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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
388/410

387 狭間の世界1

 ぐるぐる、ぐるぐる。世界が回る。

 めまいのような、乗り物酔いのような気持ち悪さ。

 やっぱり、同じだ。魔法の力で、この塔に連れてこられた時と。


 つまり私は、またどこかに飛ばされようとしている?


 落ち着いて状況を確認できたのはそこまでだった。

 あの時と同じように、ふいに視界が暗転して、周囲の音が消えて、ついでに足元の床も消えた。


 ――落ちる。


「エルっ!!」


 誰かが、私の手をつかんだ。体を引き寄せ、両腕で包み込むように抱きしめる。

 それでも、落ちる。落ちて行く。諸共もろともに、真っ暗な場所へ。どことも知れぬ深い闇の中へと――。


「…………」


 どのくらい時間がたっただろう。一瞬だったような、1時間くらいは続いたような落下感が、いつのまにか消えていて。

 おそるおそる目を開けてみると、私は1人だった。


「え、あれ?」


 誰も居ない。敵も味方も。さっき抱きしめてくれたはずの温もりも消えている。


「ここ、どこ……?」


 見た目の印象は、洞窟とか鍾乳洞に似ている。

 でも、そういう場所特有の湿っぽさは感じない。むしろ屋内のような、けれどもやっぱり屋外のような。……意味不明だけど、要するに変な場所だった。

 空気はどんよりと重く、真っ暗なのに明かりがなくても辺りの様子がわかるし、閉所に閉じ込められているような息苦しさがあるのに、壁や天井はどこにも見当たらない。


「何なの……?」

 もう1度つぶやいた時、さっきはなかったはずの返事があった。

「さて、何なのだろうな」

 ぎょっとして振り向くと、そこに知らない男が居た。


 やせ型中背、年齢は30過ぎくらいか。

 白茶けた金髪で、顔立ちはまあまあ整っている方だと思うが……如何いかんせん、目付きが悪い。

 陰険そうで、何かたくらんでいそうな、いわゆる悪人顔だ。

 着ているのは、飾り気はないが仕立ての良さそうな服。どことなく尊大で高貴な空気をまとった、いかにも貴族っぽい見た目の人。


「この場所自体に覚えはないが、この場所に流れる空気には大いに覚えがあるぞ」

 男は軽く宙を見上げて考え込んでいる。顔はともかくとして、その口調と声にはこっちも覚えがあった。

「先代国王陛下?」

 呼びかけると、「何だ?」と答えが返ってきた。

「なぜ、そのように妙な顔をしておる」

「えーと、妙な顔はそちらの方というか……、先程までとお顔が違っているというか……」

「はあ?」

と眉をひそめてから、当人も異変に気づいたらしい。

 ぺたぺたと自分の顔にさわったり、服装や髪色を確かめたりしてから、やおら何事かを理解した様子で、

「そういうことか」

と深いため息をついた。


「ここは、アレだな。かつて我が閉じ込められていた水晶の牢獄と同じだ」

「?」

「魔法でできた異空間、とでも呼べば良いか。今の我らは、おそらく魂だけの状態になっておる」

「……へ?」

 ぽかんとする私に、ファイは淡々と成り行きを解説した。


「あの女は、魔法の鏡を体内に取り込んでおったのだ。飲み込めるほど小さなものではないから、割って、破片を飲んだのだろうな。……まったく罰当たりな所業であるが、隠し場所としては確かに有効だ」

「…………」

「結果、あの女はその場に居た全員をあざむくことに成功し、鏡の力でカイヤを狙った。おぬしがそれを阻んだ。カイヤの身代わりに鏡の力に打たれたおぬしは、白光に包まれてあの場から消えようとしていた」

