38 ワガママ王女の暴虐
「ルチル姫のこと、パイラさんはどんな風に対処してるんですか?」
私の質問に、パイラは少し蓮っ葉な仕草で肩をすくめて見せた。
「まあ、適当にお引き取り願ってるわよ」
さすがに殿下が言っていたように「暴力を使った」ことはないそうだ。
「殿下は構わないって言うけど、やっぱり下手に恨み買いたくないしね。まかり間違ってフローラ姫が国を継いだら、あの子はその妹姫なわけだし……」
と、そこでパイラは急にまずいものでも食べたみたいに口元を歪めた。
「あー、嫌だ。想像したくない。そんなことになったら、この国も終わりだ」
「そ、そこまで……?」
パイラは深刻な顔でうなずいた。
「まあ、言っちまえばクソガキよ。ワガママで生意気でかんしゃく持ち。あんなのに目をつけられて、姫様もほんっとうに災難だわ」
つい先日も、大事にしている人形を池に投げ込まれて、泣いていたクリスタリア姫であるそうな。
「やり返したりとかはしないんですか?」
私も幼い頃、髪の色のことで地元の子供にいじめられそうになり、力づくで解決(?)した過去がある。
「姫様はそういうタイプじゃないのよ」
クソガキの異母姉にも、理性的に対処しようとするらしい。
「どうしてこんなことをするのか、私が何か気に入らないことをしたのか、自分に悪い所があるのなら直すが、そうでないならやめてほしい」と。
もちろん、いじめっ子にそんな理屈は通じないわけだが。
「性格のせいだけじゃないんだけどね」とパイラは嘆息した。「姫様はルチルの馬鹿と違って賢い子だから、自分や兄上様の立場をちゃんと考えてるんだと思う」
ルチル姫の母親は、身分こそ低いものの、王様の寵愛を受けている女性だ。
そして今現在、王国の情勢は非常に微妙。
そんな時に自分が異母姉と揉め事を起こしたりしたら、同母兄のハウライト殿下やカイヤ殿下に迷惑をかけることになる。そう思って、ルチル姫の暴虐にもけなげに耐えている――。
「そんな」
そんなひどい話ってない。パイラも憤慨したように鼻を鳴らして、
「そういうお子様だからね。カイヤ殿下も何とかしたくて、手は尽くしてるんだけど……。ルチルの保護者がねえ。また、タチが悪くて」
基本的に娘の行いを放置しており、叱ることも諭すこともしないのだそうだ。
殿下が抗議すれば、一応は聞く。
聞くだけで、何もしない。
これまでに計3度、殿下はルチル姫の両親のもとへ話をつけに行った。
それでも一向に事態が改善しないので、ついには父親の顔面に蹴りを入れた。
「今、なんて仰いました?」
私はパイラの顔を凝視した。
ルチル姫の父親って、カイヤ殿下の父親でもある王様のことだよね? なんか、顔面に蹴り、とか聞こえた気がするんだけど、気のせいだよね?
パイラは軽くうなずいて、
「王様、鼻が折れたらしいわよ」
「…………」
「カイヤ殿下、あれでめったに暴力は使わないんだけどね。王様のことも、最初は苦言、2度目は警告、3度目で顔面陥没、ってことだったみたい」
「…………」
一国の王様に蹴り――いくら血のつながった親子だからって、許されるものなんだろうか?
「それって、お咎めとかは……」
恐る恐る聞くと、「ないわよ」とパイラは言った。
「理由が理由だしね。そもそも、王様がちゃんと自分の娘をしつけてくれたら、そんなことにはならなかったわけだし」
そういうもの? そんな理由で許されるの?
