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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
372/410

371 鏡の中から

 今の声は? と私たちは顔を見合わせた。


「悲鳴……?」

「だったな。助けてくれ、とか聞こえたぞ」


 私にもそう聞こえた。でも、気になるのは言葉の内容じゃなくて。


「何だかちょっと、聞き覚えのある声だったんですけど……」

「俺もそう思った」


 でも、まさか。こんな場所に居るはずないし。

 そう思っていたら、また。

 今度はよりはっきりと、「助けてくれぇ……」と懇願するような声が聞こえた。


「行ってみましょう!」

 とっさに走り出すと、ゼオも私に併走しながら、「行くのは構わんが、離れるなよ!」と声をかけてきた。

「さっきも言ったが、この場所はおかしい!」


 彼の説明によれば、先程ファイやカルサと塔に入った時も、道なりに進んでいたはずが気づけば入り口に戻っており、気づけば1人になっていて、2人の姿はいつのまにか消えていたのだという。


「なるほど……?」

 何が何やらだけど、確かにおかしいということだけはわかった。

「いったい何なんだよ、この塔は……!」

 毒づくゼオに、「そもそもどうやって中に入ったんですか?」と聞いてみる。

 あの入り口の扉が、仮に「魔女の霊廟」にあったのと同じものなら、専用の鍵がなければ開かないはずなのに。


「どうやっても何も、最初から開いてたぞ」

「……最初から?」

「ああ。それを見たあのファイって野郎が、興味深いって騒ぎながら中に飛び込んでった」

 で、それを連れ戻そうと中に入ったゼオとカルサは、気づけばはぐれてしまっていた、と。


 言葉を交わしているうちに、廊下の奥に着いた。

 そこはT字路のようになっていて、左右にまた廊下がのびている。

 あいかわらず殺風景で、家具もなければ調度品のたぐいも見当たらない。ただ、突き当たりの壁に、アンティークっぽい丸鏡が1枚かけてあって、

「助けてくれぇ……」

という声は、その鏡から聞こえていた。

 より正確にいえば、鏡には1人の老人の姿が映し出されていて、助けを求めているのはその老人で――。


「……おじいちゃん?」


 私は唖然とした。

 鏡の中の老人は、うちの祖父だった。

 年の頃は70前後、真っ白な髪にねじり鉢巻きをして、作業着に祖母特製のエプロン姿。いつも店に立っている姿そのままだ。


「シムの所のじーさん……?」


 ゼオも驚いた顔をしつつ、なぜか微妙に脅えた顔をして後ずさっている。

 まあ、うちの祖父は怖いからね。店にやってきたチンピラとか、タチの悪い酔っ払いとか、容赦なく叩き出す人だし。

 で、その怖い祖父が今にも泣きそうな顔をしながら、

「エル、エル。どうか出しておくれ」

と助けを求めてくる姿は、ものすごく違和感があった。


「なあ、これって……」

「多分ニセモノですね。うちの祖父はこんなこと言いません」

「だよなあ……。あのじいさん、初対面で俺の胸ぐらつかんでぶん殴ってきやがったし」

「そんなことがあったんですか」

「ああ。俺がじいさんと会ったのはあんたも知っての通り、俺が大ヘマやらかした後だったからな。殺されても文句はねえって言ったら、実際に死ぬ寸前までボコられた」

「…………」


 それは、あれだよね。クンツァイトの刺客が、7年前に私の村にやってきた時のこと。

 ゼオの「大ヘマ」で、私は一時、意識不明の重体になった。なので、祖父が怒るのも無理はない。

 ただ、ゼオが村に来たのはうちの家族を守るためだし、私が死にかけたのは私自身が無茶をしたせいでもあるから、彼ばかりを責めるのはどうかと思うけど。


「その後はどうなったんですか?」

「あ? ボコられた後か? ……まあ、色々と話を聞かれたよ。何せ、シムの奴がショックでろくに話せない状態だったからな」

「…………」


 私たちが過去を振り返っていると、ふいに鏡の中の老人が「おい、こら」と話しかけてきた。


「助けてくれ、と言っとるだろうが。聞こえんのか、この不孝者が」

「……あなた、誰ですか?」

 私は鏡の中の老人をにらみつけた。

「人の家族のフリをするとか、不愉快だからやめてほしいんですけど」

 すると老人は、途端にまたすがるような口調で、

「エル、おじいちゃんだよ。どうか助けておくれ。ここから出しておくれ……」

と哀願した。


「割るか?」

 ゼオがナイフを取り出し、私に聞いてくる。

 私も、石でもあれば投げつけてやりたい、と思うくらいには腹立たしかったが、

「いえ、やめておきましょう」

 これが魔法的な何かだとしたら、下手にさわらない方が賢明である気がした。

「無視して先に行きましょう。早くうちの父とカルサを見つけないと」

 そして、一刻も早くこの塔から出た方がいい。


 スルーして先に行こうとすると、鏡の中の老人がぎゃあぎゃあとわめき出した。


「愚か者、不忠者、無礼者! 下賤な山猿、田舎者!」

「そういや、どっちに行く?」


 ゼオが周囲を見回す。

 私たちが今居る場所からは、やってきた方とは別に廊下が2本のびている。

 右に向かう廊下は白い石造りで、木製のドアが等間隔に並び、天井にはオレンジ色の照明がついている。

 一方、左に向かう廊下は同じく白い石造りだが、ドアはなく、照明の色は淡いブルーだった。


「別にどっちでもいいんですけど……」

「なら、適当に右から行くか。何もなかったら戻って左ってことで」

「そうですね。じゃあ、右から……」


 と、私たちが先に進もうとした時。

 鏡の中の老人がひときわ高く、叫び声を上げた。


でよ、しもべたち! 不埒ふらちな者どもに鉄槌を下せ!」


 さすがに無視もできず、私たちは足を止めた。


「あの鏡、今、何て言った?」

しもべがどうとかって……」

「やっぱり、割っておいた方が良かったんじゃねえか?」


 ゼオのセリフが終わらないうちに。

 淡いブルーの照明が灯る廊下の奥から、ガシャッ、ガシャッという不吉な音が聞こえ始めた。

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