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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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389 狭間の世界3

 それは確かに問題だった。私たち全員の身の安全に関わる大問題だった。


 まず、ここはどこか? という点について。

 先程ファイは言った。この場所はかつて彼が閉じ込められていた「水晶の牢獄」と同じだと。

 王妃様の魔法によって肉体と魂を切り離されたファイのように、今の私たちもまた、魂だけの存在になっているのだと。


「……本当にそうなんですか?」

 私はなんとなく自分の顔にふれてみた。

 さわった感触はあるし、何もおかしなところはない。普通に体があるようにしか思えないんだけど。


「まあ、それについては推測に過ぎん」

とファイも認めた。

「国母のメイドだとかいうあの女が、最後に『魔法の鏡』に願ったのは――はっきりとは聞き取れなんだが、『呪われし王家の血筋をこの世から消せ』といったようなことだったはずだ」

「……そうですね」

 私も全部は聞こえなかったが、だいたいそんなような感じだったと思う。

「とはいえ、願いには代償がいる。王家の血を全て根絶やしにするほどの代償を、あの時、あの女が用意できたとは思えん」


 ……でしょうね。王家の血を引く人なんて大勢居るし。

 あの場だけでも、カイヤ殿下とハウライト殿下とフローラ姫とファイ、それにクロサイト様だって実は王家の縁者である。


「結果、鏡の力はカイヤにのみ向かった。おそらく、あの場に居た『王家の人間』の中で、女が最も恨んでいた相手がカイヤだったのだろう」


 悪名高き先代国王のファイよりも? そんなのあんまりじゃないか。

 くどいようだが、殿下は何も悪いことなんてしてない。国母エメラ・クォーツはもちろん、そのメイドだった女にまで恨まれる理由なんてないはずなのに。


「母への恨みを子にぶつけたのではないか? リシアが離宮に引きこもって手が出せぬゆえ、息子のカイヤを狙ったのだろう」


 ファイは簡単に言うけど、王妃様が国母に恨まれる理由もよくわからない。

 2人とも、三十年前の政変の被害者だよね? 大切な家族を亡くして、自分も捕まって。同じ苦しみを共有してるはずじゃないか。


「さて、な。そこまでは知らんが……。理由として考えられるとしたら、リシアが魔法使いだからか」

「?」

「あやつは兄のシャムロックの言いつけで、魔法を使うことを禁じられていた。ゆえに家族と共に為すすべもなく捕らわれ、数年に及ぶ幽閉生活を余儀なくされたわけだ。……が、そのシャムロックが獄死したことでたがが外れたのだろう」


 過酷な幽閉生活のストレス。自分の親戚や仕えた人々が、惨たらしく殺されるのを見せつけられたこと。

 何より愛する兄の死にショックを受けた王妃様は、精神の均衡を失い、魔法の力を暴走させた。

 具体的には、塔に雷が落ちたり、暴風が吹き荒れたり、植物が異常繁殖したり、数千、数万という数の鳥や小動物がどこかから現れたり……。とにかく大変なことになったらしい。


「城は大混乱に陥った。その隙をついて反体制派が城に雪崩れ込み、当時の支配者層を討ち取った」

「…………」

「故にリシアこそが、我が治世を終わらせた立役者ということになるが……。その反応を見るに、この話は国民に伏せられているのだな?」

「……はい。初耳です」

 念のため父の方を見ると、やはり聞いたことがないという風に首を振っている。

「リシアの性格を考えれば、それが自然だな。あやつは己が魔法を使えることを隠していた。この先も隠し続けたいと当然のように考えただろう」


 とはいえ、その状況では、完全に隠し切ることは難しく。

 城に乗り込んできた反体制派はもちろん、その後、国政を牛耳ることになった偉い人たちは真実を知ることになった。

 たとえば、王様とか。……その母親とか。


「だったら余計にわからないんですが……」

 王妃様の魔法で、恐怖政治が終わりを告げたんだよね? 感謝するならまだしも、なんで恨みを持つことに??


