379 救出部隊
しばらく歩くと、広い場所に出た。
ぱっと見はお城の大広間みたいな感じ。しかし他の場所と同じで調度品のたぐいはなく、もちろん着飾った貴族が舞踏会をひらいていることもなく、代わりに無数の石像が並んでいる。
翼が生えた悪魔の像だったり、首が3つもある猛獣の像だったり。いかにも「動き出して襲うぞ」といわんばかりの石像が――。
……実際に動いて、人を襲っていた。
襲われているのは、近衛騎士の制服をまとった騎士たちだった。
「隊長っ!?」
その中にクロムが居て、こちらに気づくや、必死の形相で駆け寄ってきた。
「すんません、助太刀願います! 俺らじゃもうどうにもなりません!」
部下に助けを求められたクロサイト様は、答える代わりにハウライト殿下を見た。
そしてハウライト殿下が小さくうなずいて見せると、無言で剣を抜き、動く石像の群れに向かっていった。
「はあ、助かった……」
クロムはボロボロだった。怪物と戦ったせいかもしれないが、それだけでもないように見える。服も汚れているし、無精ひげものびている。まるで何日も遭難していたかのような有様だ。
ハウライト殿下も同じことに気づいたんだろう。
「確認だが、おまえたちはここでどのくらいの時間迷っていた?」
「はあ? どのくらいって……。もうよくわかりませんや。下手したら1週間とかですか?」
そこまで? と私は声には出さずに思った。
真面目な話、私が魔法の鏡でこの塔に連れてこられてから、まだ1日も経過してない気がするんだけど……。あ、でも、しばらく気絶してたから、その間のことはわからないか。
ハウライト殿下も眉間にしわを寄せて、
「よく無事で居られたな。多少の水や食糧は持っていたにせよ、さすがに1週間分はなかっただろう」
「ああ、それは。さっき、警官隊の奴らがここを通りかかって……」
遭難寸前のクロムと騎士たちに、手持ちの水や食糧をわけ、介抱してくれたのだという。
言われてみれば、怪物と戦っているのは騎士たちだけじゃない。警官隊の青い制服をまとった男女が、乱戦の中に何人かまぎれている。
「ジャスパー・リウスは居たか? 彼とはしばらく前まで行動を共にしていたのだが」
クロムはハウライト殿下の問いに首をひねって、
「あのじいさんなら、あそこに――」
と、広間の奥の大階段を指差した。
イケメンの王子様と、美しく着飾った王女様が、手に手を取って下りてきそうなロマンチックな階段の下で。
1人の老人が、護身用なのか歩行用なのか、金属製の杖をぶん回しながら吠えている。
「貴っ様ぁ!! 今までどこで何をしておった、この愚か者がぁ!!!」
「ごめんなさい、ご隠居、ごめんなさい!」
その老人に首ねっこをつかまれて説教されているのは、動きやすそうな暗色の装束を身につけた少年――カルサだ。
「謝って済むと思うてかぁあ!! わしに黙って仕事を受けた上、いったい何日、姿をくらませておった!?」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
何だろう、このカオスな状況。私はどうすればいいのかな。
あっけにとられていたら、「あれー、エルさん?」と声がした。
視線を上げれば、警官隊の制服を着た女性が――ジャスパー・リウスのひい孫のユナが、こっちに駆けてくるところだった。
途中でハウライト殿下の姿に気づき、
「あ、ハウルも一緒だった? よかった、無事だったんだね」
「君も無事なようで何よりだが……。あの状況は?」
殿下がジャスパー・リウスとカルサの方を見ると、ユナは「あー」と困った顔をして、
「えっと、気にしなくていいよ。ちょっとしたすれ違いっていうか、親子げんかみたいなものだから」
「……そうなのか」
「うん。うちのじいさんのことは放っておいて。今は頭に血が上って、ここに来た目的とかも多分忘れてるから」
「……そうか。わかった」
いや、放っておいていいの? と私は思ったが。
ハウライト殿下は冷静そのものの顔で周囲の状況を見回して、それから大広間の奥にのびる1本の通路に目を留めた。
