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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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374 不本意な再会2

「何だ、おぬしも来ておったのか?」

というのが、ファイの第一声だった。

 自分に組みついていたゼオの体を押しのけ、気楽な足取りでこちらにやってくると、

「この建物の中は巡ってみたか? 魔法が満ち、時が乱れ、空間が混じり合っておる。いったい何者の仕業しわざであろうか。実に興味をそそられる現象よのう」


 笑うその顔は、私の父の顔。

 語るその声も、私が子供の頃に聞いた父の声だ。

 正確にはその声の上に、別の男の声がエコーのようにかぶさっている。

 ……確か、ルチル姫の時もそうだった。カナリヤのような美声に、男の声が重なって。


「父を返してください」

と私は繰り返した。

 怒りで頭が沸騰しそうなのに、一方では寒気がする。

 気持ち悪くて仕方ない。目の前でしゃべっている男は、父なのに父じゃない。その違和感に、私はこみ上げる吐き気を必死でこらえていた。


「返す? どうやってだ?」

 ファイのまなざしが、冷ややかに細められた。

「我が出て行けば、この男はまた眠り続けるだけ。動かぬ父親の体を手に入れてどうしたいのだ。どこぞに飾ってでもおく気か?」

「……っ!」

「おぬしの父親がこうなったのは、黒い魔女に願い事をしたからであろう。その代償として死ぬまで眠り続けるしかなかったところを、こうして動き回れるようになったのだ」

 むしろ感謝しろと言われて、私はぶちキレた。


 ファイにつかみかかり、力の限りぶん殴ろうとする。が、「よせ!」とゼオに止められてしまった。

「なんで邪魔するんですか!?」

 あなただって父の友達でしょうに。

 体を盗まれて、好き放題言われて、怒りを感じないのか。


「そういうやり取りはもう、あの日にやり尽くしたんだよ!」


 あの日とは、父の体をファイが「魔女の霊廟」から持ち逃げした日のことで。

 ファイの後を追いかけたゼオは、彼を捕まえて脅したり問いつめたり、今の私のように殴ろうともしたらしい。


「けど、意味ねえんだよ。こいつを殴っても、傷つくのはシムの体だ」

 歯ぎしりしそうな顔でファイの方をにらみ、

「このふざけた野郎をシムから追い出す方法があるっていうなら、何でもやってやるがな!」

 しかし、そんな方法を彼は知らない。

 無論のこと、私も知らない。

 やり場のない怒りを抱えて、私とゼオは沈黙し。


「納得したならば聞かせよ、小娘。おぬしはなぜ、この場所に居る?」

 当のファイは、全然さっぱり、空気を読まない。それどころか興味深そうに瞳を輝かせて、

「もしや、この塔が何なのかを知っておるのか?」


 私は少しだけ脱力してしまった。

 この人にとっては、自分の知的好奇心を満たすことだけがとにかく大事で、他は全部どうでもいいのだとわかってしまったからだ。


 言うまでもなく、私はこれっぽっちも納得なんてしてない。

 が、ここでいくら怒って見せても、ファイには通じないのだろう。


 そんな徒労に時間をついやすくらいなら――。


 早くこの塔を出よう。そしてファイをふん縛って、カイヤ殿下の所に連れて行くのだ。

 それでどうにかなるとは限らないけど、たとえば王家の秘宝「魔女の七つ道具」の力を借りることができたなら、ファイの魂を父の体から追い出すこともできるかもしれない。

 秘宝を私用で使わせてもらえるのかとか、そういう問題はまた置くとしてね。


 すーはーと深呼吸をして、私は父の顔をした先代国王と向き合った。

 怒りはある。それはもう激しく。

 でも、露骨に敵対した態度をとって、また逃げられては元も子もない。少なくとも塔を出るまでは、この人を見張っておかなきゃ。


「この塔が何なのかというご質問については、多少の心当たりがあります」


 おお? とファイの顔が期待に輝く。


 あれは父じゃない、父じゃない。

 表情とか話し方とか全然違うし、声だって怪しいエコー付きだ。

 よく似ているだけの他人だと思おう。じゃないと、頭が変になってしまう。


「ご希望なら、お答えします。ただ、先にこちらの質問に答えていただけますか」

「何だ」

「カルサはどこですか? あなたと一緒に塔に入ったはずの――」


 さっき話し声がしてたよね? よく聞こえなかったけど、2人以上はこの場に居たはずだ。


「知らんな」

とファイはにべもなく答えた。

「確かに共に塔に入ったが、今どこに居るのかは知らん。気づいたららんようになっていた」

 そんないい加減な、と私が抗議するより早く、ファイはふと何かを思い出したような顔をして、

「それより、少し前にリシアの息子を見たぞ」

 一瞬ぽかんとして、意味が理解できると同時にぎょっとした。

「って、まさか! それってカイヤ殿下のことじゃ――」

「うむ、左様。話しかけたのだが、何やらひどく急いでいる様子でな。妹がさらわれた、助けに行かねば、と申しておった」

「なあっ!?」

 クリア姫がさらわれた? いったいどうしてそんなことに。


 私が目を剥いていると、横で話を聞いていたゼオが、

「それって本物か?」

と口を挟んできた。「シムの所のじいさんはニセモノだったよな?」


 ……言われてみれば、確かに。


 冷静さを取り戻した私は、あらためてファイに尋ねた。

「その、あなたが見掛けた殿下は、鏡の中に居て助けを求めてきたりしましたか?」

 ファイは「何だそれは?」と首をひねった。

「普通に自分の足で歩いておったぞ。ひどく疲れた様子で、もう丸1日は迷い続けていると話していたな」

 丸1日? ……や、それはおかしいでしょう。

 私は今日の昼、殿下に会っている。この塔に来たのが真夜中で、それからまだ2時間もたってないはずだし。

「先程申したであろう。この塔は歪んでいるのだ。空間だけでなく、時間もな」

 当たり前のような顔をして言われても、何のことやらさっぱりなんですが?


「と、とにかく……。その場所に案内してください」

 殿下と姫様が、こんなわけのわからない塔に来ている(かもしれない)っていうなら、放ってはおけない。

「構わんが、我の質問にも答えよ。この塔が何なのか、心当たりがあると申したであろう?」

「それは――」

 姿なき魔女のこととか、脅迫状のこととか。一から全部話したら時間がかかってしまう。

「姫様たちのことが心配なので……。移動しながら話す、ということでもよろしいでしょうか?」

 妥協案を出すと、ファイは「まあ、よかろう」とあっさりうなずいて見せた。

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