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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
389/410

388 狭間の世界2

 ファイの横槍で少しだけ頭が冷えた私は、あらためて父と向かい合った。


「……聞かせてほしいことが色々あるんだけど」


 はい、と父が答える。

 今は土下座ではなく、地面の上に正座している。


「どうして父さんが起きてるの? 私の身代わりになって眠ってたはずでしょ?」

「あ、うん。それは……」

 父はなぜだか視線をうろうろさせて、「実は、私にもよくわかってなくて」

「はあ?」

「多分、彼のおかげなのかなあ?」

「はああ??」

 戸惑う私に、「そういうことだ。我に感謝せよ」とファイがうなずいて見せる。

「そういうことって……?」

 どういうことなの。ちゃんと説明して。


「えーと。彼が言うには、今の私の体には2人分の魂が入ってるらしくて……」

「違う。魂はひとつ。2つあるのは精神こころの方だ」

「あれ、そうだった?」

「まったく、何も理解しておらんではないか。あれほど時間をかけて説明してやったというに」

「……ごめん。そもそも、魂と精神ってどう違うんだっけ?」

「そこからか。手間のかかる男だのう」


 2人のやり取りを、私はさらに戸惑いながら見つめていた。

 何だろう、この光景。違和感が凄まじい。

 繰り返すが、うちの父は気が弱い人だ。村で暮らしていた時も、村長さんとか司祭様とか、偉い人に対しては常に腰が低かった。

 なのに、その父が、仮にもかつて国王の座にあった人と、友達みたいに会話している。


「精神とは、思考や感情をひっくるめたもの。いわゆる『心』と同じだ」

とファイは言った。

「一方、『魂』とはその容れ物だ。『心』と『肉体』をつなぐもの、と言い換えることもできるな」

『……はあ』

 気の抜けた相槌は、私と父の2人分だった。声の長さもタイミングも、申し合わせたようにそろっていた。


「まあ、ほとんどの場合、魂と精神は2つで1つだ。どちらが欠けても用を為さぬゆえ、切り離して考える意味は薄い」


 が、もしも、仮定の話として。

 魔法のような超常の力で、どちらか一方だけを奪われた人間が居たらどうなるか、とファイは続けた。


「たとえば、シム・ジェイド。おぬしのように」


 7年前、父は魔女に願い事をした。

 大ケガをして意識不明になった娘を、つまりは私のことを助けてください、と。


「そしたら、魔女が――願いはかなえてやる、代わりにおまえの魂をもらおう、って」


 急に魂とか言われてもぴんとこなかった父は、「つまり自分は死ぬのか?」と魔女に問いかけた。

 返ってきたのは、「死ぬまで眠りにつくことになる」という答えだった。

 父はそれを「意識が戻らない娘の身代わりになること」だと解釈した。願いと等しい、公平な代償だと思った。


「あと、最後に家族の顔を見に行かせてほしいって頼んだら、それも許してくれたんだ。魔女って意外に優しいんだなあって思ったよ」


 村に向かい、家族と会って、事情を説明して。

 母に責められ、祖母に叱られ、祖父にぶん殴られてから、村を出て。

 魔女のもとに戻る途中で、ふと問題があることに気づいた。


「死ぬならともかく、眠るだけって……。世話とか必要なのかな? だとしたら、家族に負担をかけてしまうなって」


 問題はそこじゃない。絶対絶対、そこじゃない。


「そしたら魔女が、あの場所に案内してくれてさ。『魔女の霊廟』だっけ? あの石のひつぎ、悪しき魔法を封じる力があるとかされてるそうなんだけど、実際は中に入ったものの時間を止めてしまうんだって。あそこで眠れば介護の必要もないし、王族ですら基本近づかない場所だから、見つかる心配もないって言われて」


 それが、父が魔女の霊廟で寝ていた理由?


「……何なの、それ」

 私は唖然とした。

 昔話に出てくる魔女って、そんな親切じゃない。願いをかなえた後で寝場所まで用意してくれるとか、ちょっと信じられない。


 こっちが困惑している間も、父の話は続く。


「とにかく、あの場所で眠りについたんだけど……。ずっと眠りっぱなしだったわけじゃなくて。動くことも話すこともできなかったけど、たまにうっすらと意識が戻ることがあって」


 そういう時は家族のことを思い出したり、「あれからどのくらい時間がたったんだろう……」と考えたりもしたらしい。


「本当にぼんやりした意識で、起きたまま夢でも見てるみたいな感じだったかな。そういう状態がずっと長い間……、多分、何年も続いて」


 ある時ふいに、変化が訪れた。

 他でもない。私たちが「魔女の霊廟」を訪れた時のことだ。


「彼が私の中に入ってきた瞬間、ずっと曖昧あいまいだった意識が急にはっきりして……」

 父の視線が、ちらりとファイの方を向く。

 ファイは軽くうなずいて、話を引き取った。

「我はリシアの魔法によって、肉体と魂を切り離された。ちなみに、魂と精神は普通セットになっている。つまり、あのルチルという小娘の中には、我の魂と精神の両方が入っていた」

