409 これからも
色々あって、戻るのがだいぶ遅くなってしまった。
私がカイヤ殿下とクリア姫、ダンビュラ(とその背に乗った子供たち)と共に孤児院の前庭に行くと、そこでは荷下ろしの作業がとっくに始まっていた。
自分ではけして手伝おうとせず、竜の前足に腰掛けて煙草をふかしているアイオラのそばで、黙々と働く男4人。
カルサとアルフレッド。
加えて、うちの父とゼオだった。
「あ、エル。手伝いに来たよ」
父がこちらに気づいて、嬉しそうに手を振ってくる。
「って、また来たの?」
ヤンの学費を稼ぐため、父はファイの研究の手伝いをしつつ、空いた時間にはこうして会いに来る。
数日に1度どころではない。ほとんど毎日のように。
「娘に会いたいのだろうよ」
とファイは言っていた。
「この王都には、おぬし以外に家族がおらんのだ。少しは構ってやれ」
とのことだけど。
前述のように、この孤児院は人手不足だから、手伝ってくれるのは助かる。
でも、ハキム院長は真面目な人だ。友人とはいえ、無償で働かせるのを良しとはしないだろう。この状態が続くようだと、いずれ父に給与を支払おうとするかもしれない。
それではかえって迷惑だと指摘しようとしたら、先にカイヤ殿下が「父上も来ていたのか」とつぶやいた。
「その呼び方はどうかな?」
父が首をひねる。一見、人当たりの良い笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「……失礼。エル・ジェイドの父上という意味だ」
「うん。細かいことだけど、気をつけてね? 言葉は大事だから」
娘としてはそんなことより、王族の殿下にタメ口をきくのをやめてほしいのだが。
父は本来、腰が低い人だ。殿下に対しても、「王都に来てからとてもお世話になった人」と紹介した時にはぺこぺこしていたのに、いつのまにか態度が変わってしまった。正確に言えば、「殿下が私に告白した」という話を聞いてから変わってしまった。
「なんで、王族がこんな場所に居るんだよ」
父よりもっと露骨なのがゼオだ。同じく告白の件を知ってから、不審者でも見るような目を殿下に向けるようになった。
「なあ、もっとはっきり言ってやった方がいいんじゃねえか? 娘に近づくな、とか警告しなくていいのかよ?」
責めるように言われた父は、しかしなぜか穏やかな笑みを浮かべて、
「君は勘違いしているみたいだけど――父親には、娘の恋路に口出しする権利なんていっさいないんだよ」
「そうか?」
ゼオは明らかに反論したそうな様子だったが、
「うん。お義父さんに教えてもらった」
と父が言うと、その顔から怒気が消えた。
「…………。そうなのか」
「うん。ただ見守るだけ。娘を泣かす奴が居たら地獄に送るだけだって」
「…………」
父は祖父から見れば娘婿で、実際に娘を泣かせたこともある。
地獄送りにされかけた男の言葉に何も言えなくなかったのか、黙り込むゼオに背を向けて、父は再びカイヤ殿下に目を向けた。
「そういうわけだから、よろしくね?」
殿下はすごい勢いで何度もうなずいた。
「わかった。肝に銘じる」
話に聞き耳を立てていたらしい。殿下の後ろで、なぜかカルサまでこくこくうなずいている。
何やら妙な空気にいたたまれなくなった私は、その場を離れて働くことにした。
力仕事は無理でも、検品作業とかなら手伝えるし。
ちょうど竜の背から下ろされた木箱の山の前で、セドニスが物資の数と中身をチェックしていたので、あいさつがてら歩み寄る。
「セドニスさん、来てたんですね」
「どうも、エル・ジェイドさん」
セドニスも小さく頭を下げた後で、「最初から居ましたよ。オーナーと共に、竜の背に乗ってきました」
「そうでしたっけ?」
さっき、竜が下りてきた時には居なかった気がするけど……。
「自分は乗り物酔いするタチでして。竜の着陸直後は、吐き気をこらえてうずくまっていました」
……そうなんだ、意外な弱点。
この竜って、私もその背に乗って飛んだことがあるんだけど。
乗客は「竜を呼ぶ笛」の結界の力で守られるから、揺れも感じないし、すごく快適なんだよね。
どのくらい快適かと言ったら、空の上でピクニックができるくらいだ。
まあ、乗り物酔いって、揺れだけが原因とは限らないっていうしね。
「えと、ご苦労様です……」
無理をして来てくれたことを労うと、セドニスは作業を続けながら淡々と回答した。
「必要なことですから、仕方ありません。オーナー1人に任せておくと、たまに納品した物資のケタがひとつ増えることがあるので」
「……怖いですよね、うっかりミスって」