「あの先に何があるか、君は知っているか?」
ユナは殿下が指差した方を確かめて、
「ああ、うん。なんかすごく怪しい扉があったんだ」
「怪しい扉?」
「そう。この塔の入り口にあった扉とそっくりで、だけど押しても引いても開かないんだよね。いっそ壊してみようかって話になって――」
騎士たちの1人が、持っていたメイスを扉に打ちつけたところ、突如、大広間の石像が動き出し、襲いかかってきた、という成り行きだったそうだ。
「入り口の扉とよく似た扉、か。ならば、この鍵があれば開くかもしれんな」
ハウライト殿下が懐から取り出したのは、1本の短剣。
その柄の所にはまっている、「魔女の紋章」を象ったペンダントが、離宮の王妃様から借り受けた「霊廟の鍵」である。
確かクリア姫が持ってたはずだけど、この塔に来る前に預かってきたのかな。
「行くの? なら、案内するよ」
「ああ、頼む」
ユナが先に立ち、ハウライト殿下がその後に続こうとする。
「ちょ、待ってください」
と、止めたのはクロムだった。
「行くって、この広間を突っ切っていく気ですか? いくら何でもヤバすぎますって」
広間ではいまだ動く石像の群れが暴れ、騎士や警官たちとの間で、激しい戦いが続いている。
「もうちょっと待てば、多分、隊長が化け物どもを片付けてくれるはず――」
クロムのセリフが終わるのを待たず。
広間の入り口、さっき私たちが通ってきた廊下の方から、ガシャッ、ガシャッと不吉な足音が聞こえ始めた。
クロムが硬直し、ハウライト殿下が「わかるだろう」と嘆息する。
「この塔は見た目より遙かに危険な場所だ。のんびりしていたら、『姿なき魔女』とやらの悪意に飲まれるだけだ」
その言葉を肯定するように、背後から聞こえる足音がガシャガシャと勢いを増した。
「行こう!」
ユナが叫んで、走り出す。私とハウライト殿下とクロムも後に続く。
が、クロムだけは途中で方向転換して、近づく足音の方に向き直った。
「クロムさん!? 何やってるんですか!?」
私が急ブレーキをかけると、彼は「いいから、行け」とばかりに手を振った。
「足止め役が居なけりゃ、すぐに追いつかれるだろ! ここは任せて行け! 殿下を頼んだぞ!」
って、何を急にカッコイイこと言い出してるんですか。頼まれたところで、私は無力なメイドなんですけどね?
「魔女に名指しされるような女が、無力なわけねえだろうが! 早く行け! そんで囚われのお姫様をさっさと助けて来い!」
囚われのお姫様って、もしかしなくてもカイヤ殿下のことかなあ。
くどいようだが、私はただのメイドで、騎士様とかじゃなくて……ああもう、いいや。今はグダグダ言ってる場合じゃない。
「死なないでくださいよ! そんなことになったら、殿下が悲しみますからね!」
クロムの背中に一声かけてから先に進もうとしたら、
「いやいや、1人じゃ無理でしょ」
と言って、ユナが戻ってきた。警官隊の特殊警棒を腰から抜いて、
「あたしも残るよ。エルさんはハウルと先に行って」
「ユナ……」
さすがにためらいを見せるハウライト殿下に、
「だいじょーぶ、あたし強いから。ハウルは早くカイヤのこと助けてあげて」
「……すまない」
2人をその場に残し、私とハウライト殿下は広間の奥を目指して走った。
乱戦が続く広間を駆け抜けて――。
途中で大階段のそばを通ったので、カルサに声をかけようか少し迷ったが、
「この、大馬鹿者……っ! わしが、わしが、どれほど心配していたと思って……っ!」
人目も憚らずに泣くジャスパー・リウスと、半ば呆然と立ち尽くしているカルサの姿を見て、今はそっとしておいた方がいいと思った。
この状況でそっとしておくのか、という突っ込みはしないでほしい。
たとえ、そこが怪しい塔の中でも。
魔法で作られた石像が周囲を飛び交っていても。
部外者が首を突っ込むべきじゃない、そういう時というのはやはりあると思うのだ。
できれば、2人がちゃんと話をして。
誤解やすれ違いを解消して仲直りができればいい、と私は願った。