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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
49/410

48 お姫様とお出かけ2

 ガラガラ、ガラガラ。


 歩くたびに、台車の車輪が音を立てる。

 さわやかな木々の香り。森と見まがうような緑の庭園の中を、緩やかにカーブしていく遊歩道。

 見上げれば、木々の隙間から澄み切った青空がのぞいている。

「空気がおいしいですねえ」

 私は軽く深呼吸した。

 実際、いい気分だった。台車が少し重いけど、遊歩道はたいらに整備されているので、押して歩くのもそんなにキツくない。

 そうだな、とクリア姫も笑う。

「いつもパイラやダンとお散歩するのだ。たまにカイヤ兄様とも」

 その声は弾んでいた。並んで歩きながら、庭園に咲く花の名前や、時折聞こえるさえずりが何という種類の鳥か、私に教えてくれたりする。


 しかし、小さな池のそばを通りかかった時、急にその顔が曇った。

 池のほとりには東屋が建てられている。

 ――もしかして。

 きのう、兵士が荒らした、というのはこの辺りだろうか。

 ぱっと見、その痕跡はわからない。でもクリア姫の様子からして、多分間違いないと思う。

 助けが来るまで、1人でしげみの中に隠れてたんだよね。怖かっただろうなあ。戻ってきた時は震えてたし。


 今はそんなひどい事件のことは忘れて、お出かけを楽しんでもらおう。

「図書館って、本がたくさんあるんですよね?」

 クリア姫の気を引こうと、私はいかにも期待しているという風に言った。

「私の村には図書館なんてなくて、小さな本屋さんがあるだけでした。それも半分は雑貨屋さんで」

 そうなのか、とクリア姫が相槌を打つ。

「その本屋さんには、どんな本が売られているのだ?」

「ええと、そうですね。流行りの小説とか、地図とか、観光案内とか……。あとは学校で使う辞書とか、歴史の本とか?」

「学校……」

 クリア姫は少し興味を引かれたような顔をした。「子供が集まって勉強する所だな?」

「はい。私は14歳になるまで通ってました。読み書き計算を覚えたらすぐに辞めちゃう子も多かったですけど、勉強とか、けっこう好きな方だったので」

「私も勉強は好きなのだ。学校に行ったことはないが……」


 貴族やお金持ちの子供は学校には行かず、専属の家庭教師を雇うと聞いたことがある。

 クリア姫もそうだったのかもしれない。「きっと楽しい所なのだろうな」とつぶやく声が残念そうだ。


「確かに勉強は楽しかったですけど、いいことばかりでもないですよ? いろんな子供が集まってますし……」

 中には、人の髪が白いからといって、侮辱するような悪ガキも居た。

「そうなのか。パイラの前のメイドは、とても楽しい所だと言っていたが」

「それは多分、人によりけりじゃないかと」

「そういうものか……」

「えっと、姫様は学校に行ってみたいんですか?」

「……よくわからない。もっとたくさんのことを学びたいとは思っているが……。エルは大学を知っているか?」

 話が飛んで、私は少し戸惑った。

「ああ、はい。一応知ってます」


 王都には王立の大学がある。何百年も歴史のある、由緒正しき学舎だ。

 昔は身分の高い男の人しか入れなかったらしいが、今は平民でも女性でも入学できる。ものすごく難しい入学試験に合格できれば。


「姫様も将来は大学に進まれるとか?」

 何の気なしに尋ねると、クリア姫はまた少し元気のない顔になってしまった。

「それは、わからない。私に必要かどうか……。王族でも大学に行くことはあるが、それは国政に関わる知識を身につけるためで……。私は女だし、年も下の方だし……」

 クリア姫は確か第9王女だっけ。普通に考えて、将来、国の仕事に関わる可能性は低いのかもしれないな。

 あるいは、王様の後継ぎ問題でゴタゴタしている間は、将来のこととか、決めたくても決められないとか?


