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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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50 ワガママ王女の襲撃、その後

 渡り廊下を抜けてお城の別棟に入ると、辺りの様子が一変した。

 壁は白く塗装されているし、装飾品なんかも飾られている。いかにもお城の中って感じの立派な廊下だ。

 あいかわらず、人は居ない。人の気配そのものがない。

 空気はしんと張りつめて――なんか、厳かと呼んでもいいような雰囲気。

 ただし、渡り廊下の方から聞こえてくる物音や人の声が、その雰囲気をだいぶ損ねている。


 少しまずいことになっちゃったなあ、と私は思っていた。

 ここまでの騒ぎになるとは想定外だ。

 そもそもルチル姫が姿を現すかどうかわからなかったし、仮に現れても、自分1人で「お引き取り願う」こともできるだろうと考えていた。

 あくまで万一に備えてダンビュラに来てもらったのだけど……、まさかルチル姫が5人も取り巻きを引き連れて、武器まで用意してくるとか予想できないし。


「急げ、嬢ちゃんたち」

 自分は台車で運ばれているだけのダンビュラが急かす。見つかったら困る、という危機感も焦りも感じられないのん気な声で。

「ちょ、ダンビュラさん、下りてくれません?」

 体力には自信がある方だけど、さすがに息が切れてきた。

 この山猫もどき、見た目通り体重があるし、その下の木箱には本がぎっしり。それを運びながらの全力疾走である。

「下りてもいいけどよ。俺の爪で、廊下に傷でもついたら困るんじゃねえの?」

 爪なんか引っ込めればいいではないか。猫もどきなら、それくらいできないのか。


「ダン、箱の中に入ってくれ」

 クリア姫が言った。

「この先に、図書館の入口がある。そこに司書の者が居るのだ。信用できる人物だから、多分だいじょうぶだとは思うが……。念のため、隠れておいた方がいい」

 了解、とダンビュラが箱の中に引っ込む。


 でも、ふたは?

 さっきダンビュラが吹っ飛ばした木箱のふたは、拾ってくる暇がなかった。

 仕方がない。

 私はメイド服の前かけ部分を外し、ダンビュラにかぶせた。「おいおい、何すんだ」という抗議の声は無視。


 廊下の角を左に折れると、突き当たりに大きな扉があった。

 扉の横には受付のような窓口があって、クリア姫の言う「司書」だろうか。初老の女性が1人、ガラス戸の向こうに座っている。

「あらあ? 話し声が聞こえたと思ったら、姫様でしたの」

 片眼鏡を持ち上げて、のんびり笑う。

 地味な小豆色のロングスカート、編み目の大きな白のサマーニットと、格子柄の肩掛けを羽織っている。

 髪は真っ白だ。総白髪になるほどの年齢ではないように見えるから、私と同じで、生まれつき色素が薄いのかもしれない。


「そちらのお嬢さんは、初めてお目にかかりますね?」

「すまぬ、セレナ。あいさつは後だ」

 クリア姫が大扉を指し示し、「急いでいるのだ。すぐに扉を開けてくれ。それから、奥の部屋の鍵も頼む」

「あらあら、まあ。ちょっと、お待ちくださいね」

 急いでいると言ったのに、女性はのんびりと椅子から立ち上がる。

「ええと、鍵はどこだったかしら……。嫌ねえ、年をとると、物の場所が覚えられなくなって」

「あのっ! できるだけ早くお願いします!」

 私はたまらずに叫んだ。

 なぜかというと、足音が聞こえたからだ。

 カツカツカツと、硬い靴音がひとつ、ふたつ?

 明らかにこっちを目指してくる。


「はいはい、今行きますよ」

 ようやく受付から出てきた女性は、その手に2種類の鍵を持っていた。

「これが、奥の扉の」とクリア姫に小さな鍵を渡し、もうひとつ、古風なゼンマイみたいな形の鍵を大扉の鍵穴へ。


 カツカツカツ。迫る足音。


 これで鍵が違っていたとか言われたら完全にアウトのタイミングだったが、幸い、神は見捨ててはいなかったようだ。

 カチリと小気味よい音をたてて、鍵が開いた。

 クリア姫が大扉を押し開け、一足先に中に入っていく。私は台車を押しながら後に続いた。


 扉の中は、驚くほど広い部屋だった。

 奥行きが広く、天井も高い。多分、普通の部屋の倍くらいは高い。

 その高い天井にも届きそうなほど大きな本棚が、視界を埋め尽くすように並んでいる。

 私が見たこともないような数の本たちが、頭上いっぱいに――。


 残念なことに、ゆっくり眺めている暇はなかったけれど。

「こっちだ!」

 クリア姫の案内に従って本棚の隙間を駆け抜け、図書館の奥――何の変哲もない小さなドアの前へ。

 さっき司書の女性に手渡された鍵でクリア姫がドアを開けると、中は狭苦しい小部屋だった。

 家具は机がひとつ置いてあるだけ。窓はなく、明かりがついていないせいで、かなり暗い。こもって本を読むための部屋とかだろうか。


「ダンにはここに隠れておいてもらえばいいと思う」

 クリア姫が私の顔を振り向き、台車を室内に運ぶよう促した。「騒ぎが落ち着いてから、こっそり帰れば――」

「そこまでにしなさい、クリア」

 声が、した。

 落ち着いた、威厳のある声。まだ若い、男の声だった。


 私はとっさに振り向き、そこにふたつの人影を見た。

 1人は、見覚えのある兵士。さっき通用口で会ったばかりのクロムだった。

 もう1人は、初めて見る顔だった。

 兵士ではない。明らかに空気が違う。近衛の制服と少し似た、それよりも立派な服を身につけて、いかにも高貴なオーラをただよわせた――初めて見るのに、どこかで見たような顔立ちの男性。年頃は20代半ばほどか。

 クリア姫が「え?」という顔をした。

「ハウル兄様? どうして?」

 第一王子にして王国の第一王位継承者、ハウライト殿下のご登場であった。

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