 その疑問に答えたのは、なぜかファイではなくて父だった。

「えっと、そんな便利な力があるならもっと早くに使ってくれてたら、自分の家族は死なずにすんだのに……って思ったとか?」

「えええ……」

 そんな理不尽な。王妃様の力は、無制限に使えるわけじゃない。常に代償が必要で、しかも何を代償にするかは自分で選べない。

 便利どころか、恐ろしい力なのだ。だから兄のシャムロック王子だって使用を禁じたのに。


「おそらくは、それが正解だろう。シム・ジェイドよ」

「そんな」

「当事者の事情など、わかる者にしかわからぬ。大方の人間にとって、魔法は奇跡の力だ。力があるなら使えばいいと考える単純なやからには、その恐ろしさなど想像もつかぬのだろうよ」

「はあ……」

 私が言葉をなくしていると、父は心配したのか、フォローのようなことを口にした。

「えっと、そのエメラって人? 誰でもいいから、恨む相手がほしかったんじゃないかな」

 家族を失ったつらさ、苦しさをまぎらわせるために? そりゃ息子さんを亡くしたのは心底気の毒だと思うけど……。


「感情のはけ口にするなら、身近な相手の方が便利だからね。その人にとって、王妃様は息子の嫁でしょ? いじめやすいっていうか、責任を押しつけやすい相手だったのかも」

 フォローではなかったらしい。むしろわりと容赦のない批判になっている。

 私が再び絶句していると、父は誤解したようだった。

「あ、違うよ。私はお義父さんやお義母さんにいじめられたことなんて1度もないからね?」

「……わかってるから」


 一般的には、義理の両親との関係は難しいってされがちだけどね。

 我が家の場合はそうじゃなかった。

 父は祖父母のことを慕っていたし、信頼していた。2人に叱られることさえ喜んでいたほどだ。

 祖父母も、何だかんだで父のことを可愛がっていたと思う。だからこそ、7年前の件はより許せなかったんじゃないだろうか。


「話がそれておるぞ」

とファイが言った。

 そもそも話が横道にそれたのは誰のせいって気もするが、確かに今、話し合うべきなのは王妃様と国母の嫁姑問題ではない。


「仮に我らが――いや、我の肉体は元より存在せぬゆえ、おぬしら親子が生身の体であると仮定するならば、だ」


 いずれはお腹がすくし喉も乾く。しかしここには食糧も水もない。


「魂だけの存在だったとしても安泰ではない。なぜなら人の体というものは、魂を失うと緩やかに朽ちていくからだ」


 それは、かつてのファイのように。

 王妃様の魔法で魂と切り離された先代国王の体は、時間経過と共に朽ち果てた。

 原因不明の死、いわゆる「変死」として扱われ、その体は埋葬されたのか、あるいは悪王のむくろとしてさらされたのか。どちらにせよ、既にこの世には残っていないわけで。


 話を聞いた父は真っ青になった。

「早くここから出ないと、エルが死んでしまうってこと?」

「そうだ。娘だけではなく、おぬしも、魂を共有している我も――」

「出る方法は!? 何かないのかい!?」

 ずいずいと父に迫られて、その語気の強さに若干引きつつ、

「あー、そうだな。魔法の鏡はあの罰当たりに割られてしまったようであるし、可能性があるとしたら『白い魔女の杖』辺りか」


 私たちが生身のままこの場所に飛ばされたのだとしても、あるいは魂だけを封じられたのだとしても。

 あの状況を目撃した人たち――ハウライト殿下やクロサイト様が塔を出て、何らかの対処をしてくれれば助かる可能性もある、とファイは言った。


「だけど、それって……」

 ただの一庶民に過ぎない私たちのために、王家の秘宝を使ってくれれば、って話だよね。簡単に行くかなあ?

 まあ、カイヤ殿下なら、部下を見捨てはしないか。簡単には行かないことでも、どうにかしてくれそうな気がする。


 私はわりと楽観的にそう考えたのだが、殿下のことを知らない父の反応は違った。

「君は、今の王族に恨まれてるよね……? 先代国王なんだし」

「そうだな。かつて我を封じたのが、まさに今の王妃だ」

 当然のことながら助けてくれるはずもなく、ファイの魂が入っているという時点で、父の方も見捨てられる可能性が高い。

「そんなことはどうでもいいから! エルは、エルだけでも助ける方法はないのかい!?」

 父はファイの体をつかんで、がくがく揺さぶっている。

 私は、私だけ助かっても全然嬉しくない。さっきあれほど怒って見せたのに、まだ理解していないらしい。


「少しは懲りろ、クソ親父ぃぃぃ!!」


 ぶち切れて、再び拳を振り上げようとしたその時。

 まるで私の怒りの叫びに呼応したかのように、何もない真っ暗な空間が割れて、砕けた。

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