 話をしているうちに庭園を抜けた。

 行く手をふさぐように現れたのは、大きな石造りの建物。

 窓がないところを見ると、倉庫か何かだろうか。殺風景な通用口があり、兵士が1人、番をしている。

「……どうも」

 私とクリア姫を見て、小さく頭を下げる。

 だるそうなまなざしと無精ひげ。どこかで見た顔だと思ったら、きのう城門の前に居た兵士だった。

「クロム殿」

 クリア姫が呼ぶ。そうそう、確かそんな名前だった。

「今日はここで仕事か?」

「ええ、まあ。同期の奴が急に腹痛起こしたんで、代わりにね」

 クロムと呼ばれた兵士は、お姫様相手にしてはぞんざいに受け答えた。

「あと、前にも言いましたけどね、姫君。クロム『殿』はやめてください。俺はそんな偉いさんじゃないんで」

「す、すまぬ」

 慌てて謝るクリア姫から、私の方へ。クロムの視線が、ゆっくりと移動する。


「…………」

 黙って私を見つめる、その目つき。やっぱりお城の兵士っぽくない。

 もっと遠慮なくいえば、カタギっぽくない。

 この世の暗い部分をのぞき見てきたような、疲れたような、倦んだような。こういう目をした人、実家のお客さんにもたまに居た気がする。

「おはようございます」

 私は会釈した。

「どうも」

 クロムはきのう城門前で会ったことを覚えていないのか、私の顔を見ても無反応だった。


 台車を通用口に入れる時、ちょっと手こずった。

 ほんの10センチくらいの段差なんだけど……、木箱が重くて……。

「ちょっと待ってくださいね、姫様」

 私が息を切らせて四苦八苦していたら、クロムが近づいてきて手を貸してくれた。

 片手でひょいと持ち上げようとして、「なんだこりゃ。やけに重いっすね」と眉をひそめる。

 それでもやはり男の人は違う。両手でえいやっと持ち上げると、台車は無事、扉の中に入った。

「ありがとうございます、助かりました」

 私はにっこり、愛想笑いを浮かべた。

「…………」

 クロムは返事をしなかった。露骨に不審そうな目で私と台車とを見比べている。

「図書館に返す本が入ってるんです。たくさんあるので、重たくて……」

 説明しても、返事がない。

 しかし、「ありがとう、助かったのだ」とクリア姫が言うと、クロムは思い直したように小さく首を振った。

「……いえ。お気をつけて」


 通用口の先には、廊下がのびていた。

 静かで、薄暗く、分厚い石の扉が等間隔に並んでいる。どの扉もかんぬきや南京錠で固く閉ざされていた。ずっと長いこと使われていないような感じだった。


 廊下の角を曲がったところで、クリア姫が口をひらいた。

「さっきの者は、近衛騎士なのだ」

「え!? うそ!?」

 つい大声を上げてしまい、慌てて自分の口を押さえる。

「すみません、でも本当ですか? 近衛騎士って言ったら、王族の警護が仕事っていうエリート中のエリートでしょ? こんな場所で見張りとかするものなんですか? あの人、きのう城門の前でも見ましたし」

 クリア姫は「よくわからぬが」と前置きしてから、もしかすると、何かの懲罰で番兵をやらされているのかもしれないと言った。

「あの者は、近衛騎士の中でも出自が変わっていて」

 戦地でクロサイト様の部下をやっていた縁で、一介の兵士から近衛騎士へと抜擢されたんだそうだ。

 つまり戦争で出世したわけか。それっぽく見えないのも道理だ。


 しばらく行くと、2本の廊下が十字路のように交差している場所に出た。

 クリア姫の案内で左に曲がる。

 さらに、進むことしばし。通ってきた廊下は行き止まりになり、代わりに壁のない渡り廊下が、お城の別棟に向かってのびている場所に出た。

「ここから図書館に行ける」

とクリア姫。

 渡り廊下には手すりも天井もなく、木の板を組み合わせただけの簡素な造りだった。

 幅は大人が2人、ようやく並んで歩けるくらい。私は慎重に台車の向きを変え、廊下に押し出した。ギギッと頼りなげな音がした。


 周囲には花や木が植えられている。少しずつ咲き始めたリラの花。こんもりした緑の葉は、多分アジサイだ。こちらはまだ花が咲いておらず、葉っぱの上をカタツムリが這っている。

 左手には小さな池もあり、濁った水面に水草が顔をのぞかせている。


 お城の中庭って感じだろうか。しかし、それにしては全く人が居ない。

 ガラガラと、台車を押す音だけが響き、やけに静かな場所だなと私は思った。

「やけに静かですね」

 思ったままを口にすると、「この辺りは、いつもあまり人が居ないのだ」とクリア姫が教えてくれた。

「さっき通ってきた建物も、今は使われていない。ひいおじい様の代には学者が大勢居て、何か研究していたらしいが……。先代国王の代に、みんな追い出されてしまったと聞いている」


 暗君の誉れ高い先代国王は、いわゆる独裁者であったらしい。

 つまり自分の決めたことが絶対で、逆らう者には容赦なかったってことだ。

 ほんのわずかな批判でも、それを口にする者は迷わず弾圧した。

 その対象は、王宮内の反対勢力に留まらず。

 民間の学者や研究者、それに礼拝堂の司祭様や、町の学校の先生とか、いわゆる「知識階級」の人たちも迫害を受けたらしい。ここに居た研究者たちもそうだったのだろうか。


「この渡り廊下を抜けたら、図書館はすぐそこなのだ。この先の廊下を曲がると、少し先に大きな扉があって――」

「姫様、ストップ」

 私は足を止め、前方を指差した。

「誰か居ますよ。この先に隠れてます」

 クリア姫が驚いた顔をする。


 私は別に気配を読むプロなどではないが、それでも明白だった。風の音にまぎれて、ひそめた笑い声が聞こえたのだ。

「そこに居るのはどなたですか?」

 私はクリア姫をかばうように前に出た。

「何か御用があるなら――」

 言い終わる前に、隠れていた「誰か」が姿を現した。


 1人ではなかった。

 ばらばらと、2人、3人、4人、……全部で6人。

 うち5人は男だった。

 いや「男の子」と呼ぶべきか。体格も顔立ちも、まだ子供っぽい少年たち。


 彼らを従え、私とクリア姫の前に現れたのは1人の少女。

 この状況で、このタイミングで出てきたんだから、まあ間違いないよね。

 思った通り、「ルチル姉様」とクリア姫が呼んだ。その横顔は、緊張で硬く強張っていた。

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