表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
395/410

394 断罪2

「起きろ、親父殿」


 呼ばれて、目を開ける。

 長い追憶から覚めると、そこにはリシアそっくりの息子が――カイヤが居た。

 ファーデンは池のほとりでベンチに座っていて、息子は目の前に立っている。奇しくも、あの時とは逆の形だ。


「探したぞ。こんな所で何をしていた?」


 ああ、本当にそっくりだなあと思う。

 髪の色、瞳の色、顔かたち。何もかもリシアに生き写しだ。


「……何の用?」


 非難めいた声音で「探した」とか言われても、こっちは探される理由そのものがわからない――という表情を取りつくろって見せれば、カイヤは「とぼけるな」とさえ言わずに、ズバリ本題を告げた。


「祖母殿が白状したぞ」

「…………」

「魔女の七つ道具は、親父殿から手に入れたと。魔法の鏡、うつし身のローブ、傀儡くぐつの糸巻きの3種。ルチルの時は杖だけだったものを、また随分と大盤振る舞いをしたものだな」


 ちょっと待って、とファーデンは声を上げた。


「話が見えないんだけど。そもそも、うちのおふくろさまって行方不明じゃなかった?」


 カイヤは「そこからか」と面倒くさそうな顔をした。


「祖母殿は『封印の剣』に捕らわれていた。例の儀式で俺の命を狙った、『姿なき魔女』の正体が祖母殿だった。魔法で姿を消していた上に、なぜか若返っていたせいで特定には手こずったが」


 早口で事実を告げる。しかし情報量が多すぎて、頭がついていかない。


「えーと、それって本当にうちのおふくろさま?」


 姿が見えないとか、若返っていたとか。そんな相手の正体が特定できるものなのだろうか。


「間違いない。封印の剣から出てきた女を、魔法の道具を取り上げた状態でしばらく監禁したところ、数日もたたないうちに元の姿に戻った」

「……あ、そう……」

「こちらの尋問にも素直に応じていたぞ。長年自分に仕えたメイドの最期を聞いて、心が折れた様子だった」

「そっかぁ……」

「で、祖母殿が言うには、魔女の七つ道具は親父殿から手に入れたと」


 話が戻ってきた。カイヤの険しいまなざしから察するに、ファーデンこそが一連の事件の黒幕だと言いたいのだろう。

 まあ、正解なのだが……。すぐに認めてしまうのもつまらないので、ファーデンはもう少しとぼけて見せることにした。


「えっと、それを信じるの?」

 声に戸惑いを乗せて聞き返す。

「うちのおふくろさまは年だし、メンタルの方もだいぶヤバかったし」

 根拠不明の妄想を垂れ流してもおかしくない。そんなあやふやな証言だけで、罪に問われてはたまったものではない。


「俺が忘れたとでも思っているのか?」

「……何を」

「幼い頃、親父殿に連れ出された時のことだ。あの時、俺に与えようとしたのも魔女の七つ道具だったな」

「あー、あれか」


 あの時、カイヤは魔女のホウキを選んで空を飛び、高所から落ちてうっかり死にかけた。

 ほほえましい、とは全く言えない父子の思い出話である。


「ルチルにも同じことをしたのだろう? クリアへの逆恨みを抱えたまま、アクアに監視されて身動きができなかったルチルに、親切にもストレス発散の手段を与えてやったわけだ」


 いやいや待って、とファーデンは止めた。


 宝物庫は厳重に見張られている。

 鍵を管理しているのは確かにファーデンだが、だからといって、誰の目にもとまらず出入りができるわけではない。


「あの火事があった日のことを思い出してみてよ。私の行動に何かおかしなところがあった?」


 最愛の妹が命の危険にさらされた大火災だ。当然くわしく調べたのだろう。


「見張りの誰かが、私の姿を見たとでも言ったのかな?」


 ファーデンの弁明を、カイヤはどこまでも冷たく切って捨てた。


「杖が持ち出されたのが、あの火事の日だったかどうかなどわからない」

「…………」

「火事の翌朝、宝物庫の扉が開いたままになっていた。中を確かめてみれば、秘宝のひとつがなくなっていた。……事実はそれだけだ。実際にいつ、白い魔女の杖が持ち出されたのかを知っているのは、宝物庫の中に立ち入る権利を持っていた人間。つまり親父殿だけだ」

「…………」

「実際は事件より前に――何ヶ月も前にひそかに持ち出されていたのかもしれない。それを確かめる手段は、俺にはない」


 だったら、とファーデンは薄く笑みを浮かべた。


「証拠はないってことだよね? 死にかけのおふくろさまの証言だけじゃ、おまえは私を断罪できない」


 そうだな、とカイヤもあっさり認めた。


「だが、真っ当な手段では『できない』からと言って、俺がそれを『やらない』理由にはならない。いいかげん、親父殿の暇つぶしに付き合わされるのはうんざりだ。自ら身を引く気がないのなら、力づくでも引導を渡させてもらう」