「自分が損をするような間違いは絶対にしませんので、ミスではないでしょう」
「…………」
アイオラは戦後、傭兵を辞めて起業し、わずか4年で王都の一等地に店を持つまでになった人だ。
当然やり手の商人なんだと思っていたが、それはセドニスをはじめとした、有能な職員たちのフォローがあってこそなのだろう。
彼らが居なければ、とっくの昔に牢屋に入っていたかも――。
遠い目をして考えていたら、セドニスが声をかけてきた。
「時に、新しい仕事には慣れましたか」
「あ、はい」
「雇用主との間に、何かトラブル等は起きていませんか?」
そう言って顔を上げたセドニスの視線の先では、いつのまにか孤児院に帰ってきたらしいハキム院長が黙々と働いていた。
熱を出した子供はどうなったのかな。後で確認しなきゃと思いつつ、
「ええ、大丈夫ですよ。すごく良くしてもらっています」
と私は答えた。
口数があまりに少ないので、コミュニケーションに困ることはある。
でも、ハキム院長は良い人だ。父が言った通り、優しくて責任感の強い人だ。
子供たちのこともすごく大切にしている。まだ短い付き合いではあるけれど、この先も彼のもとで働くことに不安は感じていない。
「そうですか。それは何よりです」
と言って、セドニスは孤児院の前庭をぐるりと見回した。
あちらでは伝説の竜がのんびりと羽をのばし、子供たちがその背に群がって遊んでいる。
こちらでは荷下ろしの途中だったはずの父が作業を中断して、別の子供たちと楽しそうに話していた。
……あれは護身術の指導をしてるのかな。子供とか苦手そうなゼオも引っ張り込んで、立ち回りのコツを教えているようだ。
他にも、しゃべる虎の毛皮を引っ張って遊んでいる子が居たり、その傍らでは、王族のクリア姫が自作の焼き菓子を振る舞っていたり……。
「良い場所ですね」
とセドニスはまとめてしまったが、わりとカオスな状況ではあるまいか。
多方面から普通ではない影響を受けている子供たち。その将来が少し、いやかなり心配である。
「それは、あなたもでは?」
って、どういう意味ですか。私はごく普通の人間、ただの新人職員ですよ?
「あなた自身が普通であるかどうかは置くとして。普通とは言いがたい人物に出会いやすい、もしくは普通の範疇を超えた出来事に巻き込まれやすい、というのはさすがにもう自覚していらっしゃいますよね?」
「…………」
「そうした性質というのは、働く場所を変えた程度では変わりませんので。気をつけた方がいいと思いますよ。あなたが平穏な暮らしを望むのであれば」
「…………」
「今後も、何かトラブルがあればご相談ください。当店はいつでもお待ちしています」
真顔で忠告された上、最後は店の営業までされてしまった。
まあ、確かに。
このカオスな状況を見れば、彼に言われるまでもなく。
たとえお城のメイドを辞めたからって、すぐに平穏な暮らしに戻れるとは私も思っていない。
王族とか貴族とか騎士とか、金貸しとか元暗殺者とか。……いろんな人たちと縁ができてしまったし。
庶民の私がお城で働くなんて、夢みたいな時間はきっと2度と来ない。王宮に足を踏み入れることだって、多分もうない、だろうけど。
普通とは言いがたい私の王都ライフは、これからも続いていく予感がした。
「魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~」 完
本作はこれにて完結です。
全410エピソード、文字数にして120万と少し。何度も長い中断を挟んでしまったにも関わらず、この作品をここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
「父を探して王都にやってきた新米メイドの物語」としてはこれで完結ですが、主に主人公の恋愛関係ですとか、決着がついていないこともありますし。作者が考えなしに伏線を張りまくったせいで、きちんと説明し切れていないことも多々あります。
そうした本編からこぼれてしまった部分については、いずれ番外編のような形で投稿できたらと考えています。多分まだ先の話になってしまうと思うのですが、その時はまたお目通しいただけると幸いです。
あらためまして、エルの長い物語にお付き合いくださり、ありがとうございました。
ブクマや評価、リアクション機能等の反応も嬉しかったです。
また、本作にレビューを書いてくださったユーザ様方には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。