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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
終章 新米メイドのそれから
402/410

401 街角の出会い1

 その日、私は秋物のコートに身を包み、王都の街角に立っていた。

 傍らには父が居た。足かけ7年の時を越えて再会した父、シム・ジェイドが、怖いくらい緊張した顔で立っていた。


 あの「魔女の塔」の事件が解決してから、およそ2週間後。

 私と父は、故郷アンバー村へと向かう乗合馬車の到着を待っているところだった。


 ちなみに、私は見送りだ。村に帰るのは父だけである。

 本当は一緒に行くつもりだった。父が目覚めた経緯について説明する必要があったし、急に父だけ帰ったら驚かせてしまうだろうから。


 何しろ7年振りの帰郷だ。しかも魔女の願い事とかその代償とか、色々とややこしい事情が絡んでいる。

 まずは手紙を書いて、事情を説明して。

 父と一緒に帰るつもりであることを家族に伝えたのだが……。


 程なくして届いた返信には、祖父の字で「許さん」と書いてあった。

 7年前、家族に何の相談もなく勝手なことをした父はもちろん、家出同然に王都に出て来てしまった私のことも怒っているらしく、「今さら戻って来ても敷居はまたがせない」とか「顔を見せたらはっ倒す」とか物騒なことが書いてあった。


 さて、どうしようと私は悩んだ。


 前に祖父とケンカした時は怒鳴り合いの末につかみ合いになって、最後は見物人が集まるほどの騒ぎに発展した。

 今回はもっとひどいことになるかもしれない。うちの店が倒壊、あるいは炎上するとか。そんなことになったらさすがに迷惑だし、店を始めたご先祖様にも申し訳ない。


 村長さんに手紙を書いて、仲裁を頼もうか。あるいは祖父と仲の良い司祭様に――と悩んでいたら、父が言い出したのだ。


「私1人で行くよ。お義父さんにもちゃんと説明して、おまえは何も悪くないってわかってもらうから」


 私は反対した。

 いくら怒っているとは言っても、祖父は孫娘である私に本気で危害を加えるようなことはしない。

 だけど、父が1人で帰ったりした日には。

 わりと普通に、ボコボコにされそうな気がする。最悪、半殺しかも。いや、絞め殺されて裏庭に埋められるかもしれない。


「覚悟してるよ」

と父は言った。実際は少し、いやかなり脅えているようではあったが、

「これ以上、逃げ続けるわけにはいかないから」

という理由で、1人で帰ることを決めてしまった。


「……本当に行くのか?」

 そう父に尋ねたのは私ではなく、心配して見送りに来てくれたゼオである。

「今頃のこのこ帰ったら、あの爺さんに殺されるんじゃねえか?」

 彼も私と同じことを案じているようだ。そして父の答えも同じ、「覚悟してるよ」だった。


「お義父さんには何をされても仕方ない。絞め殺されても、ボコボコにされても、裏庭に埋められても……」


 でも、と父は続けた。その体がかすかに震えている。


「本当はお義父さんより、マナの方が怖い……」

 マナというのは、うちの母の名である。

「あのヨメ、そんなにおっかなかったか?」

と、ゼオが疑問に思うのも無理はない。うちの母は基本おっとりした人で、滅多に怒ることもないから。

 だけど、そういう人ほどキレると怖い、というのは往々にしてありがちな話だと思う。


 実を言うと、実家からの手紙は2通届いていて、1通が祖父から、もう1通が母からだった。

 後者は父宛てだったので、私は内容を知らない。ただ、手紙を読んだ父は顔面蒼白になっていたから、かなり厳しいことが書いてあったのは間違いないと思う。


「もしも、お母さんに許してもらえなかったら――」

 その時はどうする気かと、私は父に尋ねた。

 今さら行商の仕事に戻れるわけがないし、7年も眠り続けていた父には、我が家の他に帰る場所などないはずだ。


 父の答えは、「許してもらえるまで償うよ」だった。


「すぐに家に入れてもらえるとは思ってない。……あの家にはもう、私の居場所なんてないかもしれないし」

 んなことねえだろ、とゼオが励ます。それから急に自信のなさそうな顔をして、「……ないよな?」と私に聞いてきた。


 正直、何とも言えない。

 祖母は厳しくはあっても慈悲深い面もあるから、時間をかければ許しはもらえるかもしれない。そうなれば今は怒り狂っている祖父のことも、うまくなだめてくれる可能性はあるだろう。

 母はものすごく怒っているようだけど、父のことは今でも間違いなく好きだと思う。


「問題はむしろ、弟と妹かもしれません」

「……何だ。自分たちを置いて行った親父のことが許せないってか?」

「いえ、許せないというより――」

 父が失踪した7年前、弟は7歳。妹はわずか3歳である。


「正直、あまり父親という存在を必要としていないというか……。妹に到っては覚えてすらいないというか……」

「うっ」

 父が膝をついた。両手で胸を押さえ、心臓発作でも起こしたような苦悶の表情を浮かべて、

「どうしよう……。『このおじさん、誰?』とか娘に言われたら……」


 父には気の毒だが、ありえなくもない展開だと思う。

 うちの妹はわりとドライな性格で、7年前の当時ですら、行商で家を空けがちな父親への関心は薄かった。

「パパ、お帰りなさい!」ではなく「パパ、いらっしゃい!」と出迎えるパターンだ。家族じゃなくて客扱い、しかも愛想が良いのは、父がおみやげを手渡すまでだったし。


「やっぱり、帰るのやめようかな……」

 そんな簡単に気持ちが折れないでほしい。私が叱咤しようと口をひらきかけた時、急に父が立ち上がった。

らちが明かんな」

とあきれたようにつぶやいて――これは父じゃない。色々あって父の体に同居している、先代国王の魂の方だ。


「おぬしが帰らぬというのなら、こちらの用事を先に済まさせてもらうぞ。我も暇ではないのだ。30年前に途切れたままの研究を、何としてでも完成させねばならんのだからな」


 えらく勝手なことを、当然のように主張するんじゃない。

 文句を言おうとしたら、ファイは急に肩を落とし、

「ごめん。何の関係もない君を、こんなことに付き合わせて……」

 ……違った。これは父の方だ。同じ人間の体に2つの人格が宿っているというのは、いまだ慣れないし、不便極まりない。


「この野郎に謝る必要なんざ、ひとっつもねえだろうがよ」

 父の謝罪を聞いたゼオは、限界まで顔をしかめて、吐き捨てるように言った。

「こいつの方が居候いそうろうなんだからな。勝手に体に居座って、1度は持ち逃げしようとまでしやがったくせに」


 彼の言う通り、父の体の所有権は間違いなく父にあると思う。

 ファイにはできる限りおとなしくしていてほしい――いや、本音を言えば早く出ていってほしい。

 父は願いの代償として魂を失ってしまったので、ファイの魂が体から出て行ったら、再び眠りにつくことになる、という話だったけど。

 それはファイ自身がそう言ったのだ。さすがに、鵜呑みにするわけにはいかない。

 だから私はあの事件の後、さまざまな人にこの問題について相談してみたのだが……。

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