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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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377 塔の迷宮

 それから私たちは、迷宮のような通路をひたすら歩き続けた。

 通路は複雑に分岐していた。

 十字路があれば三叉路もあり、五叉路があれば七叉路もあって。

 地図を作った方がいいんじゃ、なんて話も出たが、すぐに無駄だと結論づけるしかなかった。

 こんなデタラメな通路、どうせ魔法の産物なんだろうし。マッピングなんてしたところで、建物の形そのものが変わってしまったら意味がない。


 途中には階段もあって、私たちは何度も上ったり下りたりした。

 体力には自信がある方だけど、これはかなりキツイ。延々と続く薄暗い通路を彷徨さまよい歩くのは、心と体の両方を疲弊させる。

 体感で2時間は経過した頃、ついに私は音を上げた。


「あの。ちょっと休憩しませんか?」

 ゼオが慌てた様子で足を止め、「あ、悪い。あんたは疲れたよな」

 旅装束の中から水筒らしきものを取り出し、私に差し出してくる。

「水だ。何なら保存食もある」

「……いいんですか?」

「ああ。遠慮なんてするなって」

「ありがとうございます」

 もらった水で喉をうるおし、干し肉をかじっていると、ファイが「情けないのう」とあきれ顔をした。

「まだ小1時間もたっておらぬだろうに、もう疲れたと申すか」

 私とゼオは、「は?」と声をそろえた。


「いえ、どう考えても2時間はたってますよね?」

「下手したら半日くらいは過ぎたんじゃねえか?」


 今度は意見が合わず、私とゼオは顔を見合わせた。


「さすがに半日は言い過ぎでは?」

「あー、そうか? 俺の感覚では4、5時間は軽く過ぎてるような気がするんだが……」


 再度「?」と顔を見合わせる。

 もしかするとこれがファイが言うところの、「時間の歪み」ってやつなんだろうか。


 私はファイの顔を見た。多分、頼まなくても勝手に解説を始めるだろうと思ったからだ。

 しかし予想に反して、彼は何も言わなかった。じっと私の顔を見ながら、黙って立っているだけだ。


「……どうかしましたか?」

 こちらから声をかけると、彼はハッと表情を強張らせた。

「あ、ああ、すまん。何でもない」

「?」

「それより、我も腹がへったぞ。その干し肉をよこせ」


 偉そうにと顔をしかめつつ、それでも友人の体を飢えさせるわけにはいかないと思ったのか、ゼオは素直に干し肉を分け与えた。

 3人でもぐもぐと口を動かしながら、通路の途中で休憩していると。


「……呪われろ……」


 ずっと上の方から、こだまのように。


「永遠に迷い続けろ……。絶望して果てろ……」


 またあの声が響いて、私たちは頭上を振り仰いだ。


「今の、聞こえましたか?」

「ああ、聞こえた。また呪われろとか言ってたな」

「女の人の声でしたけど、先代のお妃様とは違う声でしたよね?」

「そうか? 同じじゃなかったか?」


 私とゼオのやり取りを聞いて、ファイは何事かを思いついたようだった。

「あの声の主は、先代国王である我のことをことのほか恨んでいるようだったのう」

 そうですね。虐殺者とか悪の王とか呼んでましたし。

「いっそ、二手に分かれるか」

 はい?

「このまま我と同行しておれば、おぬしらも共に迷い続ける可能性が高い。うまくいくかはわからぬが、試しに1度離れてみるのも良いかもしれん」

 って、そんな。ファイはともかく、父の体を置いてけないし。


「この塔は魔法の産物だ。その力の源となっているのは、魔女の七つ道具のひとつ、『魔法の鏡』である可能性が高い」

 つまり、この塔から出るためには、鏡を持っている何者かを見つけ出してどうにかする必要があるとのこと。


「そういうわけだから、おぬしが行ってこい」

と、ファイが指名したのはゼオだった。

「俺かよ!?」

「左様。この3人の中で、最も可能性が高いのはおぬしだ。我は恨まれておるし、そこの小娘にしても、わざわざ魔法の力で塔に招かれたほどだ」

 つまりは鏡の持ち主に執着されているということで、私とファイが別行動をとってもあまり意味がない。

「その点、おぬしは部外者であろう? 我らと離れれば、あの声の主の監視から逃れることができるやもしれぬぞ」

「……っ!」

 ゼオはファイの言葉に一瞬迷いを見せたが、「待て待て。今の話だと、あんたらを2人きりにして置いて行けってことかよ」

 それはできない、ときっぱり拒否して見せる。


「俺はてめえのことなんてこれっぽっちも信用してねえんだよ。目を離したらまた逃げるかもしれねえし――」

「たわけが。この状況でどこに逃げるのだ」

「シムの娘と2人きりにするのもダメだ! だいたい、その鏡の持ち主とやらをどうやって探せってんだ」

「そこは己の頭で考えて何とかせい。要は『魔法の鏡をその手に持っている者』だ。それらしい人間を見掛けたら鏡を奪え。もしくは首をとれ」

「簡単に言うんじゃねえ! だいたい俺は、殺しはもう廃業したんだよ!」

「ならば締め上げるだけでもよいわ。ただし、鏡の方は絶対に傷つけるでないぞ。貴重な秘宝なのだからな」


 ゼオとファイがぎゃあぎゃあ言い合っているのを眺めていたら、また頭上からあの声が響いた。


「……愚か者どもめ……」


 気のせいでなければ、ちょっとイライラした声で、


「もっと恐れろ……。絶望し、震えるがよい……。貴様らはもう現世うつしよに帰ることあたわず……。無限の闇にとらわれ、彷徨さまよい歩くのみ……」


「うるせえよ」

とゼオが毒突く。

「芸のない脅し文句をつらつら並べるでないわ。秘宝の力に頼らねば何もできん小物が」

 ファイが悪態をつくと、頭上で何かがぶちっとキレる音がした。


 直後、足元が揺れた。

 ぐらぐらと、特大の地震みたいに揺れて――や、違う。まるで生き物みたいに、廊下がうねっているのだ。

 硬質の床が、あたかも巨大な蛇の背中にでも変わったかのように、ぐねぐねと不規則に動く。

 そこに立っていた私は、たまらず倒れて、転がって。


「エルっ!」

 誰かが私の名を呼んだ。

 そちらを見やれば、同じように床に倒れたファイが居た。彼は必死の形相で私に手をのばし、

「大丈夫か!? 今助けるから――」


 ファイ? ……いや、あれは、まさか。


「父さ――」


 呆然とつぶやいた時、全身に衝撃を感じた。


 うねる床が私を押し流し、どこかに運んでいく。

 石の壁と床が交互に視界をよぎる。

 2人がどうなってるのかなんて、確かめる暇もない。

 まるで小石みたいにころころ転がされて、あっちこっちにぶつかって、普通に痛いわ、苦しいわ。下手したら死ぬんじゃないかと思った。


 最後はがつんと後頭部を打って、意識が遠ざかった。

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