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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
383/410

382 むかしむかし、あるところに

 そこはとんでもなく広い場所だった。先程の大広間と同じか、それ以上に広いかもしれない。

 立ち並ぶ大理石の柱。普通の建物の3階……、いや5階くらいの高さはありそうな天井。

 鮮やかな赤いカーペットが、扉から広間の奥に向かってのびているのを見て、

「まるで謁見の間だな」

とハウライト殿下がつぶやいた。


 確かにそれっぽい見た目だけど、謁見の間ならば当然あるべきはずの玉座は見えなかった。

 広間の中ほど、天井から垂れ下がった暗色の布が、まるで舞台の幕みたいに視界を遮っていたからだ。

 照明も薄暗くて、余計に舞台みたいだと私が考えていると、ふいに広間のどこかから音楽が流れ出した。

 多分オルゴールだと思う。ちょっと寂しくて、郷愁をかき立てるメロディが聞こえ始めたのと同時、目の前の暗幕に何かが映し出された。


「おお、これは。いったい何の出し物だ?」

 ファイが興味深そうに身を乗り出す。

 私は「……幻灯機みたいですね」と見たままを口にした。


 幻灯機とはランプとレンズを使って、ガラスに描かれた絵を投影する装置のことだ。お祭なんかでたまに見掛ける。

 私が昔見たのは、「2人の魔女のおはなし」とか「ひとつ目の巨人と魔女」とか、有名な物語を絵にして壁に映しながら、そこにセリフや情景描写を当てていく。ちょっと凝った紙芝居みたいな出し物だった。


 今、目の前の暗幕に映し出されているのは、長い金髪にリボンをつけた、可愛らしい女の子の絵だった。

 背景には花畑が描かれている、けど。

 ……何だか、すっごくリアルな絵だった。

 花畑も、女の子も、まるで現実をそのまま映し出しているみたい。


 女の子は黄色い野の花を摘んで、せっせと花冠を作っている。その姿を見て、

「幻灯って動くんだったか?」

とゼオが首をひねった。

 そんなはずはない。基本はガラスに描かれた静止画を、壁や白い幕なんかに映すだけのものだ。

「それを言うなら、幻灯機がどこにも見当たらぬのう」

 ファイの言う通り、要するにこれも何かの魔法なんだろうと思っていたら、ふいにオルゴールの音色がぴたりとやんで。

 代わりに、声がした。


『むかしむかし、あるところに、小さな女の子が居ました……』


 それは女の声だった。

 だいぶ年かさの、ちょっとしわがれた声。

 祖母が孫に絵本を読んで聞かせるような優しい語り口で、映し出される絵にあわせて、物語を紡いでいく。


『女の子はそれは美しく、お声は鈴のようで、かんばせは花のようで、瞳は宝石のようで……』


 そんな美しい女の子は、やがて美しい女性へと成長し、ステキな男性と恋をする。

 しかし結婚してめでたしめでたし……とはならず、その幸せは無惨に踏みにじられてしまう。

 邪悪な恋心をいだいた「悪い男」が、横から彼女を奪い去ってしまうのだ。

 そうして故郷から連れ去られた女の子は、望まぬ結婚を強いられ、お屋敷に閉じ込められて――。


「思ったよりも、つまらん見世物だな」

 ファイがあくびをした。

「そろそろ先に行かぬか? カイヤを探すのであろう?」

 えーと。それはもちろん探しに行かなきゃだけど、この幻灯を放っていくの?


