373 不本意な再会1
ゴゴッと音を立てて、壁が動き出す。
何の変哲もない石壁が左右に割れて――現れたのは扉。いわゆる隠し扉だった。
扉の中には通路がのびていた。
薄暗くて狭い、抜け道みたいな通路が。
「ゼオさん、こっち!」
私は騎士たちと戦っているゼオを大声で呼んだ。
「何だ、どうした!?」
「いいから来てください! なんか隠し通路っぽいのを見つけたんです!」
冷静に考えれば、そこが今居る場所より安全だと決まったわけではなかったが、あいにくその時の私には――それにゼオにも、冷静に判断する余裕なんてなかったのだ。
2人で通路に駆け込み、扉を閉めて。
親切なことに、扉の内側にはかんぬき型の鍵が2つもついていたので、しっかりと施錠してから、通路の奥に逃げた。
ドンドン!
扉を破ろうとしてるんだろう。激しい音が聞こえたが、それもやがて遠ざかり。
不気味なほどの静寂に包まれたところで、私たちは通路を抜けた。
「って、図書館……?」
もう何が何だかわからない。通路の先にあったのは、本棚がずらりと並ぶ図書館だった。
あるいは、すごく高級な本屋さん、という可能性も捨てきれないが。
吹き抜けになった天井に、広々としたホールのような空間。ぱっと見た感じの内装は王室図書館によく似ている。
「マジで何なんだ……」
ゼオはぐったりしている。戦いで疲弊したというより、あまりにカオスな状況にメンタルの方がヤバくなってきたらしい。
「あ、さっきの通路、消えてる……」
ふと気づけば彼の背後に、あるべきはずの通路の出口がない。それを指摘すると、ゼオはますます疲れた顔でその場に座り込んでしまった。
「すまん。少しでいいから休ませてくれ……」
気持ちはわかるけど、休んでる場合かなあ。
かといってゼオを置いていくわけにもいかないので、しばし無言でその場に立っていると。
「……、…………」
耳が、何かの音を拾った。
ゼオもハッと顔を上げる。
「今のって――」
「シッ」
黙っていろとささやかれて、私はじっと動かないまま、耳だけに意識を集中させた。
「……から、……しないと……」
「……わかっ……、あと少し……」
それはどうやら話し声であるらしかった。
おそらくは男の声で、おそらくは2人。
言葉を交わしながら、少しずつこちらに近づいてくる。
ドサドサと、重たい物を動かすような音も聞こえた。
「これだけの数の蔵書だ。1冊くらいは本物が混じっていても良かろうに」
「いや、それはないよ。他の場所と同じで、多分この図書館も偽物――」
あれ、この声? と私は思った。
ゼオも気づいたらしく、やおら立ち上がると声がする方に向かって駆けていく。
「……あれ、ゼオ?」
「おお、何だ。おぬし、今までどこへ行っておったのだ」
「シーッ! しゃべるな!」
言い争う声と、何やらもみ合うような物音を聞きながら、私もゼオの後について駆けていった。
立ち並ぶ本棚の間をすり抜け、声のした方をのぞくと、そこには――。
ごく平凡な顔立ちをした、中肉中背の男が1人。
本棚から抜き出したと思しき大量の書物を足元に積み上げ、両手にも本を抱えて。
なぜか背中からゼオに組みつかれ、両手で口をふさがれた状態で立っていた。
「……っ! とぅ――」
思わず「父さん」と呼んでしまいそうになって、寸前で踏みとどまった。
あれは父じゃない。体は父でも、中身は違う。
男の名はファイ・ジーレン。本名はアダムス・クォーツ。
魔女オタクの研究者で、悪名高き先代国王。
あの魔女の霊廟から父の体を持ち逃げした、はた迷惑な盗っ人だ。
私はキッと顔を上げ、つかつかとファイに歩み寄った。
「……ようやく、会えましたね」
ここで会ったが100年目、という気分でにらみつけてやる。ゼオに組みつかれたまま、男の目がぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「私の父を、父の体を返してください。先代国王陛下」