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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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379 救出部隊

 しばらく歩くと、広い場所に出た。

 ぱっと見はお城の大広間みたいな感じ。しかし他の場所と同じで調度品のたぐいはなく、もちろん着飾った貴族が舞踏会をひらいていることもなく、代わりに無数の石像が並んでいる。

 翼が生えた悪魔の像だったり、首が3つもある猛獣の像だったり。いかにも「動き出して襲うぞ」といわんばかりの石像が――。


 ……実際に動いて、人を襲っていた。


 襲われているのは、近衛騎士の制服をまとった騎士たちだった。

「隊長っ!?」

 その中にクロムが居て、こちらに気づくや、必死の形相で駆け寄ってきた。

「すんません、助太刀願います! 俺らじゃもうどうにもなりません!」

 部下に助けを求められたクロサイト様は、答える代わりにハウライト殿下を見た。

 そしてハウライト殿下が小さくうなずいて見せると、無言で剣を抜き、動く石像の群れに向かっていった。


「はあ、助かった……」

 クロムはボロボロだった。怪物と戦ったせいかもしれないが、それだけでもないように見える。服も汚れているし、無精ひげものびている。まるで何日も遭難していたかのような有様だ。

 ハウライト殿下も同じことに気づいたんだろう。

「確認だが、おまえたちはここでどのくらいの時間迷っていた?」

「はあ? どのくらいって……。もうよくわかりませんや。下手したら1週間とかですか?」

 そこまで? と私は声には出さずに思った。

 真面目な話、私が魔法の鏡でこの塔に連れてこられてから、まだ1日も経過してない気がするんだけど……。あ、でも、しばらく気絶してたから、その間のことはわからないか。


 ハウライト殿下も眉間にしわを寄せて、

「よく無事で居られたな。多少の水や食糧は持っていたにせよ、さすがに1週間分はなかっただろう」

「ああ、それは。さっき、警官隊の奴らがここを通りかかって……」

 遭難寸前のクロムと騎士たちに、手持ちの水や食糧をわけ、介抱してくれたのだという。

 言われてみれば、怪物と戦っているのは騎士たちだけじゃない。警官隊の青い制服をまとった男女が、乱戦の中に何人かまぎれている。


「ジャスパー・リウスは居たか? 彼とはしばらく前まで行動を共にしていたのだが」

 クロムはハウライト殿下の問いに首をひねって、

「あのじいさんなら、あそこに――」

と、広間の奥の大階段を指差した。


 イケメンの王子様と、美しく着飾った王女様が、手に手を取って下りてきそうなロマンチックな階段の下で。

 1人の老人が、護身用なのか歩行用なのか、金属製の杖をぶん回しながら吠えている。


「貴っ様ぁ!! 今までどこで何をしておった、この愚か者がぁ!!!」

「ごめんなさい、ご隠居、ごめんなさい!」


 その老人に首ねっこをつかまれて説教されているのは、動きやすそうな暗色の装束を身につけた少年――カルサだ。


「謝って済むと思うてかぁあ!! わしに黙って仕事を受けた上、いったい何日、姿をくらませておった!?」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 何だろう、このカオスな状況。私はどうすればいいのかな。


