間に姿を消してしまう。

 多分、お茶を淹れに行ったんだろうけど。……なんか、変わった人だな。


 私はクリア姫と顔を見合わせた。

「とりあえず……、これからどうしましょうか?」

「今はハウル兄様が戻るまで待つしかないと思うが……」

 クリア姫は何かを考える時の表情になった。「兄様はどうしてここに来たのだろう」

「偶然通りかかった、とかあるわけねえわな」

 ダンビュラが口を挟む。「あの様子じゃ、ルチルの悪巧みを知って待ち構えてた、ってとこか?」


 ああそうだ、謝らなきゃ、と私は思い出した。

「姫様、さっきは驚かせてしまってごめんなさい。それから、ダンビュラさんを黙って連れてきたことも」

 あらためて、深々と頭を下げる。

 ルチル姫が本当に罠を張っているかどうかわからなかったし、できればクリア姫には余計な心配をせず、のびのびと外出を楽しんでほしかった。

 だから黙っていたんだけど……、こうなってしまうと、何やらだましたような気分にもなってくる。


 しかしクリア姫は、「そのようなことはよいのだ」と首を横に振った。

「2人は私のためにしてくれたのだろう。むしろ感謝している」

 なんて優しいお言葉、と感動していたら、急にダンビュラが声を上げて笑い出した。

「しっかし、ルチルの悲鳴は傑作だったよなあ。胸がスッとしたぜ」

 彼のように気楽に笑っていい状況なのかどうかはともかくとして、スッとした、というのは私も同感だった。

 クリア姫もちょっと困ったように笑う。笑った後で、すぐに真顔に戻って考え込んでいる。


 私も考えてみた。

 あの後、ルチル姫はどうしただろうと。

 自分の部屋に戻って、ふとんをかぶって震えている、とかだったらいいのだが、あのお子様はそこまで繊細ではなさそうだった。正気づいたら、面倒くさいことになりそうだ。

 ま、仕方ない。

 穏便にすませられるなら、私もそうしていた。あの状況では、多少の無茶もやむなし、だったと思う。

 私の仕事は、クリア姫のメイドだ。彼女の安全を最優先にする、という形で間違ってはいないはずだ。


 そう、間違ってはいないはず、だが――。

 私はついさっき見た第一王子殿下の顔を思い浮かべた。「随分と騒ぎを起こしてくれたものだな」というセリフといい、不機嫌そうな表情といい、私たちのやったことを快く思ってはいないようだった。

「ハウライト殿下ってどんな方なんですか?」

 クリア姫に聞いてみると、

「兄様はお優しい方だ」

という答えが返ってきた。「気難しいと誤解されることもあるようだが、本当はとても――」

「ちょっと融通きかなくてクソ真面目で要領悪いけどな」とダンビュラ。「ま、悪い奴じゃねえよ」

「つまり、味方だと思っていいんですよね?」

 クリア姫は「もちろんだ」とうなずき、ダンビュラは「敵じゃねえけど、アテにはするなよ」と微妙な言い方をした。

「慎重っていえば聞こえはいいが、あの兄ちゃん、基本的に度胸が足りねえからよ」

「ダン、失礼なことを言ってはいけない」

 クリア姫が語気を強めた。

「ハウル兄様はとても強い方だ。勇気がないなどということはない――」

「あー、落ち着け、嬢ちゃん。そう怒るなって」

 ダンビュラは少し考えてから言い直した。


「度胸が足りねえ、ってのは言葉が悪かったな。俺が言いたかったのは、あれだ。決断力っつーか実行力っつーか、そういうもんの話だよ。あの兄ちゃん、考えすぎて足が止まるタイプだろ。悪い結果を避けようとするあまり、なんだろうが……。世の中には、吉と出るか凶と出るか、やってみるまでわからねえってことも多いからな」


「それは……それは多分、ハウル兄様がとても責任感の強い方だから……」

 クリア姫は少し不満そうにもごもご言った。

 ダンビュラは気にしない。また気楽に笑って、

「カイヤ殿下はその点、決断が早いだろ。早すぎて、よく周りを置いていくがな。あの兄弟、足して割ったらちょうどいいのによ」

 それが本当なのだとしたら、随分と性格の違う兄弟なんだな、と私は思った。

 さて、優しく慎重で決断力に欠ける第一王子殿下は、此度の私とダンビュラの行為にどのような評価を下すのだろうか。

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