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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
44/410

43 対立の構図2

 騎士団長ラズワルドには、かつて妹が1人居た。

「王都のバラ」と称えられたほど華やかで美しい女性で、その美貌に惚れ込んだ国王陛下に側室として選ばれた。3人の側室たちの中では、最も寵愛を受けていたそうだ。

 子供も王子が2人と恵まれ、一時はどちらかが王位を継ぐものと思われていた。


 ……が、昼間パイラが話した通り。

 王子2人はいずれも早世。

 そして彼女自身も、王宮内で事故死した。


「事故死、ですか……」

「ああ。王宮の大階段から落ちた」

 私はこくんと息を飲んだ。

 なんだ、その、いかにも誰かの陰謀ですって感じのシチュエーション。

「それは、あれですか。王様の誕生日パーティーとか、もしくは結婚記念日か何かで、階段から落ちた女性は妊娠していて……?」

「?」

 殿下は何のことやらという顔をした。


「……兄様。エルは多分、そういう本をどこかで読んだことがあるのだと思う」

 クリア姫がそっと兄にささやく。

「ミステリー小説マニア?」

 パイラも小首をかしげて見せる。

「ああ、すみません。つい現実とごっちゃになって……」

「そうか」

 私のしょうもない横槍にもペースを乱されることなく、話を続けるカイヤ殿下。

「特別な日ではなかったし、身籠っていたわけでもないが。ラズワルドにしてみれば、一連の死が、王妃一派の陰謀のように思えたのだろうな」

 王妃一派って、そんな……病みがちで離宮に追いやられたままの王妃様に何ができると?

「昔風の騎士を絵に描いたような男だ。女、子供に手を出すような真似だけはすまい、と思っていたが」

 今回の件でわからなくなったな、と殿下は嘆息した。


「直接手を出されたわけじゃないですよ、私たち。ちょっとだけ、怖い思いはしましたけど」

 パイラが言う。クリア姫も小さくうなずいて、

「あの者たちは多分、私たちのことを脅かしに来ただけだと思う」

 大人の話をちゃんと理解している。このお姫様、やっぱり頭がいいんだなあ、と私は感心した。


 つまり、今日の騒ぎをまとめると。

 自分の親族とフローラ姫との縁談を邪魔された騎士団長が、その仕返し――というより、単なる嫌がらせで、クリア姫のことを「脅かしに来た」。


「あまり舐めたマネをすると、幼い末姫が傷つけられるかもしれないぞ」というパフォーマンスみたいなもの?

 ……なんとまあ。騎士団長なんて立派な肩書きの人が、正々堂々のせの字もない振る舞い。あきれて物も言えない。


「騎士団の人はみんな敵なんですか?」

 トップが敵ならそうなのかと思えば、「そう単純な話でもない」と殿下は否定した。

 騎士団に所属する者は、かつては貴族の子弟、それも名家の出身者に限られていた。

 今は違う。平民生まれの者、下級貴族出身者も多く居る。そして素性に関わらず、皆、さまざまな事情を抱えている。姻戚関係も複雑であるし、誰が誰の敵、と簡単に言い切れるものではない。

