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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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49 ワガママ王女の襲撃

 ――これがルチル姫かあ。


 13歳で、聞いた話によれば「ワガママで生意気でかんしゃくもちのクソガキ」、年下のクリア姫をしつこくいじめ、大人たちが騒いでも意に介さず。

 さぞ偉そうで感じの悪い、若干オツムの足りないお子様なんだろうな、と私は思っていた。


 実物のルチル姫は――。

 まあ、なんだ。想像していたイメージ通り、といったら失礼かもだけど、そう大きな差はなかったというか……。


 13歳にしては平均的な身長、ややふっくらした体つき。

 肩ほどまでの長さのブラウンの巻き毛。

 フリフリレースのついた、ピンクのミニスカ・ドレス。

 星をかたどった髪留めにはルビー、ブレスレットはゴールド、イヤリングとブローチには大振りの真珠、指輪だけは少し型が古いようだが、あの透き通った蒼い石、きっと高価な宝石に違いない。

 身につけた装飾品だけで、いったいいくらになるのやら。ちょっと節操がないくらい贅沢している。


 私がルチル姫を観察している横では、クリア姫が突然現れた異母姉に、勇敢にも自分から話しかけている。

「姉様、どうしてここに」

 驚く妹姫を見て、ルチル姫はしてやったりと笑みを浮かべた。

「あんたを待ってたんじゃないの」

 まるでカナリアみたいな可愛い声。お母上が酒場の歌姫だったっていうから、似たのかなあ?

「こそこそ私から逃げ回って、自分の屋敷に隠れて出てこないで。だからこっちに呼んでやろうと思ったのよ。逃げられない、助けも来ない所で、思い切りとっちめてやるためにね」

 うわあ。

 なんか、きのうダンビュラが言った通りのこと考えてるう。

「では、下働きの者の話は嘘だったのか……」

 うつむくクリア姫。

 だまされた、って知ったら傷つくよね。フォローしてあげたいが、今はその時ではない。


 私は後ろの少年たちの様子も観察した。

 ルチル姫ほどではないにしろ、彼らもそこそこ高そうな服を着込んでいる。

 貴族の子弟ってところかな。んで、ルチル姫の取り巻きをしてるってことは、おそらく彼らの身内が、姉のフローラ姫を支持する派閥に属しているのだろう。

 年頃は14~16歳くらい。

 好戦的にこちらをにらんでいる少年も居れば、バツが悪そうに目をそらしている少年も居る。

 悪意に瞳を光らせている少年も居れば、今すぐここから帰りたいという顔をしている少年も居る。


「今日という今日は絶対、逃がさないわよ」

 ずい、と前に出るルチル姫。

 胸の前で腕を組み、行く手をふさぐように仁王立ち。その姿からは、めいっぱい自分を大きく見せようという意図が感じられるものの、所詮は13歳の少女だ。ちっとも迫力がない。それどころか、滑稽ですらある。

 ただ、クリア姫が12歳にしてはだいぶ小柄な方だから、2人の体格にはけっこう差があった。

 これは腕力じゃ勝てないだろうね。相手に手加減する気がないなら余計。


「さっき、家来の男に確認させたんだから。あんたの大事なお兄様、今日は居ないんでしょう」

 カイヤ殿下の動きもちゃんと把握している。

 13歳の女の子なりに、周到に準備してこの日を迎えたってわけか。

「あの不細工な虎まんじゅうも、お城の中には入れない」

 不細工な虎まんじゅうって、もしかしなくてもダンビュラのこと?

