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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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41 お姫様とお出かけ?

「ああ、エル殿も居たのだな」

 息せき切って走ってきたクリスタリア姫は、そこに私が居るのを見て、驚いたように足を止めた。

「エル、でいいですよ。姫様」

 使用人ですからね。エル殿、なんて呼ばれたらかえって困る。

「そ、そうか。……うむ、そうだな」

 クリスタリア姫は小さくうなずいて、「では、私のことはクリアと呼んでくれ」

「わかりました、クリア姫様」

 あらためて呼ぶと、クリア姫はちょっと赤くなった。

 はにかんだ顔が可愛い。実に可愛い。

 私がなごんでいると、ダンビュラが近づいてきた。「おい、そんな呼び方の話とかより、何か俺に用があったんじゃないのか、嬢ちゃん」

 ああそうだった、とダンビュラに向き直るクリア姫。

「さっき、城から荷物が届いたのだ。それを運んできた者に聞いたのだが……」


 このお屋敷には、午前と午後に1度ずつ、生活に必要な物資が届けられる。

 持ってくるのは、お城の下働きだ。

 パンや卵などの食料、その他の生活必需品。足りないものがあったら、彼らに言いつければ何でもそろえてくれる。


 で、その下働きが言うには、「明日、お城の姫様たちが、若い貴族たちを連れて遠乗りに出掛けなさる」。

 お城の姫様たちとは、現在、王宮に住んでいる王様の娘たち、という意味か。

 王様には娘が大勢居る。その全員がお城で暮らしているのかどうかは知らないが、例のルチル姫はお城暮らしのはずだ。


「つまり明日は、ルチル姉様も朝から居ない」

 だから、とクリア姫。賢そうな鳶色の瞳がきらきらしている。「だから私は、明日、お城の図書館に本を借りに行こうと思う」

「図書館、ですか?」

「うむ。王室図書館というのだ。私のひいおじいさまが作った」

 クリア姫のひいおじいさま、名君と謳われた先々代の国王陛下は、たいそうな本好きであらせられたのだそうだ。王族だけの専用図書館を建て、時間がある時は入り浸っていたらしい。

「血は争えないって言うが、嬢ちゃんもかなりの本好きなんだよ」

 ダンビュラは切妻屋根のお屋敷を目で指して、「この屋敷にある本なんて、とっくの昔に読んじまったもんな」

 大したもんだとほめられて、「そ、そのようなことはない……」と照れる姫様。


 ともかく明日は、図書館に行こうと。「前に借りた本も返さなければならないからな」とクリア姫。

 見るからにうきうきしているので、私は「良かったですね」と声をかけた。

 内心では、嫌な予感がしていた。


 何だかちょっと心配じゃない?

 実は使用人の話は嘘で、クリア姫をおびき寄せるためのルチル姫のワナだったりして。なんて、考えすぎか? ううむ。

 明日のお出かけを楽しみにしている姫様に、「ワナかもしれないから、やめましょう」とは言えない。とても言えない。

 ただ、気をつけておいた方がよさそうだ。何が起きても、慌てず対処できるように――。


「私もご一緒していいんですよね? 姫様」

 王族だけの専用図書館に、庶民の私が入ってもいいのか、念のため聞いてみると。

 クリア姫はさらに嬉しそうな顔をして、

「エルも本が好きか」

「大好きです」

 迷わず即答する。


 お城の図書館、それも王族だけの専用図書館なんて、普通の本屋さんよりはるかにすごい蔵書をそろえているはず。

 一般庶民の自分が目にできるなら、役得もいいところだ。初めて心の底から、この仕事を受けて良かったと思える。


「そうか。ならば、明日はエルの好きな本も借りてこよう」

「いいんですか!?」

 私は飛び上がりそうになった。

 クリア姫は「よいのだ」と言って、ちょっと寂しそうに付け加えた。「せっかくの王室図書館なのに、最近はあまり使う人が居ないのだ。父様はあまり本がお好きでないし……、ハウル兄様やカイヤ兄様はいつもお忙しい」

 第一王子のハウライト殿下のことを、クリア姫はハウル兄様と呼んでいるらしい。


「フローラは本よりドレスや宝石だろうし、ルチルの阿呆は勉強嫌いだ。でかい本棚がずらっと並ぶ図書館なんて、見ただけでめまいを起こすだろうしな」

 ダンビュラの発言に、私は吹き出してしまった。

 クリア姫は「そ、そのようなことを言っては、姉様に失礼だ……」と困惑顔。

「ともかく、明日は一緒に来てくれ。エルが読んでくれたら、あの図書館の本たちも喜ぶと思う」

 本が喜ぶって、これは本当に本好きの人間のセリフだなあ。


 約束して、去っていくクリア姫の背中を見送りながら。

 私は足もとのダンビュラに声をかけた。

「考えすぎかもしれないんですけど……」

 先程の懸念を口にすると、ダンビュラは「ありえるな」と驚きもせず、むしろ当然のような顔をした。

「ルチルのやりそうなこった。嬢ちゃんを城におびき寄せて、どっか邪魔の入らない所に閉じ込めてから、たっぷり痛めつけてやろうって魂胆なんじゃねえのか」

「怖いこと言わないでください」

 私はぶるっと背中を振るわせた。

 あのクリア姫がそんな目にあうところなんて見たくない。想像もしたくない。

「何とかしないと……」

「どうすんだ? 殿下に報告か?」

「報告はもちろんします、けど」

 それで殿下が一緒についてきてくれたら、何も心配はいらないだろう。

 とはいえ殿下は、いつもこのお屋敷に居るわけじゃない。いつも居るとは限らない人のことを、あまりアテにするのもどうかと思う。

 殿下が居ようと居まいと、クリア姫を守り、お世話する。それが私の仕事であるはずだ。

「ダンビュラさん、協力してくれます?」

 足もとの同僚に尋ねると、「俺は嬢ちゃんの護衛だからな」と実に頼もしい答えが返ってきた。

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