385 候補者たち
現れたのは、鎧兜をまとった騎士たちだった。広間を囲む柱の陰からぞろぞろと。その数は……二十人くらい?
予想したほど多くない。かつ、ほとんどの騎士が足を引きずっていたり顔を腫らしていたり、手にした剣が折れていたりで、無傷とは言い難い。
これならジェーンとゼオが居ればどうにかなるかも? と思ったのもつかの間。
騎士たちの後ろから、知った顔が。宰相閣下のご子息ミラン・オーソクレーズが現れて。
お気の毒にもロープでぐるぐる巻きにされたお姫様を人質に、私たちの前に立ちはだかった。
「た、たすけて……」
喉元に剣を突きつけられ、か細い声で助けを求めてきたのはフローラ姫だった。
今日はドレス姿ではなく、地味なワンピースを着ている。お化粧もしていない。ソバカスの浮き出た素朴な顔立ちはあまりお姫様っぽく見えないが、これが彼女の素顔だ。
「お、お願いします……。助けてください……」
異母妹である少女の懇願に、ハウライト殿下は特に動揺らしきものを見せることもなく、
「君と母親のアクアには、国母エメラ・クォーツと共謀して私の弟に危害を加えようとした容疑がかけられている」
淡々と告げられた事実に、フローラ姫は真っ青になって絶句した。
「……実のところ、それは君も同じだ。ミラン」
ミラン・オーソクレーズは無言だった。その顔には表情というものがまるでなく、他の騎士たちと同じように、操られているだけに見える。が。
「叔父上から伝言だ。『素直に投降するなら、命だけは助けてやる』」
……あ。なんか動揺してる。
っていうか、怒ってるのかな。必死に怒りを抑えて、無表情を取りつくろっているようだけど、
「『これ以上、家族を悲しませるな』とも言っていた」
「どの口でっ……!」
あー、言い返しちゃった。
どうやらミランには意識があるらしい。
それって、まずいよね。宰相閣下のご子息で、ハウライト殿下とカイヤ殿下の従弟でもある彼が、自主的に黒幕に協力している可能性が高いということになってしまうのだから。
「なぜ、こんな真似をした?」
ハウライト殿下は変わらず淡々とした口調で問いかけた。
「君が私とカイヤを快く思っていないことは知っている。だからといって、人の道に反したことをするとまでは思わなかった」
「黙れ!」
ミランが叫ぶ。「俺は何も間違ったことはしていない!」
か弱い女の子に剣を突きつけながら口にするにはだいぶ滑稽なセリフだったが、当人は気づいていないのか真剣そのものの顔で、
「間違っているのは父だ! 俺はそれを正そうとしているだけだ!」
「叔父の何が間違っていると?」
「何もかも全部だ! 私情で国政を動かそうとしていることも! あなたを次の王にしようとしていることも!」
「……それはつまり、私が王位にふさわしくない、という意味だな」
ハウライト殿下は怒りもしなかったけど、第一王位継承者に向かって言っていいセリフじゃないよね。立派な不敬罪だ。
「ご自分が1番よくわかっているはずだろう。あなたが王位に就こうとしているのは、国のためでも民のためでもない」
ミランは引かない。多少ひきつってはいたが、嘲笑すら浮かべて見せた。
「自分と弟の保身のためだ。そんな人間が王にふさわしいものか」
「あやつ、王というものに夢を見すぎではないか?」
ぼそっとつぶやいたのはファイだった。「ふさわしい者だけが王位に就けるなら、この世はもっとマシな場所になっておるわ」
まあ、そうでしょうね。先代はコレだし。今の王様はアレだし。
比較すれば、ハウライト殿下はずっと「王位にふさわしい王様」になりそうだけど。当人は従弟の言葉にあっさりうなずいて、
「君の言う通りだな。国のためを思い、民のためを思い、国政に邁進できる候補者が居るなら、私は喜んで王位を譲ろう」
しかし、とハウライト殿下は逆説を続けた。
「あいにくと、今の王国にそんな人間は居ない。ミラン、君も含めての話だ」
その言葉で、私は思い出した。
ミランの母親であるフィラ様は、偉大な先々代国王の孫姫だ。そのご子息のミランも、実は王位継承権を持っているのだと。
「君が私の即位に反対する理由は、国のためでも民のためでもなく、私情と私怨だろう?」
「……っ!」
「実の両親の愛情と関心を横取りした、私とカイヤが憎かったからだ」
「誰がっ! そんな子供じみた理由で……っ!」
激高し、剣を構えるミラン。
と、そこでようやく、彼は違和感を覚えたようだった。
「?」
彼の剣は、人質であるフローラ姫に向けられていたはずなのだ。
そのフローラ姫は、既にそこには居ない。ハウライト殿下が会話で気を引いている隙に、死角から接近したクロサイト様にあっさり助け出されていた。
「お待たせして申し訳ございません、殿下」
クロサイト様がこの広間に駆けつけたのは、つい今し方。ミランは気づいていなかったけど、私たちはみんな気づいてた。
だから余計なことをしないよう、おとなしく会話の成り行きを見ていたのだ。そうでなければ、ミランが不敬発言をした辺りでジェーンが割って入っていただろう。
「隊長、もう動いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
クロサイト様の許可を得たジェーンは、意気揚々と敵に向かっていった。
即ち、あのローブをまとった女に。
「武器を捨てて投降しなさい。さもなくば――」
メイスを振りかぶるジェーンに、女は後ずさりながら鏡を向けた。……が、その鏡は死角から忍び寄ったゼオが奪い取った。
「さもなくば、処分します」
振り下ろされるメイス。
女は「ひいっ……」と悲鳴を上げてよろめき、尻餅をついた。
ジェーンのメイスがその鼻先をかすめ、風圧でフードが外れて、素顔があらわになった。