398 魔女の休日1
王都から街道を東へ、馬車で数日の距離に、アンバーという村がある。
集落としては小規模だが、王都に出入りする旅人や商人がよく出入りするため、それなりに賑わいのある村だ。
7年前から、「彼女」はこの村を頻繁に訪れるようになった。
その目的は商売でも観光でもない。とある人物のことを見張るためだった。
いや、「見守る」と言った方が正しいだろうか。
この7年、彼女はずっとその人物のことを見続けてきた。
相手には気づかれないように姿を隠し、気配を隠し、「約束」が果たされるその時を待ち続けていた。
気が遠くなるほどの歳月を生きてきた彼女にとって、それは一瞬と呼んでもいいような、ごく短い時間だったはずだ。
しかし、今。
彼女の胸にあるのは「長かった」という思い。厄介な仕事を終え、重荷を下ろしたような疲労感とも達成感ともつかぬもの。
それらを抱えたまま、ぶらぶらと1人、村の中を歩く。
村人が通り過ぎていく。
若者、年寄り、親子連れ。……誰も彼女に目を留めることはない。
いや、たった今すれ違った幼子が少しおかしな顔をしただろうか。
子供には姿消しの魔法が効かぬこともある。
魔法とは常世の力。この世ならざる力だ。
ゆえに、この世に生まれて日が浅い子供は、まだ魔法を「視る」力を持っていることもあるのだが。
その力も10歳を過ぎる頃には失われる。例外は生まれつきの魔法使いと、何かの弾みで「あちらの世界」に片足を突っ込んだ者だけだ。
「おや、魔女様」
声がした。
彼女を呼ぶ声。穏やかな男の、老人の声が。
視線を上げると、1人の司祭がそこに立っていた。ちょうど礼拝堂の前の道を掃除していたところらしく、その手に竹製のホウキを持っている。
この司祭は魔法を「視る」ことができる。聖職者だからではない。まだ少年の頃、熱病で命を落としかけたことがあり、以来、人ならざる者の気配に敏感になったのだと本人は話していた。
「ようこそ、いらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」
聖職者らしい、穏やかな微笑を浮かべて言葉をかけてくる司祭に、魔女はほほえみを返すこともなく淡々と告げた。
「終わったよ」
「……終わった?」
司祭が繰り返す。
魔女は司祭の顔から目をそらし、頭上に広がる青空に顔を向けた。
澄みきった秋の空気を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。胸の内の思いも同時に吐き出すように、長く、長く。
「終わった。娘は父親を見出し、父親は娘のもとに戻った。ひとつの願いが生んだ歪みは正されたのだ。これでようやく私の仕事も終わる。――7年は瞬きひとつ。されど、その瞬きは重く、長かった」