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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第二章 新米メイド、王宮へ行く
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38 ワガママ王女の暴虐

「ルチル姫のこと、パイラさんはどんな風に対処してるんですか?」

 私の質問に、パイラは少し蓮っ葉な仕草で肩をすくめて見せた。

「まあ、適当にお引き取り願ってるわよ」

 さすがに殿下が言っていたように「暴力を使った」ことはないそうだ。

「殿下は構わないって言うけど、やっぱり下手に恨み買いたくないしね。まかり間違ってフローラ姫が国を継いだら、あの子はその妹姫なわけだし……」

と、そこでパイラは急にまずいものでも食べたみたいに口元を歪めた。

「あー、嫌だ。想像したくない。そんなことになったら、この国も終わりだ」

「そ、そこまで……?」

 パイラは深刻な顔でうなずいた。

「まあ、言っちまえばクソガキよ。ワガママで生意気でかんしゃく持ち。あんなのに目をつけられて、姫様もほんっとうに災難だわ」

 つい先日も、大事にしている人形を池に投げ込まれて、泣いていたクリスタリア姫であるそうな。

「やり返したりとかはしないんですか?」

 私も幼い頃、髪の色のことで地元の子供にいじめられそうになり、力づくで解決(?)した過去がある。


「姫様はそういうタイプじゃないのよ」

 クソガキの異母姉にも、理性的に対処しようとするらしい。

「どうしてこんなことをするのか、私が何か気に入らないことをしたのか、自分に悪い所があるのなら直すが、そうでないならやめてほしい」と。

 もちろん、いじめっ子にそんな理屈は通じないわけだが。

「性格のせいだけじゃないんだけどね」とパイラは嘆息した。「姫様はルチルの馬鹿と違って賢い子だから、自分や兄上様の立場をちゃんと考えてるんだと思う」


 ルチル姫の母親は、身分こそ低いものの、王様の寵愛を受けている女性だ。

 そして今現在、王国の情勢は非常に微妙。

 そんな時に自分が異母姉と揉め事を起こしたりしたら、同母兄のハウライト殿下やカイヤ殿下に迷惑をかけることになる。そう思って、ルチル姫の暴虐にもけなげに耐えている――。


「そんな」

 そんなひどい話ってない。パイラも憤慨したように鼻を鳴らして、

「そういうお子様だからね。カイヤ殿下も何とかしたくて、手は尽くしてるんだけど……。ルチルの保護者がねえ。また、タチが悪くて」

 基本的に娘の行いを放置しており、叱ることも諭すこともしないのだそうだ。

 殿下が抗議すれば、一応は聞く。

 聞くだけで、何もしない。

 これまでに計3度、殿下はルチル姫の両親のもとへ話をつけに行った。

 それでも一向に事態が改善しないので、ついには父親の顔面に蹴りを入れた。


「今、なんて仰いました?」

 私はパイラの顔を凝視した。

 ルチル姫の父親って、カイヤ殿下の父親でもある王様のことだよね? なんか、顔面に蹴り、とか聞こえた気がするんだけど、気のせいだよね?

 パイラは軽くうなずいて、

「王様、鼻が折れたらしいわよ」

「…………」

「カイヤ殿下、あれでめったに暴力は使わないんだけどね。王様のことも、最初は苦言、2度目は警告、3度目で顔面陥没、ってことだったみたい」

「…………」


 一国の王様に蹴り――いくら血のつながった親子だからって、許されるものなんだろうか?

「それって、お咎めとかは……」

 恐る恐る聞くと、「ないわよ」とパイラは言った。

「理由が理由だしね。そもそも、王様がちゃんと自分の娘をしつけてくれたら、そんなことにはならなかったわけだし」

 そういうもの? そんな理由で許されるの?