なお、現場となったのは王国の会議室。
前述の宰相をはじめとして、外務卿に宮内卿に法務大臣、近衛隊長に騎士団長と、王国の偉いさんが勢ぞろいしていた。
居並ぶ重鎮たちの真ん前で、カイヤ殿下は王様を蹴り飛ばしたのだ。
「止める人とか、居なかったんですか?」
さあ? と首をひねるパイラ。
居なかったのか、居たけど間に合わなかったのか、自分はその場に居なかったからわからない、とのこと。
「4度目はない、って言ったんだって。カイヤ殿下」
「へ?」
「だから、王様に。今度自分の妹に手を出したら、娘の安全は保証しないぞって。さすがに王様も、わかった何とかするって約束したそうだけど」
折られた鼻を押さえ、鼻血を流しながらの「約束」であったそうな。想像すると、修羅場以外の何物でもない。
「くどいようですけど、それで本っ当にお咎めなかったんですか」
その場で牢屋に放り込まれそうじゃないか。王族とはいえ、普通、そんな場所でそんなことしたら――。
「カイヤ殿下は特別だからね」
パイラはその一言で流してしまった。
その状況で許される「特別」とはいったい……。
「でもねえ、その事件より後なのよ。さっき言った、ルチルが姫様の人形を池に投げ捨てたのって」
私は話に引き戻された。
つまり、王様の「約束」は履行されなかったということ?
「それ、カイヤ殿下は知って……」
パイラはふるふると首を振った。形のよい唇の前にひとさし指を立てて、「姫様がね。どーーーーしても、内緒にしてほしいって」
カイヤ殿下がそのことを知ったら、黙っているはずがない。絶対に、ただではすまさないはず。
「自分のせいで、王様と殿下が対立するのは困る、って言うのよ」
それは親子げんかなどという他愛のないものには留まらない。お城の重鎮たちも巻き込んだ騒ぎになりかねないからだ。
それを避けようというクリスタリア姫の判断は、間違いではない――どころか、とても賢明だと思う。が。
「いつかはバレちゃいますよね」
ルチル姫が悔い改めない限り、陰湿ないじめを続ける限り、いくらクリスタリア姫が隠そうとしたところで無駄だろう。
であるなら、どうすべきか。
1番正しいのは言うまでもなく、ルチル姫にいじめをやめさせることだ。ちゃんとまともな教育をして、将来真っ当な大人になるよう、今からでも矯正すべきだ。
だが、話を聞く限り、ルチル姫の「保護者」にはその気がないと見える。
そうなると、2番目に良い解決方法は――。
2人を物理的に引き離すこと。
ルチル姫がちょっかいかけようにも手の届かない所に、クリスタリア姫を避難させる。それが最も合理的、かつ現実的な手段であるはずだ。
「殿下に聞いたんですけど」
クリスタリア姫を自分のお屋敷に引き取ろうとして、頑なに拒まれた――無理に連れ出したらハンストされた――という例の話をすると、パイラはその通りだとうなずいた。
「どうして、なんでしょうか?」
そんな状況にあって、なぜクリスタリア姫は殿下の申し出を拒むのか。
「私にもわからないの。でも本当に、どうして、って思うわよね」
パイラは深々とため息をついた。
「姫様、殿下のこと大好きなのにねえ」
そう。ほんのちょっと会っただけの私でもわかる。
あれはお兄ちゃん子だ。しかも、ただ「お兄ちゃん大好き」っていうだけじゃない。兄のことを気遣い、心配していた。
自分の立場を理解し、異母姉の仕打ちにも耐えるくらい聡明な子供なのだ。今は王宮を離れた方がいい、とわかるはずなのに。
「絶対に、理由はあるんだと思うのよ。うちの姫様は、わけのわからないワガママ言う子じゃないから。私もなんとか聞き出せないかと思って、色々やってみたんだけど……、結局、ダメだった」
日頃は聞き分けのよいクリスタリア姫が、この件になると頑なに口をつぐんでしまう。ごまかしたり嘘をついたりするのではなく、ただとてもつらそうな顔で黙り込んでしまう。
「そういう顔されると、こっちも無理には聞けなくて」
何も聞き出せないまま、この仕事を辞めることになってしまった――と、パイラはいかにも無念そうな顔をした。
「そういえば、パイラさんは何年くらいここに居たんですか?」
クリスタリア姫との付き合いはどのくらいなのか。思いついて聞いてみると、「1年ちょっと」という答えが返ってきた。
「えっ……」
意外に短い。カイヤ殿下やダンビュラとも親しげにしていたし、もっと長いのかと思ってた。
「まあねー、本当はもうちょっと長く勤めるつもりでいたんだけど、予想以上に計画がうまくいっちゃって」
計画??
「そう、計画。お城勤めで貴族にコネを作って、玉の輿に乗ろう計画」




