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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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392 王妃の返礼2

「えっと、私ですか……?」

 王妃様に鋭いまなざしを向けられた私は、戸惑いながら聞き返した。

「そう、おまえです」

と彼女は答えた。


「先日、離宮を訪れた際、おまえは私のことをののしったでしょう。自分は1人、安全な場所に居て、子供たちに危険と責任を押しつけている。人として、親として、恥ずべき存在であると」


「そこまで言ったのか?」

 殿下が驚いた顔をした。「おおむね事実ではあるが、面と向かって口にするのは勇気が必要だっただろう」

 だから、正直に言い過ぎですってば……。ご本人が見ている前ですよ。


「兄様。エルは私のために怒ってくれたのです」

 クリア姫が私をかばってくださって、

「まあ、誰でもキレるよな、あんなの」

 その場に居たダンビュラも同意してくれたが、私は冷や汗をかいた。


 確かに、あの日。私は怒りのままに王妃様のことを罵倒した。

 けれども、王妃様は何の反応も見せなかった。

 無礼者めと怒るどころか、何も言わずに姿を消した。要は見事なまでにスルーされてしまったのだ。

 なのに、まさか今になって問題にされようとは。


「やはり、お怒りだったのでしょうか……?」

 こわごわ問いかけると、王妃様はこの上なく冷ややかな声音で「別に」と回答した。

「あの時は何とも思いませんでしたよ」

「何とも」

「ただ、時間の経過と共にじわじわ来たのです」

「……じわじわ?」

「怒りではありません。不快感を伴う違和感、とでも言えばよいのでしょうか」

「……?」

「無知な民草の目には、私は無責任で愚かな母親に見えるのだと。……そんなことは言われずとも承知していたはずなのに、何やら耐えがたいような気分になったのです」


 無知な民草ですみません。

 王妃様にも苦労があって、それは私などには想像もつかないことなのかもしれませんが……。


 だとしても、あの時、腹が立ったのは事実だし。発言を取り消します、なんて言う気にはなれなかった。


 私があんまり反省していないのを見て取ったのか、王妃様はふーっと長いため息をついて席を立った。

 ゆっくりと首を巡らせ、その場に居る全員の顔を見回して。

 それから、彼女が言葉をかけたのはカイヤ殿下だった。


「あなたの目には、私は情のない母親に見えるのでしょうね」

 殿下は不思議そうに首をひねった。

「見えるも何も、母上が俺に情をかけてくれたことなどあったか?」

 少なくとも自分は覚えがないと言われて、

「あなたが物心ついてからは、そうでしたね」

と王妃様も認めた。


「ですが、産まれたばかりのあなたをこの手に抱いた時。私は確かに喜びを感じたのですよ」

「!」

 殿下が瞳を見開く。

「あなただけではなく、ハウルの時も。……クリアの時もそうです」

「母様……」

 クリア姫も信じられないという顔をしている。

 その足元に居るダンビュラは、単に信じていないという顔で王妃様を見上げていたけど。


「元から情がなかったわけではない。……ただ、忘れてしまっただけです。我が子への想いを。親であることの喜びを。魔法という奇跡の代償として失った……いえ、奪われてしまったから」


 そこで王妃様は、キッとまなざしを鋭くしてファイの顔をにらんだ。


「おまえのことはけして許さないと誓った。心の底から憎んでいたし、恨んでもいた」


 だというのに、それすら今は薄れてしまった――と王妃様は続けた。


「この30年の間に、少しずつ失ってきた。記憶を。感情を。自分という存在を形作る全てを」


 王妃様の視線がまた巡り、正面から私をとらえた。

 

 黒曜石のような黒い瞳に、怒りはない。

 そこにあるのは、深い絶望と諦念と……。

 何だろう。やっぱり怒りかな。

 イラ立ちのような、じれったさのような。……あるいは嫉妬のような?

 

 何とも言いがたい感情を瞳に宿して、王妃リシア・クォーツは私に言い放った。


「私を否定したければするがいい。どうせおまえたちには、何も理解することなどできはしない」


 自分という、ただひとつの存在が、少しずつ削り取られて消えていく。

 その恐怖。悲しみ。孤独感。

 それは誰にも、けっして、わかるはずがないと言って。


「伝えたかったのはそれだけです」

 こちらの反応を待たずに、王妃様は部屋から出て行こうとした。

「くだらぬ自己憐憫だな」

 その背中に向かって、言葉を投げたのはファイだ。

「誰にも理解されたことがないと嘆きつつ、おぬし自身は、さて、誰のことを理解してやったのやら」


 王妃様は答えなかった。

 その魔法で、私を――仇であるはずのファイの魂まで、あの異空間から助け出してくれて。

 おそらくは何らかの代償が必要だったのだろうに、見返りを要求することもなく。

 それきり誰にも言葉をかけず、振り返ることもなく。

 王妃リシア・クォーツは1人、離宮へと帰っていった。


※次回は他者視点の間章になります。

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