03 いつか血の雨が降る王都?
王国を治める「クォーツ家」は、千年もの歴史を持つ、大陸で最も古く尊い血筋の一族である。
千年もの長きに渡り、貴族の家々を巻き込んで血みどろの継承争いを繰り広げてきた、王国の民にとってハタ迷惑極まりない一族、と呼ぶこともできる。
現・国王陛下の名前はファーデン・クォーツ。
分家筋の生まれで、普通だったら王位につけるはずもなかったらしいが、数十年前に起きた「血の政変」で王族が大勢殺されて、ライバルが減って。
その後、さまざまな工作と裏工作の果てに、王妃様を――王国史上・まれに見る名君と謳われた先々代国王の孫姫をゲットしたおかげで、今の地位にあるのだという。
この王様、暗君だった先代国王に比べれば、人柄はまあまあ、政治的手腕もそう悪くなかった。
悪かったのは女癖だ。
王妃様以外にも側室が3人。……それくらいでやめておけば、多分さほど問題も起きなかっただろうに、とにかく女性が、それも美しい女性が好きで。
王宮のメイドに手を出す、なんて可愛い方。
お忍びで出掛けた町で、酒場女に入れあげる、なんていうのもご愛嬌。
名のある貴族の、それも婚約者の居る女性に手を出したり、人妻を奪ったり。
ちなみに、人妻の夫はれっきとした騎士だった。冗談ではなく、刃傷沙汰に発展したケースであるそうな。
その王様も、既にいい年である。そろそろ後継者を決めようなんて話も出てくる頃だ。
しかしながら、前述の女好きが祟って、子供の数は半端なく多い。
母親がバラバラなこの子供たちには、それぞれのバックに、権力を狙う諸勢力がひしめいている。その諸勢力が互いに牽制し合い、足を引っ張り合い、時には刃傷沙汰に及び。……ドロドロを通り越して、もはやカオス。
一応、王妃様の息子で、第一王子のハウライト殿下が次の王様候補筆頭。
……というより、他は本来ありえないはずだった。
そもそも今の王様が王様になれたのは、血筋で言うならよほど正統な王妃様の子供を、将来的に王位につけるという約束があったからなのだ。あくまで、つなぎ役の王様だったのである。
が、そんな昔の約束知らないよ、という意見も城内にはあるそうで。
ハウライト殿下が、誰もが認める国王の器であれば話は違ったのかもしれない。
父親と違って女遊びもしない、真面目で誠実なこの王子は、反面、無難すぎておもしろみのない人物、という評価を受けていた。
戦争が終わったとはいえ、内外の情勢はいまだ不安定。
無難な優等生王子に国を任せていいのか、という声は小さくない。
結果として、条件だけ見ればこの上なく正当なこの王子は、後継者としては決め手に欠けると思われてしまっている。
王様と王妃様の間にはもう1人、王子が居る。
第二王子のカイヤ殿下は、兄とは正反対の人物だった。……いい意味でも、悪い意味でも。
まず、先の戦争で国を救った英雄、らしい。
王国の存亡がかかった戦いで自ら先頭に立って兵を導き、劣勢から勝利をおさめたのはまだ10代の頃。
容姿端麗、頭脳明晰。加えて革新的。古い慣習にとらわれず、民間からも積極的に人材を登用し、王都の改革を後押しした。
ここまでなら理想の指導者のようだが……この王子様には、型破り、ではすまない噂が多数つきまとう。
王宮の庭で白昼、酒宴を催したとか。
父王の情事の場に乗り込んで、相手の女性を斬り捨てたとか。
さる貴族の宴に招かれたものの、何が気に入らなかったのか、招待主から宴の客まで全員お縄にして監獄にぶち込んだとか。
王都の郊外にケバケバの御殿を建てて、キレイどころをそろえ――それも美女ばかりでなく、美青年や美少年、果てはむさいひげの親父までを集めて、贅沢な暮らしをしている、とか。
中には、人肉を好んで食べているとか、ワイン代わりに若い女性の血を飲んでいる、なんて猟奇的なものまである。
あくまで噂。真実はわからない。
ただ、そんな噂があること自体が問題なのだろう。一部の臣下・国民には熱狂的な支持を受けつつも、一方では、王子の正気を疑う声もあるそうで。
結局は、こちらも後継者として難がある。
それでもいずれ、次の王様を決めなければならない時が来る。そしてそれは、そう遠い未来の話ではない。
その時、どれほどの血が王都で流れるか。下手をすれば内戦にもなりかねない状況に、王都の民は、不安を抱えながら日々を過ごしている――らしい。
「どうしても貴族に雇われたいのなら」
聞こえた声に、私は目の前の現実に引き戻された。
「まずは王都で働いた実績を作るべきだと思います」
1年か、数年か、真面目に働いて、信用と評価を得ることができれば、もっといい働き口を紹介できるかもしれない。回り道にはなるが、それが最も堅実ではないか――という職員の言葉に、私も内心もっともだと思った。急がば回れ、だ。
「それでよろしければ、ご紹介できる先もありますが」
とどめの一言に、わかりました、お願いします、とうなずきかけた時。
背後から声がした。
「どうしても貴族に雇われたいのか」
落ち着いた、涼しげな声だった。
それは、生まれながらの支配者だけが持つ極上の音色である――と、若干マゾっけのある宮廷楽士が言ったとか言わないとかいう美声が、私の鼓膜を揺らした。