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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
381/410

380 螺旋階段

 大広間から奥に進むと、突き当たりに1枚の扉があった。

 観音開きの石の扉で、狼とトカゲの絵が彫ってある。

 どちらも白い魔女の使い魔だ。あの「魔女の霊廟」の扉もそうだった。

 大きさもほとんど同じだと思う。その扉に向かって、ガーンガーンとメイスを打ちつけているのは、近衛騎士のジェーン・レイテッドだった。

 自分が出している騒音のせいで、気づくのが遅れたんだろう。私たちがかなり近づいてから振り向いて、


「ハウライト殿下! お待ち下さい、あと少しでこの扉を破壊できますので!」


 扉にはヒビひとつ入っていなかったが、ジェーンのメイスで何度も殴られて、表面がボコボコになっていた。これ以上続けたら、扉が歪んでかえって開かなくなったりするかも。

 ハウライト殿下もそう思ったのか、

「少し下がっていてくれ」

とジェーンに言って、取り出した霊廟の鍵を扉に押し当てた。


 ギギィ……と重たい音を立てて、観音開きの扉が左右に開いていく。

 その向こう側には、虚空が広がっていた。


 そこは何もない円筒状の空間で、壁に沿うように細い螺旋らせん階段がついている。

 階段の先は、遙か頭上へと続いていた。

 逆に見下ろせば、足元には底の見えない闇。まるで馬鹿でかい塔の内部のような――いや「ような」っていうか、実際にここは塔だった。


 入ってすぐの場所には窓もある。

 外が見えるのかな? と軽い気持ちでのぞいてみた私は、あまりの高さに足がすくんだ。


「ひえ……」


 視界に広がるのは、青空と雲と、遙か遠くの山々。お城の露台バルコニーから見た景色と似ているが、あれよりさらに高い場所のように感じる。


「すごい景色ですね」

 私の後ろから窓をのぞいてきたジェーンも、「いつのまに、こんな高所まで来ていたのでしょうか?」と首をひねっている。


 遭難しかけていたクロムと違って、彼女は元気そうだった。

 試しに「塔に入ってからどのくらい時間がたったと思うか?」と質問してみると、「2時間弱でしょうか?」という信じがたい答えが返ってきた。

 一緒に塔に入ったはずのクロムは「1週間」って言ったよね? もうわけがわからない。


「時間の歪みとやらについては、考えても仕方ないだろう」

とハウライト殿下が言った。

 それより今は先に進むべきだというお言葉に、ジェーンも力強く同意した。

「殿下はここでお待ち下さい。危険がないかどうか、この先の様子を確認して参ります」


 と、その時。


「おーい、待て待て」


 聞き覚えのある声と共に、2人分の足音が近づいてきた。

 クロムやクロサイト様が追いついてきたのかと思ったら、現れたのは怪しい男2人組。私の感覚としては、ついさっきはぐれたばかりのファイとゼオだった。


「おう、おぬし。無事であったのだな。この男がえらく心配しておったぞ」

 後から駆けてきたゼオは、なぜかファイの頭を軽くはたくと、

「あんた、大丈夫か? ケガはないか」

と早口で問いかけてきた。


「…………」

 私はじっと2人の顔を見比べた。

「? どうした?」

 ファイは平然と見返してきたが、ゼオの方は明らかに目をそらした。

「お2人とも、私に何か隠してませんか」

「何のことだ?」

と聞き返してくるファイに、私はずいと顔を近づけて、

「さっき、はぐれた時。私の名前呼びましたよね? エル、って言いましたよね?」

「だから何だ?」

 何だ、じゃない。ファイは私のことを「小娘」としか呼んだことがない。名前なんて、下手したら覚えてないんじゃないのか。

「見くびるな。名前くらい覚えておるわ。おぬしはエル・ジェイド。シム・ジェイドの娘だろう」

 ファイは堂々と答えて見せたけど、おかしいのは名前の件だけじゃない。

「さっき、私のこと助けようとしましたよね。こう、こっちに手をのばして――」

「はあ? 何だそれは。夢でも見たのではないか?」


 そんなことはない、確かに見た――と言いつのろうとしたら、ジェーンに邪魔されてしまった。メイスを構えてファイの前に立ち、

「生きていたのですね、悪しき先代国王。直ちに逮捕します」

 問答無用、メイスを振り下ろそうとする。一般的に「逮捕」というのは、相手の頭を叩きつぶすことじゃないと思うのだが。

「ちょ、待てって」

 ゼオが間に入っても、ジェーンのメイスは止まらない。彼女にとっては「巨人殺し」のゼオも、同じく「逮捕」の対象なんだろう。


「そこの人物が、カイヤが言っていた『ファイ・ジーレン』とやらか」

 ハウライト殿下の一言には、さすがに止まった。メイスを構えたまま振り向いて、

「はい。カイヤ殿下には見つけ次第、拘束するようにと命じられております」

 ジェーンの答えを聞いたハウライト殿下は、視線を私の方に移し、

「……体は、君の父親のものだという話だったな」

「はい。なので、あまり手荒なことは……」


 一方、私たちのやり取りを聞いていたファイはといえば、脅えるでも逃げるでもなく、偉そうにハウライト殿下を見返した。

「そう言うおぬしは何者だ? 近衛騎士を従えておるということは、そこそこ身分が高い者か」

「こちらは第一王子のハウライト殿下です!」

 だから失礼なことを言うな、というつもりで声を張り上げると、ファイはぽんと手を打って、

「ということは、おぬしもリシアの息子か。なるほど、薄暗い目付きがよく似ておるな」

 さらに失礼なことを言うものだから、危うくジェーンのメイスが父の体を直撃するところだった。


 ハウライト殿下は別に怒りもせず、

「……母に似ていると言われたのは初めてだな」

とつぶやいている。

 お顔立ちは王様似ですしね。王妃様に似ているのは弟のカイヤ殿下の方で――。

「そうか? 実によく似ておるぞ。リシアだけでなく、カイヤにも」

 ほんの少しだけ、ハウライト殿下が驚いた顔をした。


「つまりおぬしは、弟を救うためにこの塔に来たのだな?」

「……その通りだ」

「ならば、急いだ方がいい。おそらくこの階段の先に、この事態を引き起こした何者かが居るはずだ」

 そう言って、ファイはすたすたと螺旋階段に足を踏み入れた。

「魔力の気配が、密度が濃くなっている。『魔法の鏡』があるのはきっとこの先だ」

 ジェーンがかくんと首をかしげた。

「その『何者か』というのが、殿下に仇なす黒幕なのですか?」

「うむ、左様」

「わかりました。それでは、直ちに捕縛して首を取りましょう」


 ジェーンはファイを追い越して螺旋階段を上っていく。

 ……先にハウライト殿下の指示を仰がなくてもいいのだろうか。

 ああ、でも、その殿下も彼女の後から階段を上り始めたから、別にいいのか。


「さて、鬼が出るか、蛇が出るか」

 わくわくしながら後に続くファイと、黙ってついていこうとするゼオ。

「あの!」

 私は2人の背中に向かって声をかけた。「さっきの話の続きなんですが!」

 ゼオは一瞬びくついたものの足を止めることはなく、ファイは「ええい、後にせぬか。今は忙しい」とにべもない。

 そんな言葉でごまかされるわけにはいかない私は、自分も彼らの後について螺旋階段を上り始めた。

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