381 螺旋階段の先に
階段は長かった。10分くらい上り続けても、まだ終わりが見えなかった。
疲れた様子も見せずに歩を進めるジェーンとハウライト殿下の後を追いながら、私は必死でファイのことを問いつめようとした。
「大事な話なんですよ! なんでさっき私の名前呼んだんですか! ちゃんと答えてください」
ファイは階段を上る足は止めぬまま、視線だけをこっちに向けて、せせら笑った。
「ほー、大事な話か。この塔にはおぬしとカイヤに悪意を持つ者がおり、しかもカイヤの安否はわからぬままだというのに。左様な私事の方が、おぬしにとっては大事なのだな」
「……! それとこれとは話が別――」
「カイヤは『妹がさらわれた』とも申しておったのう。おぬしにとっては、仕える主人ではないのか?」
「……っ!」
口ごもる私に代わって、「それは本当か?」とハウライト殿下が問いを挟んできた。
「妹がこの塔に居る、とカイヤが言ったのか?」
「うむ、左様。あやつがこの塔に足を踏み入れたのは、その妹に助けを求められたからだと申しておったぞ」
って、あれ? 話が違わない? 殿下がこの塔に来たのは、魔法の鏡で呼び寄せられたからなのでは……。
「王都に居たはずが、気づいたら塔の前に立っていた、とあやつは言ったぞ」
ああ、そっか。
私も最初から塔の中に居たわけじゃない。気づいたら目の前に塔があって、そこで人型の群れに襲われて、やむを得ず塔に入ったんだ。
「扉はやはり開いておったそうだ。ゆえにあやつは、自分が何者かに誘われていると思ったらしいが――」
1人で足を踏み入れるのは危険だろうと、すぐに王都に引き返すことに決めたんだって。
そういう即断即決はいかにもカイヤ殿下らしいと思う。
しかし殿下が帰ろうとすると、塔の中から助けを求める声がして――。
「それがクリアの声だったというのか?」
確認するハウライト殿下に、ファイはすぐにうなずこうとして、
「……いや、そうとは限らんな。我が聞いたのは、『妹がさらわれた』という言葉だけだ。その妹がリシアの娘かどうかまでは知らん」
言われてみれば確かに、殿下には大勢の妹姫が居るけど……。
「カイヤが危険を顧みずに救おうとする妹といえば、クリア以外の心当たりは1人だな」
ハウライト殿下は苦いため息をついた。
「やはり、フローラもこの件に関わっているのか……」
つまりフローラ姫もこの塔にさらわれて。
……あ、違う。ハウライト殿下は、彼女が黒幕と共謀している可能性も考えてるんだった。
「殿下、出口が見えました」
ジェーンの声が、話に割って入った。「やはり扉があるようです。先程の扉とよく似ています」
螺旋階段の終点まではまだかなり距離があったが、ジェーンは目がいいらしい。
「今度の扉には、カラスと猫とコウモリの絵が彫ってあります」
「白い魔女の使い魔だな」
ファイがつぶやく。「いよいよ、魔法の鏡とご対面か」
実際はそうと決まったわけじゃないけど、この長い螺旋階段といい、「魔女の霊廟」にあったのとそっくりな扉といい、そろそろ親玉が出てくるんじゃないかと思わせる空気はある。
ハウライト殿下が例の「鍵」を取り出し、足を速める。ジェーンがメイスを構えて後に続く。
私も、カイヤ殿下のことはもちろん心配だったし、黒幕の正体も気になるしで、ファイを問いつめるのは一旦やめて、目の前の状況に集中することにした。
そうして、ひらかれた扉の先にあったのは――。