400 竜と孤児院
晴れた秋空に、黒い影が浮かんでいる。
ほんの数呼吸の間に、それは見る見る大きさを増していき、やがて肉眼でもその姿が判別できるほどになった。
竜だ。
体長10メートル超、金の瞳と漆黒のウロコを持つ竜である。
バサリ、バサリ。
漆黒の翼が、風を巻き起こす。
ゆっくりと高度を下げて行き、やがてその巨体が着地する。
見守っていた人々から、わっと歓声が上がった。
人々――いや正確には子供たち、と呼ぶべきか。
年齢はばらばら。5歳未満の幼児から、10代前半の少年少女まで。
全部で20数名の子供らが、きゃあきゃあと歓声を上げながら竜の足元に群がっていく。
巨大な鉤爪を引っ張ってみたり、しっぽに上ったり。竜はまるで動じなかったが、その背中から下り立った人物は違った。
「ガキども、気安くさわるんじゃないよ! 踏みつぶされて死にたいのかい!」
こぶしを振り上げて怒鳴っているのは、竜の乗り手であり、自称・王都一の傭兵であり、「魔女の憩い亭」のオーナーでもあるアイオラだった。
「あ、こら! 汚い靴で上るんじゃないよ! 大事な商売道具が汚れたらどうしてくれるんだい!」
竜にまとわりつく子供たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。荷物みたいに放り投げ始めたので、私はたまらず止めに入った。
「アイオラさん、落ち着いてください」
ぎろりと鋭い目が見下ろしてくる。
「何が落ち着けだい。それより、このガキどもを何とかしな。仕事になりゃしないよ」
アイオラの仕事というのは物資の運搬である。
戦災孤児たちへの支援――金貸しのヴィル・アゲートが、例のクンツァイトから引き継いだ事業の一環として、この子供たちに支援物資を届けに来たのだ。
竜の背中には、食料品や衣類、本や勉強道具などが山積みになっている。
これから検品と荷下ろしをしなければならないのだが、私1人では手が足りない。
いつもは聞き分けのいい子供たちも、伝説の生き物を前にしてテンションMAXだし。ちょっとなだめた程度では、おとなしくしてくれそうにない。
「少し待ってください。今、院長を呼んできますから」
「早くしなよ! 5分以内に戻ってこなかったら、うるさいガキから順に竜のエサにしちまうからね!」
物騒なことをわめき散らすアイオラに背を向けて、私はスカートのすそを翻して走った。
ここは王都郊外にある孤児院。
院長の名はハキム・クンツァイト。
かつて最高司祭を務めたクンツァイトが、慈善事業を隠れ蓑として身寄りのない孤児たちを暗殺者に仕立て上げようとした場所。
今現在、私はここで職員として働いている。
メイドの仕事は辞めたのかとか、父のことは、ファイのことは、ついでに殿下に告られた件はどうなったのかとか。
色々聞きたいことはあると思うが、順に説明するので待ってほしい。
事の始まりは、今からおよそ1ヵ月前――。




