42 対立の構図1
「夜までには戻る」と言っていたカイヤ殿下は、その言葉通りに帰ってきた。
ちょうど私とクリア姫とパイラの3人で、夕食を囲んでいるところで。
食卓には、ソーセージと季節の野菜の煮込み、お手製ピクルス、焼きたてのパンに手作りジャムと、素朴だが心のこもった料理が並んでいる。
作ったのはパイラだ。
「エルさんの料理の腕前はわかったから、ここに居る間は、私に仕事させてね」
と言うのでお任せした。
……もしかして、自分が作った料理を殿下に食べてもらいたかったのかな。
もうすぐ仕事を辞めてしまう彼女だ。その機会はもう、何度もないはずだし……。
「うまいな」
料理に口をつけた殿下は、しみじみ言った。
さては、また忙しくて昼食を抜いたな――と私は思ったが、クリア姫の手前、口には出さずにおく。
「おかわりもありますよ」
とパイラ。その視線は、殿下の横顔から離れない。
私は誰にも気づかれないよう、小さく首を振った。
彼女の恋愛事情について、自分は完全な部外者だ。ここは何も気づかないフリをしておこう。
「昼間の件だが」
食事が終わり、じゃあお茶を淹れましょうかというタイミングで、殿下が切り出した。
昼間の件とは言わずもがな、兵士らしき男たちがこの庭園を荒らしに来た件のことだろうけど。
「どうやら、意趣返しのつもりだったらしい」
「……意趣返し?」
って、仕返し? いきなり物騒な単語が出てきたものだ。
「先日、叔父上がフローラの縁談をひとつ潰した。今回の件は、おそらくその報復だ。首謀者はラズワルドで間違いない」
ええと、つまり? どういうこと?
私は昼間パイラに聞いた話を思い出した。
ラズワルドって……。確か、国王陛下の愛妾アクア・リマを養子にしたとかいう名門貴族。そのラズワルドが、仕返しのために今日の騒ぎを……。
「待ってください。殿下の叔父上様が、フローラ姫の縁談を?」
「潰した」
事もなげにうなずくカイヤ殿下。
その叔父上様って、この国の宰相なんだよね。目的のためには手段を選ばないって噂の。
フローラ姫はアクア・リマの娘で、あのルチル姫の姉でもある。
彼女に血筋の良い婿を迎えて、将来、その子供に国を継がせたいとか、そういう動きがあるって話を聞いた気がする。それを宰相に邪魔されて――。
「縁談の相手はラズワルドの縁続きだったからな。さすがに腹に据えかねたのだろう。もっとも、当人は否定していたが」
殿下が昼間の件を調べにお城に行くと、すぐに相手の方からおざなりな謝罪と説明があったんだそうだ。
「部下が命令を勘違いしただけだ、クリスタリア姫に危害を加えるつもりなど毛頭ない」と。
おざなりなだけでなく、いかにも言い訳くさい。
「それで、この後どうするんですか?」
私の質問に、「どうもしない」と殿下は答えた。
「証拠がないからな。仮にこちらが騒ぎ立てたとしても、適当に部下を処分して終わりにするだけだろう」
そんな真似をしても意味がないと、実にあっさりした口調で言ってのける。
それでも、騒ぐ人は騒ぐと思うけどね。意味なんかなくても、嫌がらせ程度にしかならなかったとしても。
殿下はそういうの、好きじゃないのかな。
まあねえ。命令された部下だって、好きでそんな仕事したわけじゃないだろうしねえ。
一方パイラは、殿下の答えにちょっと首をかしげた。
「あいかわらずお優しいですね、殿下。だけどそれじゃあ、相手の思うツボじゃありません? 妹姫様のお庭で騒ぎを起こされて、何のお咎めもなしに許してしまわれるんですか?」
おや、厳しいことを。
「許すわけではない」
と殿下は答えた。「貸しは貸しだ。いずれ返してもらう」
どうやって返してもらうのか、とは聞く気にならなかった。代わりに、違う質問をする。
「そのラズワルドってどんな人なんですか?」
兵士を使って幼い姫君の庭園を荒らすなんて、だいぶタチが悪いよね。真っ当な人間のすることとは思えない。
「ラズワルドはこの国の騎士団長だ。どんな人間かというなら……、そうだな」
カイヤ殿下は、私の問いに少し考えて、
「簡単にいえば、王妃の血につらなる者は全て敵、という男だ」
黙って話を聞いていたクリア姫の顔が曇った。
王妃の血につらなる者。
それはカイヤ殿下もクリア姫も、王妃様の妹姫を妻にしたという宰相も?