 あ。ファイがようやくルチル姫の名前を覚えた。

 そんな極めてどうでもいい感想が浮かんだのは、一種の現実逃避だったのかもしれない。


「で、この先は我の仮説だが――シム・ジェイドが願いの代償として奪われたのは、おそらく魂のみだったのだ。精神までは奪われなかった。ゆえに、動くことも話すこともできずとも、意識だけはあった」


 そして、あの日、あの時。ファイの「魂」が父の体に入ってきたことで、変化が起きた。

 当たり前だが、1つの体に宿る魂は1つ。精神こころもひとつだ。

 しかしさまざまな偶然が重なりあった結果、父の体の中にはひとつの魂と2つの精神が同居することになった。


「その結果が今、おぬしの前で起きている現象だ」

「…………」

「魂というものの定員は知らんが、シム・ジェイドがこうして目覚めたところを見ると、同時に2つの精神を宿すこともできるようだな」

「…………」

「つまり、おぬしの父親がこうして動いているのは我のおかげだ。本来であれば2度と目覚めることがなかったのだからな。おぬしは当然、我に感謝すべきであろう」

 わかったか? と偉そうに問われて、

「わかりません」

と私は正直に回答した。


 魂だの、精神だの、馴染みのない単語を聞かされて。

 挙げ句、父が目覚めたのが、このふざけた男のおかげとか言われても。

 理屈以前に、気持ちの方がついていかない。


 ただ、それはそれとして、気になることがひとつ。

「……父さん」

 私はとても静かに父の顔を見つめた。

「今の話が本当だとしたら、父さんが動いたりしゃべったりできるようになったのは――」

 あの霊廟で、ファイの魂が父の体に入り込んだ時、ということになる。


 だったらどうして、何も言ってくれなかったの。

 あの時、7年前の真実を知って、物言わぬ父の体を目の当たりにして、私がどれだけショックを受けたと思ってるんだ。


「や、あの時はさすがに混乱してて、自分が話せることに気づくどころじゃなかったんだよ。急に意識がクリアになったと思ったら、目の前には成長したおまえが居て」

 そこで父は、ほうっと感嘆の吐息をもらした。

「大人になったね、エル。……すごく綺麗にもなった。びっくりしたよ」

「見え透いたお世辞はいいから」

「本心なんだけど……。とにかく、気がついたら体が動いて、しかも勝手にしゃべってるし。もうわけがわからなくて」


 まあ、それについては父に同情する。

 自分の中に他人の意識があって、体を勝手に操作されたわけだしね。同じ状況になったルチル姫は、(それだけが原因ではないのかもしれないけど)心を病んでしまったくらいだし。


「そのうちに彼が逃げ出して。でも、森まで逃げたところで、ゼオに追いつかれて」


 その時のゼオは、率直に言ってキレていた。

 抜き身のナイフを手に、今にも斬りかからんばかりの剣幕でファイに迫った。

 下手したら殺されると思った父は、


 ――待って、ゼオ! 落ち着いて――。


 夢中で、そう叫んでいた。

 その時初めて、自分が声を出せることにも、その気になれば体を動かすことができるのにも気づいたんだそうだ。


 友人の体を盗んだはずの相手が、急にその友人のような顔をしてしゃべり出したことに最初は戸惑ったゼオだったが、言葉を交わしているうちに、それが演技ではないことを理解した。


「そのうち、あのカルサって子も後から追いついてきたんだけど……」


 3人で(いや、この場合は4人か?)話し合い、ひとまず状況を理解して、さて、これからどうする? となったところで、意見が割れた。


「姐さんの所に帰った方がいいよ」

と、強く主張したのはカルサだけ。

 父が「今更、合わせる顔が……」と尻込みするのを見て、ゼオも「まあ、気持ちはわかるけどな……」と迷ってしまい。

 ファイに到っては、面倒くさがってすらいたらしい。

 せっかく手に入れた体に、元の持ち主の意識もあると知って、自分1人で使えなくなってしまったことを残念がっていたのだとか。


「それで意味もなく王都の周りをうろついてたわけ……?」

 腹をくくって家族に会いに行くこともせず、逆に姿をくらますこともできずに、ただうろうろと。

「……うん。その通りです」

 私の問いに、父は申し訳なさそうにうなずいた。


 なんかもう、頭が痛くなってきた。

 イライラするし、腹が立つ。

 父に対しても、ファイに対しても。「ふざけるな」という想いが再び強くわき上がる。


「とりあえず、もう1発だけ殴ってもいい?」

 私が言うと、父はすぐさま土下座した。

「おまえが望むなら、1発でも百発でも」

 じゃあ、お言葉に甘えてと父に近づこうとしたら、「親子げんかは後にせい」とファイが止めてきた。


「それよりも、小娘。現状、我らが直面している問題に気づいておるか?」

 何ですか。この上、いったいどんな問題があると?

「……気づいておらなんだのか。まったく、肝が太いのか、単に鈍いだけか」

 何やら失礼なセリフを吐きながら、ファイはぐるりと腕を回して周囲一帯を指し示した。

「ここはどこか? 我らはどうやって帰るのか? という問題だ」

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