374 不本意な再会2
「何だ、おぬしも来ておったのか?」
というのが、ファイの第一声だった。
自分に組みついていたゼオの体を押しのけ、気楽な足取りでこちらにやってくると、
「この建物の中は巡ってみたか? 魔法が満ち、時が乱れ、空間が混じり合っておる。いったい何者の仕業であろうか。実に興味をそそられる現象よのう」
笑うその顔は、私の父の顔。
語るその声も、私が子供の頃に聞いた父の声だ。
正確にはその声の上に、別の男の声がエコーのようにかぶさっている。
……確か、ルチル姫の時もそうだった。カナリヤのような美声に、男の声が重なって。
「父を返してください」
と私は繰り返した。
怒りで頭が沸騰しそうなのに、一方では寒気がする。
気持ち悪くて仕方ない。目の前でしゃべっている男は、父なのに父じゃない。その違和感に、私はこみ上げる吐き気を必死でこらえていた。
「返す? どうやってだ?」
ファイのまなざしが、冷ややかに細められた。
「我が出て行けば、この男はまた眠り続けるだけ。動かぬ父親の体を手に入れてどうしたいのだ。どこぞに飾ってでもおく気か?」
「……っ!」
「おぬしの父親がこうなったのは、黒い魔女に願い事をしたからであろう。その代償として死ぬまで眠り続けるしかなかったところを、こうして動き回れるようになったのだ」
むしろ感謝しろと言われて、私はぶちキレた。
ファイにつかみかかり、力の限りぶん殴ろうとする。が、「よせ!」とゼオに止められてしまった。
「なんで邪魔するんですか!?」
あなただって父の友達でしょうに。
体を盗まれて、好き放題言われて、怒りを感じないのか。
「そういうやり取りはもう、あの日にやり尽くしたんだよ!」
あの日とは、父の体をファイが「魔女の霊廟」から持ち逃げした日のことで。
ファイの後を追いかけたゼオは、彼を捕まえて脅したり問いつめたり、今の私のように殴ろうともしたらしい。
「けど、意味ねえんだよ。こいつを殴っても、傷つくのはシムの体だ」
歯ぎしりしそうな顔でファイの方をにらみ、
「このふざけた野郎をシムから追い出す方法があるっていうなら、何でもやってやるがな!」
しかし、そんな方法を彼は知らない。
無論のこと、私も知らない。
やり場のない怒りを抱えて、私とゼオは沈黙し。
「納得したならば聞かせよ、小娘。おぬしはなぜ、この場所に居る?」
当のファイは、全然さっぱり、空気を読まない。それどころか興味深そうに瞳を輝かせて、
「もしや、この塔が何なのかを知っておるのか?」
私は少しだけ脱力してしまった。
この人にとっては、自分の知的好奇心を満たすことだけがとにかく大事で、他は全部どうでもいいのだとわかってしまったからだ。
言うまでもなく、私はこれっぽっちも納得なんてしてない。
が、ここでいくら怒って見せても、ファイには通じないのだろう。
そんな徒労に時間を費やすくらいなら――。
早くこの塔を出よう。そしてファイをふん縛って、カイヤ殿下の所に連れて行くのだ。
それでどうにかなるとは限らないけど、たとえば王家の秘宝「魔女の七つ道具」の力を借りることができたなら、ファイの魂を父の体から追い出すこともできるかもしれない。
秘宝を私用で使わせてもらえるのかとか、そういう問題はまた置くとしてね。
すーはーと深呼吸をして、私は父の顔をした先代国王と向き合った。
怒りはある。それはもう激しく。
でも、露骨に敵対した態度をとって、また逃げられては元も子もない。少なくとも塔を出るまでは、この人を見張っておかなきゃ。
「この塔が何なのかというご質問については、多少の心当たりがあります」
おお? とファイの顔が期待に輝く。
あれは父じゃない、父じゃない。
表情とか話し方とか全然違うし、声だって怪しいエコー付きだ。
よく似ているだけの他人だと思おう。じゃないと、頭が変になってしまう。
「ご希望なら、お答えします。ただ、先にこちらの質問に答えていただけますか」
「何だ」
「カルサはどこですか? あなたと一緒に塔に入ったはずの――」
さっき話し声がしてたよね? よく聞こえなかったけど、2人以上はこの場に居たはずだ。
「知らんな」
とファイはにべもなく答えた。
「確かに共に塔に入ったが、今どこに居るのかは知らん。気づいたら居らんようになっていた」
そんないい加減な、と私が抗議するより早く、ファイはふと何かを思い出したような顔をして、
「それより、少し前にリシアの息子を見たぞ」
一瞬ぽかんとして、意味が理解できると同時にぎょっとした。
「って、まさか! それってカイヤ殿下のことじゃ――」
「うむ、左様。話しかけたのだが、何やらひどく急いでいる様子でな。妹がさらわれた、助けに行かねば、と申しておった」
「なあっ!?」
クリア姫がさらわれた? いったいどうしてそんなことに。
私が目を剥いていると、横で話を聞いていたゼオが、
「それって本物か?」
と口を挟んできた。「シムの所のじいさんはニセモノだったよな?」
……言われてみれば、確かに。
冷静さを取り戻した私は、あらためてファイに尋ねた。
「その、あなたが見掛けた殿下は、鏡の中に居て助けを求めてきたりしましたか?」
ファイは「何だそれは?」と首をひねった。
「普通に自分の足で歩いておったぞ。ひどく疲れた様子で、もう丸1日は迷い続けていると話していたな」
丸1日? ……や、それはおかしいでしょう。
私は今日の昼、殿下に会っている。この塔に来たのが真夜中で、それからまだ2時間もたってないはずだし。
「先程申したであろう。この塔は歪んでいるのだ。空間だけでなく、時間もな」
当たり前のような顔をして言われても、何のことやらさっぱりなんですが?
「と、とにかく……。その場所に案内してください」
殿下と姫様が、こんなわけのわからない塔に来ている(かもしれない)っていうなら、放ってはおけない。
「構わんが、我の質問にも答えよ。この塔が何なのか、心当たりがあると申したであろう?」
「それは――」
姿なき魔女のこととか、脅迫状のこととか。一から全部話したら時間がかかってしまう。
「姫様たちのことが心配なので……。移動しながら話す、ということでもよろしいでしょうか?」
妥協案を出すと、ファイは「まあ、よかろう」とあっさりうなずいて見せた。