 あっけにとられていたら、「あれー、エルさん?」と声がした。

 視線を上げれば、警官隊の制服を着た女性が――ジャスパー・リウスのひい孫のユナが、こっちに駆けてくるところだった。

 途中でハウライト殿下の姿に気づき、

「あ、ハウルも一緒だった? よかった、無事だったんだね」

「君も無事なようで何よりだが……。あの状況は?」

 殿下がジャスパー・リウスとカルサの方を見ると、ユナは「あー」と困った顔をして、

「えっと、気にしなくていいよ。ちょっとしたすれ違いっていうか、親子げんかみたいなものだから」

「……そうなのか」

「うん。うちのじいさんのことは放っておいて。今は頭に血が上って、ここに来た目的とかも多分忘れてるから」

「……そうか。わかった」


 いや、放っておいていいの? と私は思ったが。

 ハウライト殿下は冷静そのものの顔で周囲の状況を見回して、それから大広間の奥にのびる1本の通路に目を留めた。

「あの先に何があるか、君は知っているか?」

 ユナは殿下が指差した方を確かめて、

「ああ、うん。なんかすごく怪しい扉があったんだ」

「怪しい扉?」

「そう。この塔の入り口にあった扉とそっくりで、だけど押しても引いても開かないんだよね。いっそ壊してみようかって話になって――」


 騎士たちの1人が、持っていたメイスを扉に打ちつけたところ、突如、大広間の石像が動き出し、襲いかかってきた、という成り行きだったそうだ。


「入り口の扉とよく似た扉、か。ならば、この鍵があれば開くかもしれんな」


 ハウライト殿下が懐から取り出したのは、1本の短剣。

 そのつかの所にはまっている、「魔女の紋章」をかたどったペンダントが、離宮の王妃様から借り受けた「霊廟の鍵」である。

 確かクリア姫が持ってたはずだけど、この塔に来る前に預かってきたのかな。


「行くの? なら、案内するよ」

「ああ、頼む」

 ユナが先に立ち、ハウライト殿下がその後に続こうとする。

「ちょ、待ってください」

と、止めたのはクロムだった。

「行くって、この広間を突っ切っていく気ですか? いくら何でもヤバすぎますって」

 広間ではいまだ動く石像の群れが暴れ、騎士や警官たちとの間で、激しい戦いが続いている。

「もうちょっと待てば、多分、隊長が化け物どもを片付けてくれるはず――」

 クロムのセリフが終わるのを待たず。

 広間の入り口、さっき私たちが通ってきた廊下の方から、ガシャッ、ガシャッと不吉な足音が聞こえ始めた。


 クロムが硬直し、ハウライト殿下が「わかるだろう」と嘆息する。

「この塔は見た目より遙かに危険な場所だ。のんびりしていたら、『姿なき魔女』とやらの悪意に飲まれるだけだ」

 その言葉を肯定するように、背後から聞こえる足音がガシャガシャと勢いを増した。

「行こう!」

 ユナが叫んで、走り出す。私とハウライト殿下とクロムも後に続く。


 が、クロムだけは途中で方向転換して、近づく足音の方に向き直った。

「クロムさん!? 何やってるんですか!?」

 私が急ブレーキをかけると、彼は「いいから、行け」とばかりに手を振った。

「足止め役が居なけりゃ、すぐに追いつかれるだろ! ここは任せて行け! 殿下を頼んだぞ!」

 って、何を急にカッコイイこと言い出してるんですか。頼まれたところで、私は無力なメイドなんですけどね?

「魔女に名指しされるような女が、無力なわけねえだろうが! 早く行け! そんでとらわれのお姫様をさっさと助けて来い!」


 囚われのお姫様って、もしかしなくてもカイヤ殿下のことかなあ。

 くどいようだが、私はただのメイドで、騎士様とかじゃなくて……ああもう、いいや。今はグダグダ言ってる場合じゃない。


「死なないでくださいよ! そんなことになったら、殿下が悲しみますからね!」

 クロムの背中に一声かけてから先に進もうとしたら、

「いやいや、1人じゃ無理でしょ」

と言って、ユナが戻ってきた。警官隊の特殊警棒を腰から抜いて、

「あたしも残るよ。エルさんはハウルと先に行って」

「ユナ……」

 さすがにためらいを見せるハウライト殿下に、

「だいじょーぶ、あたし強いから。ハウルは早くカイヤのこと助けてあげて」

「……すまない」


 2人をその場に残し、私とハウライト殿下は広間の奥を目指して走った。

 乱戦が続く広間を駆け抜けて――。

 途中で大階段のそばを通ったので、カルサに声をかけようか少し迷ったが、


「この、大馬鹿者……っ! わしが、わしが、どれほど心配していたと思って……っ!」


 人目もはばからずに泣くジャスパー・リウスと、半ば呆然と立ち尽くしているカルサの姿を見て、今はそっとしておいた方がいいと思った。


 この状況でそっとしておくのか、という突っ込みはしないでほしい。

 たとえ、そこが怪しい塔の中でも。

 魔法で作られた石像が周囲を飛び交っていても。

 部外者が首を突っ込むべきじゃない、そういう時というのはやはりあると思うのだ。


 できれば、2人がちゃんと話をして。

 誤解やすれ違いを解消して仲直りができればいい、と私は願った。

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