表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
46/410

45 夜の庭園1

 本を何冊か借りて、クリア姫の部屋を出た私。

 その後はパイラの所に戻り、夜、寝る前の仕事――かまどの火の落とし方や、戸締まりの仕方なんかを教えてもらった。

 時刻は午後9時を過ぎていた。寝るにはまだ少し早い時間だが、

「初日で疲れたでしょ。今日はもう休んで」

というお心遣いをいただき、休ませてもらうことになった。


 私に与えられた客間は、1階の奥にあった。

 ベッドとクローゼット、机と椅子が置いてあるだけの、一見すると質素な部屋だ。しかし家具やじゅうたん、窓にかけられているカーテンなんかはさりげなく上質なものである。

 1人になった私は、着替えもせず、ベッドに身を投げ出した。

「はあ……」

 深々と息を吐き出す。


 ――なんという濃い1日だったのか。


 カイヤ殿下と「魔女の憩い亭」で雇用契約を交わしたのは今日の午前中。あれから、まだ丸1日もたってないのに。

 何だか、はるか昔のことみたいな気がする。

「…………」

 目を閉じると、快い睡魔があっという間もなく私を飲み込み、眠りの世界へと連れて行って………………くれなかった。


 これは、あれだ。

 疲れているのに、眠れない。興奮と緊張で、かえって目が冴えてしまっているという現象だ。

 私はむくりと起き上がった。

 軽く外の空気を吸ってこよう。冷たい夜風と月明かりを浴びたら、すんなり眠りにつけそうな気がする。


 廊下に出ようとして、あれっと思った。

 ついさっきまで明かりがついていたのに、暗くなっている。

 真っ暗ではない。窓から差し込む月明かりが、廊下に白い光の線を描いている。

 パイラが明かりを消したのだろう。ってことは、彼女も早めに休んだのか。クリア姫も多分お休みのはずだし、音をたてないよう、気をつけて――。

 抜き足差し足、移動。

 ほどなく、玄関ホールに着いた。


 2階部分まで吹き抜けになった高い天井に、今は灯が入っていない小さめのシャンデリア。

 木目も美しい玄関ドアには、要所に螺鈿細工が施されている。

 置物とか花とか飾られていたり、花を入れているのは高価そうなつぼだったり。

 こういう空間があるところが、さすが偉い人の「お屋敷」だ。庶民の住宅には、普通、玄関ホールなんてないものね。


 広い場所では、足音が響きやすい。

 私はいっそう注意してホールを横切り、ドアに近づいた。

 鍵を外し、そっと押し開けようとした、刹那。

「エル・ジェイドか?」

 背後から声がした。

 すばやく振り向くと、さっきまで誰も居なかったはずの玄関ホールに、人型のシルエットがあった。

 声からして、カイヤ殿下だ。例の暑苦しい黒い外套のせいで、ほとんど暗闇に溶け込んでしまっている。

 この人って、家の中でもこの格好なんだよね。さすがに夕食の時は脱いでたけど、外套の下もやっぱり厚着だった。


「ちょ、脅かさないでください……」

「それはむしろ、こちらのセリフなのだが」

 殿下が言う。ひそめていても、よく通る声だった。

「随分と忍び足がうまいな。おかげで、曲者が忍び込んだのかと思った」

「あ、すみません。もしかして、起こしちゃいました?」


 夜中にうるさくしないようにと気を遣ったつもりだったが、考えてみれば、ここは普通の場所とは違う。夜中に忍び足で歩き回っている者が居たら、その方が眠りを妨げる場合だってあるだろう。


