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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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376 鏡の中から2

「愛しいあなた……。アダムス様……。どうか、私をここから出してくださいませ……」


 私は思わず、隣に居るファイの顔を凝視した。

 アダムスとは彼の本名。そして鏡の中から「あなた」と呼んでいるのは、いかにも身分が高そうな女性に見える。


「あの方は、もしや……?」

 先代国王の関係者、おそらくは王妃様なのでは?

「知らん。誰だ?」

 って、ちょっと。なんでそんな心当たりがない、みたいな顔してるの?


 ファイはすたすたと鏡に近づいていくと、じっと鏡の中の女性を見つめてからこちらに向き直り、

「この者はもしや、我が妻なのか?」

 それをこっちに聞く? あいにく先代の王妃様の顔とか、肖像画でも見たことないんだけど。

 ゼオもあきれ顔で、

「嫁の顔も覚えてないとか、どんだけボケてんだよ」

と突っ込みを入れる。


 鏡の中の女性も一瞬唖然として、それから見る間に憤怒の形相になった。

「この、人でなし……っ!」

 うん。私もそう思う。

 しかし当の人でなしはなぜか不本意そうな顔をして、

「我と妃は形だけの夫婦であったのだ。籍を入れた後もろくに顔を合わせておらぬし、何より最後に会ってから30年もたつのだぞ」

 説明のような弁解のようなことを言うものだから、鏡の中の女性はますます怒った。


「恥知らず! 人間のクズ! 罪なき人々の命を奪った虐殺者めが!」

「……? 虐殺をしたのは、主におぬしの実家であるアジュール家のはずだが……」

「貴様の、貴様のせいで! 多くの血が流れた! 大勢が不幸になった! その罪、万死に値する! 何度地獄に落ちても、償いきれはしまい――」

「…………」

 しばし女性の言葉に耳を傾けていたファイは、やがておもむろに口をひらいた。

「おぬし、誰だ? 妃ではないな?」

 ぴたりと、鏡の中の女性が固まった。

「おぬしの言葉からは強い恨みを、怨念を感じる。おそらくはあの政変を経験し、何らかの被害を受けた者であろう」

 わなわな。鏡の中の女性が震える。美しかった顔も大きく歪んで、目は血走り、頬はこけ落ち、やつれて老婆のようになって――。

「我を虐殺者と呼ぶなら、まずは名乗るがいい。おぬしはどこの誰で、あの政変で誰を亡くした。全て答えてみよ」


 唐突に、鏡が割れた。

 ピシッ……と石でもぶつけたみたいに、蜘蛛の巣状にひび割れて。

「シム!」

 ゼオが叫んで、ファイに飛びつく。一瞬後、鏡が砕け散り、彼が立っていた場所に破片となって降りそそぐ。


「呪われろ……、忌まわしき悪の王めが……」


 その声は鏡のあった場所ではなく、どこか遠くの方から聞こえた。


「永遠に彷徨さまよい続けろ……。骨になるまで……。灰になるまで……」


 急に、辺りの風景が歪み始めた。

 整然と本棚が立ち並ぶ図書館の姿はかすんで消えて、代わりに現れたのは、どこかの迷宮のような薄暗い通路。

「え……」

 私は前後左右を見回した。

 通路には点々とたいまつが灯っている。無機質な石壁が前にも後ろにも続き、天井は闇に隠れて見えない。

「何だ、これ……」

 ゼオもあっけにとられた顔で周囲を見回している。


 一方、ファイは「ふーむ」と首をひねっていた。

「いったい何者であろうな。我を恨む者なら、心当たりは星の数ほどあるが……」

 彼は目の前の景色が急に変わったことより、鏡の中に居た女性の正体が気になるらしい。

 ふいに「小娘」と私に呼びかけてくると、

「おぬしが話していた『姿なき魔女』とやらは、カイヤに悪意をいだいているのであったな?」

「あ、はい」

 あの儀式の時にも狙ってきたし、脅迫状では名指しでこの塔に呼び出そうとした。あの魔女が何者であれ、殿下に良くない感情を持っていることだけは間違いないと思う。


「我とあやつの両方に悪意を持つ者……か。つまるところ、憎いのは王家か?」


 その言葉で、私は「あ」と思った。

 一応、容疑者というか、怪しい人は居るんだよね。脅迫状では誘拐されたことになっている、今回の件の黒幕だったとしても驚かないと宰相閣下が言った人。


「国母のエメラ・クォーツ様はご存知ですか?」

「いや、知らん。……国母、ということはファーデンの母親か?」


 私はかくかくしかじかと説明した。

 エメラ様が望まない結婚をさせられたことや、あの政変でご長男を亡くされたこと。彼女は王家を憎んでいたらしく、何の責任もないはずのカイヤ殿下にまで恨みを向けていたことも。


「国王の母親ならば、城に出入りすることもできような。宝物庫から魔女の七つ道具を持ち出すことも、あるいは可能かもしれん」

 ファイは私の言葉にひとつうなずいて、

「あのルティとかいう小娘は、確かファーデンの娘であったな? つまり、その女にとっては孫か」

 ルティじゃなくてルチル姫ね。国母が宝物庫から杖を持ち出して、何らかの目的で孫娘に与えたってこと?


 私たちが話し合っていると、「おい、あんたら」とゼオが口を挟んできた。


「のん気に話し込んでる場合なのか? さっきの鏡の中の女、聞き間違いじゃなければ、『永遠に彷徨い続けろ』とか言ってた気がするんだが」

『…………』

 言ってましたね、確かに。

 で、目の前に広がるのは、いかにも「ここで迷え」と言わんばかりの無機質な通路。


「まるで迷宮だな」

とファイが言った。「我らを迷わせ、絶望させるのが目的の場所だとしたら、いくら探したところで出口はないかもしれん」

 そんな洒落にならないことを、平然と口にしないでほしい。

 ゼオも冷たく目を細めて、

「どうすんだよ」

とファイをにらんだ。


「選択肢は2つ。あきらめずに出口を探すか、何もせずに助けを待つかだ」

「はあ? 助け?」

「おぬしや我はともかく、そこの小娘には家族もおるのだろう? 共に塔に入った、あのカルサとかいう小僧にも。王族のカイヤは言わずもがな。あやつがこの場所に居るとわかれば、いずれ救出部隊が組織されるのではないか?」


 それはそうなるでしょうけど。ハウライト殿下や宰相閣下が、カイヤ殿下を見捨てるなんてありえないけど。


「どうやって助けるんだよ」

 ゼオが突っ込む。「こんなわけのわからん場所、普通の騎士様を派遣したところでどうにもできねえだろ」

 ファイも首肯して、

「魔法には魔法を。他の七つ道具を使うか、あるいはリシアめを離宮から引っ張り出してくるか、だな」

 前者はともかく、あの王妃様がお神輿みこしを上げてくださることはおそらくないと思う。

「本当に出口がないかもわかりませんし……。ひとまず移動しませんか?」

 ただ待っているのは性に合わないし、案外簡単に出られるかもだし。

 私の提案に、ゼオはすぐにうなずき、ごねるかと思ったファイも「そうだな、そうするか」とあっさり同意して見せた。

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