「あんたを守ってくれる人は、このお城には誰も居ないんだからね」


 ノリノリで話してるけど、いつまでも彼女の口上を聞いているわけにはいかない。

「あのー、ちょっといいですか」

 私は片手を上げて話に割り込んだ。

 気持ちよさそうにしゃべっていたルチル姫が、途端に不機嫌そうに顔をしかめる。

「誰よ、あんた」

「あー、はじめまして。自分、エル・ジェイドと申します。クリスタリア姫の新しいメイドです。アンバー村出身、18歳です」

「どーでもいいわよ!」

 私の自己紹介に、ルチル姫は形のいい眉を吊り上げ、「田舎者が、気安く自分に話しかけるな」的なことを言った。


「すみません。ただ、ひとつお聞きしたいことがあって。王女様が答えられないって言うなら、別にいいんですけどね」

 こっちの態度に舐められていると感じたのか、ルチル姫はますます怒りに頬を染めた。

 それでも一応、「何よ」と聞いてくる。

「いえ、わりと基本的なことで。ルチル姫は、いったいどーしてクリスタリア姫のこといじめるのかな、って」

「はあ!? ばっかじゃないの。そんなこと――」

 ルチル姫が何か言おうとしたが、私は彼女の答えを待たずに続けた。

「カイヤ殿下は、クリスタリア姫の方が聡明で品があって、しかも美しいから嫉妬してるんだって仰ってましたけど」

「…………っ!」

 絶句するルチル姫。

 背後の少年たちも色めきたつ。……中には、思わず吹き出しかけたのをこらえた子も居たようだが。

「実際、そうなんですか?」

 ルチル姫は絶句したまま口をぱくぱくさせた。

 この反応を見る限り、殿下の説は当たらずも遠からずといったところか。


 嫉妬がいじめの動機というのは、そう珍しい話ではないと思う。

 自分には手の届かない何か――美貌でもお金でもステキな恋人でも何でもいいが、それを持っている相手をひがんで攻撃する。

 このお姫様は、甘やかされてワガママ放題だというし。

 そういう人間は、「与えられること」を当然の権利と考えているから、自分に手に入らないものがあることが許せないのだ。


 ただ、ルチル姫もけして不美人ではない。ぽっちゃり気味でも「美人」と形容できる顔だ。

 聡明さや品の良さについては殿下の言う通りだと思うが、ルチル姫がそれをほしがっているとは思えない。自分に足りないことすら、気づいていないかもしれない。

 では、彼女はクリア姫の何に嫉妬しているのだろうか。


 私はあらためてルチル姫の様子を観察した。

 身につけたキラキラのアクセサリー。取り巻きを5人も従えて胸をそらしている。

「私は特別な女の子」と誇示しているかのようなその姿は、逆に彼女のコンプレックスの強さを表しているような気もした。


 ルチル姫の母親は平民の女性だ。その立場は国王陛下の愛妾であり、正式な妻ではない。

 一方、クリア姫の母親は、先々代国王陛下の血を引く王妃様である。

 普通に考えれば、いじめる側といじめられる側が逆でもおかしくないはず。もちろん私は、クリア姫がどんな状況であれ、異母姉をいじめるなんて思わないけど。

 お城の中には、ルチル姫の母親の身分が低いことを馬鹿にしたり、陰口を叩いたりする人も多分、居るんじゃないだろうか。

 ルチル姫に多少なりと感受性ってものがあるなら、気づいているはずだ。

 なんで自分たちが馬鹿にされなきゃならないんだと腹も立つだろう。

 無論、クリア姫には何ら責任のない話である。

 しかしながら、怒りや不満、ストレスを解消するため他人を攻撃する――というのもまた、いじめの動機としてはそう珍しいものではない。

 ま、早い話がやつあたりってこと。


「あんた、舐めた口きくのもいいかげんにしなさいよ」

 ルチル姫が凄む。「舐めた口をきくな」とは、王女様とも思えぬ品のないお言葉である。

「ここはお城なのよ。わかってんの? 何が起きたって、街中みたいに役人が飛んできたりはしないんだから。あんたみたいなメイド1人くらい、どうとでもできるんだから」

 背後の少年たちに視線を投げる。

 それを合図に、少年たちが武器を取り出した。

 武器と言っても、木刀とか、模造槍とか、あとは棒っきれとかだけど。何にしても、女子供相手に持ち出すものじゃない。


「姉様、エルに失礼なことを言わないでほしい」

 クリア姫が訴える。あくまで理性的な態度を保とうとしているが、その顔は青ざめている。

「乱暴なこともやめてほしい。どうか、姉様――」

「うるさい!」

 ルチル姫が叫んだ。

「あんたなんかが、私に命令するな! あんたなんか、1人じゃ何にもできないくせに! 親が王様だから、偉そうにしてるだけのくせに!」

 それはいったい誰のこと? と首をひねりたくなるようなセリフを叫びつつ、止める間もなくクリア姫につかみかかろうとする。


 同時に、台車の上の木箱のふたが開いた。

 ほとんど爆発するような勢いで、木箱のふたはルチル姫の頭を越えて飛んでいき、彼女の取り巻きの少年を2人、まとめてノックアウトしていた。

 そして箱の中からは、瞳をギラギラさせた山猫、あるいは虎に似た怪物が――要するにダンビュラが現れて、鋭い牙でがぶりとルチル姫にかみつこうと、大きな口をいっぱいに広げて見せた。


「ぎ、や、あああああっっっ!?」


 ルチル姫の狂乱っぷりは、なかなか愉快だった。

 この世の終わりみたいな悲鳴もさることながら、勢い余って渡り廊下から転げ落ち、そのままアジサイ畑をごろごろ転がったかと思うと、ひいひい泣きながら後ずさり。

 ドレスは泥だらけ、ブラウンの髪にカタツムリをくっつけたまま、それでも自分の足で逃げていったのは気丈な振る舞いと呼んでもよかったかもしれない。

 取り巻きの少年たちの中には、逃げたいのに腰が抜けて動けない子も、その場で気絶した子も居たからね。

 あるいはルチル姫と同じように渡り廊下から転げ落ちて、池の水に頭から突っ込んだ子も。


「ちょっとばかし、やり過ぎたかもしれねえな」

 まだ体半分、箱の中に入ったまま、ダンビュラがのほほんと言う。

「確かに。これだけ騒いだら、兵士とか見に来ちゃいそうですよね……」

 正直、ここまで驚かれるとは思わなかった。

 木箱のふたに直撃された少年たちと、ダンビュラを見て卒倒してしまった少年は、ショックで死んでいなければいいが。

 あと、池の中でジタバタもがいている少年は、どう見ても足のつかない深さではないのに、いっこうに起き上がってくる気配がない。何だか水音が小さくなってきた気がするけど、放っておいてもだいじょうぶだろうか。

 

 その時、クリア姫がハッと正気づいた。

「いけない。このままここに居たら、ダンが見つかってしまう」

「姫様、だいじょうぶですか?」

 驚かせてしまってすみません、ダンビュラさんと2人で計画して――と謝ろうとしたら、「話は後だ」と言われてしまった。

「エルの言う通り、兵士が来たら良くないことになる」

「どうしましょう?」

 このまま図書館に行く、とクリア姫は宣言した。

「あそこは王族か、許可を得たものしか入れない。中は広いし……ダンが隠れられそうな場所もある」

 だから急いで行こう、と先に立って走り出す。

「わかりました」

 ダンビュラごと台車を押してその背を追いながら、私は思った。

 やっぱ、異母姉より妹の方がよっぽど気丈だし、賢いわ。

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