「…………」

「それをすんでのところで捕まえたのがおぬしの父親だ。まあ、秘宝の力に打ち勝てるわけもなく、単に巻き込まれただけだが」

「…………」

「おかげで、我もこのザマだ。どうしてくれるのだ、シム・ジェイド」

と、そこでファイは後方に首をひねった。


 私も見た。彼が視線を向けた先に、ぽつんと。1人の男が、膝を抱えて座っているのを。

 男はそろそろと顔を上げると、

「えーと、ごめん……。さっきは夢中で、何も考えてなくて……」

「ごめん、ですむ話ではないぞ。我はかつて、このような場所に三十年も閉じ込められておったのだ。また同じ目にあわされるのは御免被ごめんこうむる」

 ファイに責められた男は、控えめに反論した。

「それは、あの、君だけの問題じゃなくて。自分はともかく、娘がそんな目にあわされるのは私も困るんだけど……」


 私はふらふらと前に出て、2人の会話に割り込んだ。

「……父さん?」

 びくりと、男が身をすくめる。こわごわという感じでこちらに視線を向けて、

「エル」

 名前を呼んだ。父の顔で。父の声で。

 そこに居るのは、ファイじゃない。紛うことなき、私の父親――。


「どうして……、何が……、どうなって……」

 言葉が、思考がまとまらない。

 乱れた心のまま、私はなおもふらふらと父との距離をつめ、

「ごめん、エル」

 逆に父は、じりじりと後ずさった。

「本当は、ちゃんと会いに行くべきだってわかってたんだ。ゼオにも説得されたし、あのカルサって子にも『帰ろうよ』って何度も言われた。……でも」

 そこで父は、急に気力が萎えたかのようにうつむいて、

「今更どんな顔をして会えばいいのか、わからなくて……」

「って、ふざけんな、クソ親父ぃぃぃ!!」

 一瞬で激高した私は、その顔面に右ストレートを叩き込んでやった。


 父はよけなかった。

 まともに私のこぶしを受けて、後ろ向きに吹っ飛ばされた。

「いや、ごめん! 本当にすまなかった!」

 尻餅をつき、鼻血を流しながら謝罪する。

 ファイいわく、ここは「魂だけの空間」のはずだが、殴った感触は普通にあるのはなぜなのか。魂って、鼻血とか出るものなんだろうか。


「どうして」

と私は繰り返した。

 どうして、私の身代わりになって覚めない眠りについたはずの父が、こうして話しているのか。……それも気になったけど。

「なんで、7年前! あんな馬鹿なことしたの!?」

 私の口から出てきた言葉はそれだった。

「自分が、身代わりに眠りにつくとか! 私が喜ぶとでも思った!? しかも、母さんにもおじいちゃんたちにも相談しないで、1人で決めたんでしょう!?」

 当事者である私の気持ちも、他の家族の気持ちもいっさい無視してノコギリ山に登って、魔女に願い事をして。

 あまりに勝手すぎるじゃないか。絶対許せない。


 父は一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐにうなだれた。

「それは、本当に、すまなかった。そうするのが正しいと思ったわけじゃないんだ。お義父さんにはメチャクチャ怒られたし、マナに――母さんにも、一生許さないって言われたよ」

 でも、と父は続けた。

「耐えられなかったんだ。おまえの人生が、あんな風に終わってしまうなんて」

 顔を上げ、許しを乞うような、すがるような目をこちらに向けてくる。


「おまえにはずっと内緒にしてたけど、私は人には言えない仕事をしてて――」

「……知ってる」

 父が貴族の密偵をしていたことは、王都に出てくる直前、母から聞かされた。

「その仕事に就くまでは、路上で野良犬みたいに暮らしてた。日々の糧を得るために、悪いこともした。盗みとか、人を騙したりだとか」

「…………」

「母さんに会って、好きになってもらえて。お義父さんとお義母さんに、家族として迎えてもらえて。幸せだったし、夢みたいだったよ。……でも、だけどね? 私は知ってた。自分が真っ当な人間じゃないってことを。そのフリをしてるだけのクズだ、ってことを」

「……父さん」

 それはちょっと、言い過ぎじゃないの。

 父は昔から気が弱いっていうか、自己肯定感が低いところはあったけど。

 さすがに、自分のことをクズ呼ばわりするのは初めて聞いた。


 反論しようとしたら、父は思いがけないことを言い出した。

「変わったのは、おまえが生まれてからだよ」

「え」

「小さなおまえが、マナの横で泣いているのを見た時。初めて目を開けてくれた時。少し大きくなって、私を父と呼んでくれた時。私はこんな、こんな美しい存在ものが自分とつながっているんだと知って――」


 初めて、思った。

 この世に生まれてきて良かったと。

 苦労しつつも、今まで生き抜いてきたことには意味があったんだと。


「おまえがこの世界に生まれてきてくれて、私がどれだけ救われたか――それは神様にだってきっとわからないよ」

「…………」

「おまえに助かってほしかったんだ! この先も生きて、大人になって、ちゃんと幸せになってほしかった! その願いがかなうなら、他のことは全部どうでもよかった!!」

「だからふざけるな、親父ぃぃぃ!!」

 私は再びその顔をぶん殴る羽目になった。

「こっちだって耐えられるわけないでしょーが! 私も、父さんのことが大好きだったのに!」


 父親を犠牲にして生きのびるのが幸せか? 

 助けられた側の気持ちを考えろ。どれだけ重荷を背負わせてくれたか、わかっているのか。

 勢い任せに責め立てると、父は恥も外聞もなく土下座した。


「ごめん、ごめん、ごめん! 本当にごめん!」

 両手をついて、地面に顔をこすりつけるようにして、

「ひどいことをした、勝手なことをした! 全部わかってる! 一生許さなくていい!」

「……っ!」

 噛みしめた唇から血が滲む。

 目の奥が熱くなって、視界が揺らいで。

 私がこぼれ落ちた涙をぬぐっていると、

「おぬしら、少し落ち着け」

とファイが言った。


 普通はこんな親子の修羅場を見たら、気まずくて口など挟めないだろうに。

 全く普通ではない先代国王は気にしなかった。いかにもあきれた、という顔をして、

「言い合っても詮ないことであろうが。親のエゴであろうが、子の想いであろうが、どちらが正しいと決められるものではなかろうよ」

 そこで少し考えてから思い直したように、

「いや、正しい、正しくないといった問題ではないな。仕方ないのだ。人が心を持つ限り、それには逆らえぬのだから」

「?」

 彼が何を言おうとしているのかわからず、私は眉をひそめた。見れば、父も土下座の姿勢まま、顔だけ上げてファイの方を向いている。


「早い話が、愛なのだろう?」

と言って、ファイは私と父の顔を見比べた。

「妻を捨て、他の子らを置き去りにして、己につながる全てを捨ててでも、娘の命ただひとつを選んだわけだ」

 それは一生許さないと言われるだろうなと、うんうん、うなずいている。

「それほどまでに、おぬしの父親はおぬしを愛しておったのだ。も非もない。理詰めで責めたところで無意味だ。許す、許さんはおぬしの勝手だがな」


「……はあ」

 私はつい間の抜けた声を上げてしまった。

 や、まさか、この人の口から「愛」なんて単語が出てくるとは思わなくてね。意外過ぎて、少しだけ気が抜けてしまったのだ。


 ファイにも愛した人が居たのだろうか? 他の全てを捨ててでも助けたい、と思うほどの人が。

 自分の伴侶の顔すら忘れていた人でなしに? ……想像できないな。仮に居たとしても、「それは黒い魔女だ」とか言いそうな気がするなあ。

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