 同様に。

 カイヤ殿下の腹心・クロサイト様が副隊長を務める近衛騎士隊が、全て味方というわけでもない、とのこと。


 近衛騎士の仕事って、王族を守ることだよね。

 その人たちすら味方とは限らないって、こりゃ大変だわ。

 昼間からずっと、ややこしい話ばかり聞かされて、頭から煙が出そうになってきた。

「エル、だいじょうぶか?」

 軽くこめかみを揉みほぐしていたら、クリア姫に心配されてしまった。

「ああ、すみません。ちょっと、自分には理解しきれなくて、頭痛が……」


「敵、味方と単純に呼ぶことはできないが、それでも王宮内の勢力はおよそふたつに分けられる」

 カイヤ殿下が言った。ピアニストの指か、ってくらい長くてきれいな指をぴっと立てて、

「兄上か、フローラか。次の国王にどちらを推すか、だ」


 カイヤ殿下の兄上、第一王子のハウライト殿下に味方する派閥と、異母妹のフローラ姫を支持する派閥。

 それは宰相派と騎士団長派、と言い換えることもできるそうだ。

 どちらにもつかずに中立を保っている勢力も居るには居るが、その多くは日和見だ。勝ちそうな方につく、あるいは利益をもたらしてくれる方に味方するのだ。


「ははあ……なるほど」

 AかBかっていうなら、だいぶわかりやすいよね。カイヤ殿下とクリア姫は、もちろん兄上様の味方なんだろうし。

 せっかく納得しかけたのに、殿下が「日和見の代表格は、我が親父殿だろうな」なんて言うから、またややこしくなった。

「王様は、次の王様を誰にするか決める人じゃないんですか?」

「ないな」

 断言する殿下。

「あの男にそんな大鉈が振るえるくらいなら、最初から何も問題は起こっていない」


 状況を読み、潮目を読み。

 対立する勢力の間でうまく立ち回りながら、己の地位を保つ。

 ファーデン・クォーツはそうやって王になったし、王になった後も、同じ方法で自分の地位を守ってきた。


「言ってみれば、保身の天才のような男だ」

「…………」

 クリア姫が何か言いたそうにもじもじする。パイラが気を利かせて、

「殿下ってば。お父上のことそんな風に言ったら、姫様がかわいそうですよ」

「別に、非難したつもりはないが」

とカイヤ殿下。「誰でも、我が身は可愛いものだろう」


 や、それはそうかもしれないけど。

 昼間パイラに聞いた話が正しいなら、カイヤ殿下はお父上の「保身」のせいで、随分と犠牲を強いられてきた立場――ってことにならない?

 少なくとも、守ってはもらえなかったはずだよね。恨んでもいいくらいなんじゃないかと思う。

 なのに、当の殿下はけろっとしている。その横顔を見ると、「非難したつもりはない」という言葉も、案外本当らしく思えてくるから不思議だ。


 なんとなく微妙になった空気を慮ってか、「そろそろ片付けましょうか」とパイラが言った。

「エルさんも初日から色々あって疲れたでしょうし、姫様もお休みの支度をしないと」

 うむ、そうだなと席を立つクリア姫。

 信じられないことに、使ったお皿とかコップとか、自分で流しまで運んでいる。その途中で、ふと思い出したように兄殿下の方を振り向き、

「兄様、明日は何か御用はありますか? エルと一緒に図書館に行こうと思うのですが……」


 カイヤ殿下の返事は、「明日は人と会う約束がある」だった。

「施療院から書状が届いてな。兄上はどうしても時間がとれないというので、俺が代わりに行ってくる」

「……そうですか」

 クリア姫は明らかに残念そうな顔をした。


 施療院というのは、先々代の国王陛下が作った国立の診療所だ。

 病気やケガの治療が安価で、場合によっては無料で受けられるという、真にありがたい施設である。その設立は、偉大な先々代の功績のひとつに数えられている。

 ただ、近年は何かと問題も多いという噂だ。

 先の戦争に従軍した傷病兵の受け入れに場所と人手をとられてしまい、一般の患者まで手が回らなくなっている、とか。


 その施療院に、殿下が何をしに行くのかは知らないが、第一王子のハウライト殿下の代理っていうくらいだ。きっと大事な用なんだろう。

 クリア姫もそう思ったのか、あきらめたように自分の部屋に戻っていく。

 その後ろ姿を見ながら、私は考えていた。

 ワガママを言わない理性的なお姫様なのは、仕えるメイドとしては非常にありがたいことだ。

 でも、あんまり良い子過ぎるっていうのも、ちょっと心配になってきた。


 殿下の方は、これまた使った食器を片付けようとして、「私たちの仕事をとらないでください」とパイラに止められている。

「この程度、別に構わんだろう」

「いーえ、だめです。殿下は仮にも王族なんですよ? お城に居る間くらいは、ちゃんとけじめをつけてください」

 パイラさんって、殿下に対して、けっこう言いたいことを言うのね。


「エルさん、ちょっといい?」

「ああ、はい。何でしょうか?」

「ここの片付けは私がするから、エルさんは姫様の方、手伝ってあげてくれる?」

「手伝い?」

「そう。明日、図書館に行くなら、返す予定の本を整理しているはずだから」

 返す予定の本って、そんな整理するほどあるの? せいぜい2、3冊かと思いきや。

「あるのよ、すごくたくさん。いつも箱につめて、台車に乗せて運ぶの」

「…………」

 よろしくね、とパイラに背中を押されて、私はクリア姫の部屋へと向かった

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