 なお、現場となったのは王国の会議室。

 前述の宰相をはじめとして、外務卿に宮内卿に法務大臣、近衛隊長に騎士団長と、王国の偉いさんが勢ぞろいしていた。

 居並ぶ重鎮たちの真ん前で、カイヤ殿下は王様を蹴り飛ばしたのだ。


「止める人とか、居なかったんですか?」

 さあ? と首をひねるパイラ。

 居なかったのか、居たけど間に合わなかったのか、自分はその場に居なかったからわからない、とのこと。

「4度目はない、って言ったんだって。カイヤ殿下」

「へ?」

「だから、王様に。今度自分の妹に手を出したら、娘の安全は保証しないぞって。さすがに王様も、わかった何とかするって約束したそうだけど」

 折られた鼻を押さえ、鼻血を流しながらの「約束」であったそうな。想像すると、修羅場以外の何物でもない。

「くどいようですけど、それで本っ当にお咎めなかったんですか」

 その場で牢屋に放り込まれそうじゃないか。王族とはいえ、普通、そんな場所でそんなことしたら――。

「カイヤ殿下は特別だからね」

 パイラはその一言で流してしまった。

 その状況で許される「特別」とはいったい……。


「でもねえ、その事件より後なのよ。さっき言った、ルチルが姫様の人形を池に投げ捨てたのって」

 私は話に引き戻された。

 つまり、王様の「約束」は履行されなかったということ?

「それ、カイヤ殿下は知って……」

 パイラはふるふると首を振った。形のよい唇の前にひとさし指を立てて、「姫様がね。どーーーーしても、内緒にしてほしいって」

 カイヤ殿下がそのことを知ったら、黙っているはずがない。絶対に、ただではすまさないはず。

「自分のせいで、王様と殿下が対立するのは困る、って言うのよ」

 それは親子げんかなどという他愛のないものには留まらない。お城の重鎮たちも巻き込んだ騒ぎになりかねないからだ。

 それを避けようというクリスタリア姫の判断は、間違いではない――どころか、とても賢明だと思う。が。

「いつかはバレちゃいますよね」

 ルチル姫が悔い改めない限り、陰湿ないじめを続ける限り、いくらクリスタリア姫が隠そうとしたところで無駄だろう。


 であるなら、どうすべきか。

 1番正しいのは言うまでもなく、ルチル姫にいじめをやめさせることだ。ちゃんとまともな教育をして、将来真っ当な大人になるよう、今からでも矯正すべきだ。

 だが、話を聞く限り、ルチル姫の「保護者」にはその気がないと見える。


 そうなると、2番目に良い解決方法は――。

 2人を物理的に引き離すこと。

 ルチル姫がちょっかいかけようにも手の届かない所に、クリスタリア姫を避難させる。それが最も合理的、かつ現実的な手段であるはずだ。


「殿下に聞いたんですけど」

 クリスタリア姫を自分のお屋敷に引き取ろうとして、頑なに拒まれた――無理に連れ出したらハンストされた――という例の話をすると、パイラはその通りだとうなずいた。

「どうして、なんでしょうか?」

 そんな状況にあって、なぜクリスタリア姫は殿下の申し出を拒むのか。

「私にもわからないの。でも本当に、どうして、って思うわよね」

 パイラは深々とため息をついた。

「姫様、殿下のこと大好きなのにねえ」


 そう。ほんのちょっと会っただけの私でもわかる。

 あれはお兄ちゃん子だ。しかも、ただ「お兄ちゃん大好き」っていうだけじゃない。兄のことを気遣い、心配していた。

 自分の立場を理解し、異母姉の仕打ちにも耐えるくらい聡明な子供なのだ。今は王宮を離れた方がいい、とわかるはずなのに。


「絶対に、理由はあるんだと思うのよ。うちの姫様は、わけのわからないワガママ言う子じゃないから。私もなんとか聞き出せないかと思って、色々やってみたんだけど……、結局、ダメだった」

 日頃は聞き分けのよいクリスタリア姫が、この件になると頑なに口をつぐんでしまう。ごまかしたり嘘をついたりするのではなく、ただとてもつらそうな顔で黙り込んでしまう。

「そういう顔されると、こっちも無理には聞けなくて」

 何も聞き出せないまま、この仕事を辞めることになってしまった――と、パイラはいかにも無念そうな顔をした。


「そういえば、パイラさんは何年くらいここに居たんですか?」

 クリスタリア姫との付き合いはどのくらいなのか。思いついて聞いてみると、「1年ちょっと」という答えが返ってきた。

「えっ……」

 意外に短い。カイヤ殿下やダンビュラとも親しげにしていたし、もっと長いのかと思ってた。

「まあねー、本当はもうちょっと長く勤めるつもりでいたんだけど、予想以上に計画がうまくいっちゃって」

 計画??

「そう、計画。お城勤めで貴族にコネを作って、玉の輿に乗ろう計画」

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