「おそらく、何らかの意図があって我々に見せているのだろうが……」

 ハウライト殿下は悩む素振りを見せている。

 ジェーンは殿下に従うつもりなのか、意見はなし。ゼオもどうでもよさそうにしている。


『愛する人と引き裂かれた彼女は、絶望し、一時は死を考えたほどでしたが……』


 そんな観衆の反応に焦ったのか、物語の語り部はちょっと早口になって、


『しかし、その時。奇跡が起きたのです!』


 パッとスポットライトのような光が降りそそいだ。

 画面の中では、金髪の女性が可愛らしい赤ちゃんを抱いている。


『彼女が授かったのは、愛する人に瓜二つの男の子。神様が奇跡を起こしてくださったのだ。そう思った彼女は、産まれた子供をそれは可愛がりました』


「……国母エメラ・クォーツの話だな」

 ハウライト殿下が言った。うんざりしたような、あきれたような、何とも言い難い表情を浮かべて。

「そうなんですか?」

 望まぬ結婚を強いられたの辺りで、もしかしたらと私も思ったけど……。

「そのエメラとやらは不貞を働いたのか?」

 ファイが身もふたもないことを言い出した。

 まあ、ね。産まれた子供の顔が、別れた恋人とそっくり……って、普通はまずいよね。


「いや、それはない」

 しかし予想に反して、ハウライト殿下はきっぱり否定した。「なぜならその恋人とやらは、その頃にはとっくに亡くなっていたはずだからな」

 愛する女性を奪われたことでヤケになったのか、酒浸りになって体を壊したんだって。

 エメラ様のご長男が産まれたのは、それから2年以上も後のこと。不貞など働きようがないし、それを疑う根拠もない。


「国母は夫となった男との間に男子を2人設けた。兄のヘンドリックと、弟のファーデン。そのうち兄の方だけを彼女は溺愛した」

 理由は前述の通り、その顔が別れた恋人にそっくりだったからだが、

「兄と弟の顔立ちは、誰がどう見ても父親似だった。それでも、国母は信じていたそうだ。長男は死んだ恋人の生まれ変わりだと」


 笑えるな、とファイが言った。

 全く面白くもなさそうな顔で、口の端だけを笑みの形に持ち上げて。

「あの兄弟に、左様に厄介な母親が居たとは知らなんだ。我はファーデンのことも、兄のヘンドリックのことも幼い頃より知っておるが」

 2人とも――特にお兄さんの方はまともな人だったらしい。ちょっと頭が固いところはあったけど、誠実で、周りに信頼される人柄で。

 早くに亡くなった父親に代わって若くして家長となり、病がちな母親を支え、幼い弟を養育した。


 親があまりにひどいと、逆に子供がしっかりすることってあるからね。

 身近な例だと、今、目の前に居るハウライト殿下もそうだ。

 彼が真面目で責任感の強い兄となり、カイヤ殿下とクリア姫のことを守ろうとしているように。

 王様のお兄さんも、「厄介な母親」の分まで、自分がちゃんとしなきゃって考えたのかもしれない。


「確かに、ヘンドリック・クォーツは真っ当な人柄だったようだな」

 ハウライト殿下は、何か言いたそうな目でファイをにらんだ。

「その彼も、30年前の政変の犠牲者だ」

「惜しい人材を亡くしたものよのう。官僚としても使える有能な男だったが」

 ファイの言い方は、まるっきり他人事だ。自分も加害者側だということを忘れているかのように。


 なお、私たちがこんな会話を交わしている間も、幻灯は続いている。

 暗幕に映し出されているのは、まさにその「政変」の場面だった。

 大勢の罪なき人々が捕らえられ、お城の北塔に連行されていく。その中に、エメラ様とその長男も居た。


 以前、カイヤ殿下に聞いた話によれば。

 お城勤めをしていた王様のお兄さんは、いち早く危険を察して王都から脱出しようとしたものの、エメラ様が急に体調を崩してしまい――やむなく弟だけを先に逃がして、自分は母親と共に後から逃げようとして。

 ……結果的に、政変の犠牲になった、という話だった。


 しかしながら、彼が具体的にどんな亡くなり方をしたのか、エメラ様がそれをどんな形で知ったのか、私は聞いていない。

 おそらく殿下は、わざと話さなかったのだ。

 だって、目の前の暗幕に映し出されているのは、あまりに惨たらしい――何かの冗談としか思えないような――。


「見るな」

 誰かが、背後から私の目をふさいだ。

「おまえはこんなものを見ちゃダメだ。……大丈夫だから、落ち着いて、深呼吸して」


 気づけば私は、全身に脂汗をかいていた。

 知らず、呼吸も乱れていたようだ。

 言われた通りに深呼吸をして、気持ちを落ち着けようとする。


 大丈夫、大丈夫。あれはただの見世物であって、現実じゃない。

 実際には現実に起こったことなのだとしても、そう思わないと精神こころが耐えられない。


『そうして、彼女の目の前で……、最愛の息子の命は、ゆっくりと失われていき……』


 目を閉じても、声は聞こえる。何だか悲鳴のようなものまで聞こえてくる気がする。

 たくさんの人が、救いを求めて叫んでいる。あれは政変の犠牲者たちの断末魔なのだろうか。


「もういい。やめさせろ」

 ハウライト殿下が命じる。

「承知致しました」

 ジェーンが武器を構える音と、「俺も手伝う」とゼオが前に出る気配。

 布を切り裂くような音がしばらく聞こえて――その間、私の視界はずっと誰かにふさがれたままだった。

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