 それはつまり、自分を玉座から引きずり下ろす、という宣言なのだろう。

 ……首をとる、という意味ではないはずだ。

 この子は基本、流血を嫌う。悪党が自業自得で命を落とす、といった結果にはあまり頓着しないが、主体的に他者の命を奪う行為には強い抵抗を示す。

 たとえ天敵のような父親が相手でも、そこは例外ではないはずだが――。


「暇つぶし、かあ」


 カイヤは言った。かつてこの場所で、ファーデン自身がそう言ったように。


「それ、おまえに話したことあったっけ? リシアに聞いた?」

「いいや、親父殿自身の口から聞いたぞ。7年前、兄上が無実の罪で幽閉された時に」

「あー、そっか。おまえが私に、ハウルのこと助けてくれって頼みに来た時ね」

「そうだ。今思えば、全く以て無駄の極みだったな」


 あの頃、この子はまだ子供で、親に対して多少の期待は持っていたから。


 いや、期待というほどではないか。多分、「だめで元々」くらいのものだ。

 生まれてからろくに交流もなかったため父親の本性を知らず、おそらくはワラにもすがる思いで助けを求めてきたのだろう。


「権力に固執するラズワルドのような貴族も、寵愛を競う側室たちも、俺や兄上の存在も全て。親父殿にとっては意味も価値もない。眺めて楽しむだけの娯楽であり、暇つぶしなのだろう?」


 そうだ、確かにそう言った。


 ……我ながらちょっと、ひどかったかな、とは思う。

 ちょっとというのは言葉の綾で、実際はどんな悪党よりも理不尽でタチが悪いと知っている。


 実の父親がそんな男だと知りながら、しかしカイヤは涼しい顔だった。

 その黒い瞳には、リシアと違って意志の輝きがあり。

 リシアと瓜二つなのに、リシアとは少しも似ていない顔でファーデンを見下ろして。

 淡々と、冷静に、最後通牒を突きつけてきた。


「ラズワルドもギベオンも、クンツァイトも失脚した。もはや味方は居ないぞ。悪あがきはやめて、今すぐ退位しろ」

「えー、それは……」


 気が進まないな、とファーデンは答えた。

 本当に味方が居ないならあきらめるしかないが、実のところ、新しい支援者は既に見つけている。お気に入りの女性ができたという建前で足繁く通っていた、とある中級貴族の家だ。


 王国ではこれまで、何だかんだで五大家の力が強かった。

 能力も野心もあるのに頭を押さえつけられ、不満を募らせている貴族などいくらでも居る。

 ラズワルドとギベオンの失脚は、そうした家々にとってチャンスなのだ。


 彼らにしてみれば、オーソクレーズ家の宰相とべったりの第一王子に味方してもあまり旨みはない。

 できれば他の候補者に即位してほしいはずだ。……まあ、ラズワルドの義理の孫にあたるフローラは、さすがに今回の件で即位の目がなくなったが。


「親父殿の新しい後ろ盾については、こちらでも調べがついている」

とカイヤは言った。

「叔父上によれば、『簡単に排除できる相手』らしいが?」

「……あいつはそう言うだろうね。でも、強引な手段を使うのはやめた方がいいと思うよ」


 実際、今の息子たちと宰相の力ならどうとでもできる相手だ。

 しかしながら、力づくで問題を解決するのはあまり良い手段ではない。一時的にはうまくいっても、長い目で見れば下策と評価せざるを得ない場合がほとんどだ。


「一理あるかもしれんな。だが、それでも俺は親父殿の排除を優先する」

「…………」

「猶予は1年だ。その間に身辺整理をすませろ」

「……あ、1年もくれるの?」


 意外に思って尋ねれば、カイヤは不本意そうに顔をしかめた。


「仕方ないだろう。他でもない国王が、王家の秘宝を身内にばらまいて悪用させた、などという話をおおやけにするわけにはいかん。つまり表向きには、親父殿の治世に瑕疵かしはないわけだからな。性急に事を運ぼうとすれば民が混乱する」


 ただし、1年が限度だ。

 それ以上、時を稼ぐ気配でもあれば、「強引な手段」も迷わず使うと言い切った。


「それって、具体的には? 私の首をとるってことかな?」


 おまえには無理だろう、と暗に言ってやる。

 しかし返ってきた答えは、予想と違っていた。

 カイヤはいかにも気が進まないという顔をしながらも、「他に手段がないなら、それも検討する」と言ったのだ。


「脅し、本気?」

「一応は本気だ。今回の件、人死には黒幕のメイドだけで済んだが、それはただ運が良かっただけだ。……何の罪もない人間が、巻き添えで死んでいてもおかしくなかった」


 その顔に浮かぶ苦渋の表情と、かすかに熱を帯びたまなざしを見て。

 それってあの子のことかな、とファーデンは思った。

 クリアちゃんのメイド。白い長い髪の、一見地味な容姿ながら、やけに凜々しくて勇ましい女の子。


「親父殿を放置しておけば、いずれまた同じことが起きるだろう。それは看過できない、というのが俺の結論だ」

 きっぱりとした口調に、迷いは感じられず。

「猶予は1年だ。その間に身辺整理をすませろ」

 先程も言ったセリフを繰り返し、これで用は済んだとばかりに立ち去っていく。


 その足音が遠ざかり、やがて消えるのを確かめてから。

 ファーデンは池のほとりで1人、柔らかな風に目を細めた。

 そういえばもう秋なんだなあと、ひどくのん気なことを考えながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