「いや、そもそも寝ていなかった。パイラに早く休めと言われて、そのつもりでいたのだが……つい、色々と考えることがあってな」

「……考えることがあっても、ちゃんと寝てください」

 また徹夜なんてことになったら、クリア姫が心配するでしょうに。

「そう言うおまえは、こんな時間に何をしている?」

「あ、はい。なんか目が冴えちゃって眠れそうにないので、外の空気を吸いに行こうかと……」

 殿下は「それなら、いい場所がある」と言って近づいてきた。


 ドアを開ける。途端に、冷たい夜気が私の顔に当たった。

 虫たちのささやき声と、どこか遠くから、フクロウの鳴く声。

 柔らかな月の光のもと、暗く寝静まった庭園は、さながら夜の森だった。そこがお城の中だなんて信じられない。

「こっちだ」

 殿下はお屋敷の壁に沿って歩いていく。


 小さな花壇の向こうに、背の低い山桜の木が1本植えられていて、その木陰に小さなベンチがあった。

「ここに座ってみろ。ちょうど今なら、いい角度で月が見える」

 言われた通りに腰掛けようとすると、「そのままでは服が汚れるかもしれんな」と、例の暑苦しい外套から厚手のハンカチを取り出し、ベンチに敷いてくれた。

「……ありがとうございます」

 恐縮しながら、腰を下ろす。


 普通の桜はとっくに散ってしまったが、山桜は今まさに満開の花をつけている時期だ。

 薄いピンクの雲のような花びらの向こうに、青白い月が輝いている。花と月光の織り成す夜の世界は、昼間とは別物の美しさだった。


「眠れない時はここに来る、とクリアが言っていた」

 少し離れて、私の隣に腰掛けるカイヤ殿下。

「この花はじき終わりだが、屋敷の周りにはいつも何かしら花が咲いているからな」

 季節ごとにベンチを移動させ、夜のお花見を楽しむのだそうだ。

「いいですね、そういうの。なんか、すっごく贅沢な感じがします」

「そうだな。この庭園の持ち主だった曾祖母殿も、そうやって楽しんでいたのかもしれない」

 殿下の曾祖母殿って、先々代国王の王妃様のことだよね。

 一般庶民の自分が、王妃様と同じ贅沢に浸っているわけか……。


 ぼんやりと景色に見入っていたら、「ところで」と殿下が口をひらいた。

「ここでの仕事はどうだ。クリアとはうまくやれそうか?」

 雇い主からの、お仕事に関する質問である。私はちょっと居住まいを正した。

「はい、だいじょうぶです。……だと、思います」

 まだ1日目だし、クリア姫ともそんなに話したわけじゃないが、

「なんて言うか、すごくしっかりしたお子様ですよね。受け答えもちゃんとしてるし、今日会ったばかりの私と、ちゃんと意思疎通をはかってくれるので……。こちらもやりやすいというか、助かりました」

 そうか、とうなずく殿下。

「クリアは他人と暮らすのに慣れているからな」

 それはつまり、小さな頃からずっと、メイドや使用人に囲まれていたから?

 とはいえ、至れり尽くせり、世話を焼かれるだけでは、使用人に気を遣うような子供にはなれないと思う。幼いクリア姫にも、色々と苦労があったのではないか。


「あの、昼間パイラさんから聞きました。クリア姫のこととか、王妃様のこととか、色々」

 そうか、と殿下は言った。

 さっきの「そうか」と声のトーンが変わっていない。そこに感情の色はなく、いつものように淡々としている。

「それで?」

「えーっと、それで……、『約束』って何ですか?」

「ん?」

「ほら、初めて会った日に言ってたじゃないですか。昔、妹との約束を破った、だからずっと怒ってる、みたいな……」

 そのせいで同居を拒まれている、とも言っていたはずだ。無理に連れ出したら、食事を断ってまで抵抗したって。

 しかし私には、クリア姫がどんな理由であれ、殿下のことを怒っているようになど見えなかった。何か誤解というか、行き違いがあるんじゃないだろうか?


「……ああ」

 殿下の声に、感情の色がついた。

 重く、陰鬱で――憂鬱そうな色。

「7年前の話だな」

 私は少しどきっとした。

 7年前といえば、私の父が突然失踪した、まさにその年である。……もちろん、今は関係ないけど。


 殿下はつぶやいたきり黙っている。何もない空中を見つめて、じっと動かない。

 昔のことを思い出しているのだろうか。

 それとも、よほど話しにくい事情でもあるのか。だとしたら申し訳ない気もするけど――。

「えと、くわしく聞かせていただいても構いませんか?」

 殿下いわく、姫様が「怒っている」という理由。誤解でもそうでなくても、まずは事情を知らなきゃ始まらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