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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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386 黒幕の正体

 ――ガイコツだ。


と、私は思った。

 落ちくぼんだ眼窩。ほとんど肉がついていない頬。骨の表面にただ張りついているだけの皮膚。髪もまばらで、ぱっと見では性別さえ判然としない。


「力の使いすぎだな」

とファイが言った。

「秘宝の力を行使した代償として、寿命や生命力のたぐいを奪われたのであろう」


 女は尻餅をついたまま、あうあうと呻いている。

 ジェーンがその眼前にメイスを突きつけ、指示を仰ぐようにクロサイト様の方を見やった。

「拘束しろ」

「……承知しました」

 心なしか残念そうにしつつ、女に縄をかけるジェーン。

 危険な物を持っていないかボディーチェックをして、手近な柱に縛り付け、最後に猿ぐつわを噛ませて、完成。


 で、この女は誰だ?


 ……という皆の疑問に、答えをくれたのはフローラ姫だった。


「その人、エメラお祖母様のメイドよ」

 彼女はいまだ縛られたまま、広間の床にへたり込んでいる。

「お祖母様を助けるために協力しろって……。言うことを聞けば、ルチルを助ける方法を教えてやるって……」

 

 フローラ姫の実妹であるルチル姫は、「白い魔女の杖」を使った代償で魂を失い、抜け殻のようになってしまった。

 助ける方法なんて、あるのかわからない。それこそ魔法にでもすがるしかないのかもしれないけど。


「それで君は、彼女たちに協力したのか?」

 ハウライト殿下の言葉に、フローラ姫は「違う!」と叫んで長い金髪を振り乱した。

「ルチルのことは助けたかった! でも、だからって、カイヤ兄さんを傷つける手伝いなんてしない!」

 フローラ姫はよろよろとガラスの棺に歩み寄り、

「兄さん、ごめんなさい……。私のせいで、こんなことに……」

 顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら、しきりに謝罪の言葉を繰り返す。


 その言葉に嘘はない、と私は思った。……正確には、そう信じたかった。

 カイヤ殿下は、ミランのこともフローラ姫のことも、身内として大切に思ってたはずだし。

 ミランが敵に回るのなら、せめてフローラ姫には殿下の味方で居てほしかった。


 そのミランはといえば、クロサイト様に拘束されて縄をかけられている。きっちりと猿ぐつわまで噛まされているのは、彼が思い余って自害などしないようにだろうか。


 クロサイト様は、次いで周囲を取り囲む騎士たちの掃討に取りかかった。

 と言っても、騎士たちは姿を現したきり、動く気配もない。

 多分、彼らを操っていた女が無力化され、鏡を取り上げられたせいなのだろう。

 それでも念のため武器を奪い、手足を縛って拘束していく。ジェーンもその作業に加わった。


 どうやら、危険は去ったらしいと。

 そう理解した私は、ひつぎで眠るカイヤ殿下に近づき、声をかけた。


「殿下、そろそろ起きてくださいよ……」

 みんな心配してますよ。ハウライト殿下も、クロサイト様も、ジェーンも。

 王都で待っているはずのクリア姫とダンビュラも。宰相閣下と奥方様も。広間で戦っているユナやクロムも。


 もちろん私だって同じだ。

 王族なんかに生まれたせいで、さんざん苦労して、何にも悪いことをしていないのに恨まれて。

 それでも折れたり曲がったりせずに生きてきた、この人に報われてほしい。これ以上、ひどい目にあってほしくない。


「ね、起きてくださいってば……」

 繰り返し声をかけて、「カイヤ殿下」と名前を呼ぶ。さわるのはまずいかなと思いつつ、そっと殿下の右手にふれてみる。

「ん……」

 かすかに、殿下が身じろぎした。

 ぎゅっとその眉が寄って、まぶたが震えて。……もしかしなくても、目を覚まそうとしてる?

 思わず棺の上に身を乗り出した時、背後でファイがつぶやくのが聞こえた。


「時に、魔法の鏡はどこにある?」

「あ? これじゃねえのか?」

 ゼオが女から取り上げた丸鏡を掲げて見せる。しかしファイは小さく首を振り、

「違うな。王家の秘宝である魔法の鏡は――」

 その言葉が終わるより早く、クロサイト様が、次いでジェーンが動いた。

「もっと薄汚れて、古ぼけた手鏡だ」

「そういうことは早く言えぇ!!」

 ゼオもまた、鏡を放り出して走った。


 3人が向かった先には、あのガイコツのようになった女が居た。

 ロープでぐるぐる巻きにされて、柱に縛り付けられている、その体が。

 なぜか光っていた。


 白く、禍々しく、不気味なその光は、女の腹の辺りから生まれて、瞬く間に全身に広がった。

 女が動き出す。ロープを引きちぎり、猿ぐつわも食い破り、くわっと目を見開いて――そして広間中に響き渡るような声で絶叫する。

「魔法の鏡よ、最期の願いだ!」

 一瞬後、クロサイト様の剣がその首を刎ね飛ばし、ジェーンのメイスが胴体を直撃した。

「呪われし王家の血筋を――」

 女の言葉は止まらない。信じがたいことに、宙に舞った首が言葉を発しているのだ。

「この世から、けっ……!」

 ゼオが投げ放ったナイフが、赤黒い喉の奥を貫いた。


 ドッと重たい音を立てて、生首が地に落ちる。


 ……やった? 倒した?


 安堵の息をつく暇もなく、まぶしい白光が再び広間を包んだ。

 ジェーンのメイスに叩きつぶされた女の体から、白い光の柱が立ちのぼる。

 それはまっすぐに天井を差したかと思うと直角に向きを変え、蛇のようにうねり、襲いかかってきた。

 狙いは、いまだ棺に横たわったままのカイヤ殿下。


「っ!」

 私はとっさに両手を広げて白光の前に立ちふさがった。

 直後、バチンと衝撃が来た。まるで特大の静電気に打たれでもしたみたいに。


 世界が揺らぐ。

 広間が、そこに居る人々が、メリーゴーランドのように回り出す。

 それは今日の深夜、魔女の憩い亭で経験したのと全く同じ現象だった。

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