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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
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369 慌ただしい再会

 信じがたい事態に直面した私は、ひとまず常識的な対処を試みた。

 目をこすって、景色を2度見するとか。これは夢なんじゃないかと、自分の頬をつねってみるとかだ。

 しかし何度見ようがそこは夜の森で、目の前にはやたら大きな塔があるし、いくら頬をつねっても痛いだけで目が覚めることはない。

 信じがたい事態は、どうやら現実らしいと理解した私は、あらためて周囲を見回した。


「この塔って……」

 もしかしなくても、あの塔だよね。王都の北にいきなり現れた、「姿なき魔女」が来いと指定していた場所。

 ってことは、これは魔法の力? 来いと言われたのに行かなかったから、無理やり連れて来られたとか?


 ――と、悠長に思考を巡らせていられたのはそこまでだった。


 私をこの場所に招待した何者かは、私をもてなすための準備をしてくれていたらしい。

 私を退屈させない、それどころか落ち着いて状況を確かめる暇もない、物騒で迷惑極まりないおもてなしを。


 それは奇妙な音から始まった。


 パキ、ポキ、ベキ。


 周囲の木々の枝が、折れていく。

 ポキポキと。

 まるで見えない巨人の腕にへし折られてでもいるかのように、簡単に木の幹から離れて、落下していく。


 ちょっと、ちょっと、ちょっと。

 この光景、しばらく前にも見たことあるんですけど!?


 何かの冗談だと言って、という私の願いも虚しく、やがてこんもりと地面に山を作るほどの量になった木の枝は、次の瞬間、集まって人型を作り――。


 ギイイイイイイッ!!


 奇声を発して、いっせいに襲いかかってきた。


 同じだ。あの魔女オタクの元王様が、「白い魔女の杖」を使って殿下のお屋敷を襲撃してきた時と。

 ただ、あの時と今とで決定的に違うのは、私が1人だということ。

 戦える人は居ない。助けてくれる人も居ない。あらがおうにも武器はなく、逃げ出そうにも既に囲まれている。

 あまりのことに頭が真っ白になって、呆然とただ立ち尽くしている間に、人型の群れが目の前に迫り――。

 ガツンという衝撃音が聞こえて、世界が反転した。


 最初は殴られたんだと思った。

 しかし、体のどこにも痛みはない。

 代わりに、お腹の辺りが何だか圧迫されて苦しい――と思ったら、誰かが私の体を抱えて、夜の森を走っていた。

「!?」

 とっさにもがこうとする。が、即座に「じっとしてろ!」と怒鳴られた。

 ……この声。

 まさか、巨人殺しの――。


 視線を上げて相手の姿を確かめた私は、ぎゃっと悲鳴を上げた。

 それは確かに「巨人殺し」だった。父の友人である、不死身の元暗殺者のゼオだった。

 だけど問題はそこじゃない。彼の顔面が血だらけだったことだ。顔の右半分、ちょうど右目の少し上辺りからダラダラ出血している。

「って、ちょっとお!?」

 思わず叫んだら、「黙ってろ、舌噛むぞ!」とまた怒鳴られた。

 そのままゼオは私を抱えて走り続け、行く手を阻もうとする人型の群れをすり抜け、あるいは飛び越えて、驚異的な身体能力を発揮しながら、扉の中に駆け込んだ。


 あの塔の扉だ。「魔女の霊廟」にあったのとそっくりな、今は開きっぱなしになっている観音開きの扉。

 中は広々としたエントランスホールだった。

 吹き抜けになった高い天井。正面に立派な階段。奥に続く長い廊下。

 無骨な石造りで、調度品のひとつも置いてはいないが、造りそのものは貴族のお屋敷みたいだった。

 明かりもついている。高い天井にぽつぽつと、薄ぼんやりしたオレンジ色の照明が……。さっき外から見た時には真っ暗だったはずなのに。


 きょろきょろしているうちに、床に下ろされた。

「ここまで来れば大丈夫だ。あいつら、扉の中には入ってこないからな」

 ゼオの言う通り、人型たちはなぜか追ってこない。扉の外にうじゃうじゃ集まって、こちらの様子をうかがうかのようにうごめいている。

「って、それよりケガ! 手当てしないと!」

 ゼオは「あ?」と眉をひそめた。

「……ああ、俺の話か。手当てなんていらねえよ」

 そう言って、服のそででひたいの傷をぬぐう。

 あんなに血が出ていたのに、そこにあったのはごく小さな傷だった。しかも見る間にふさがっていく。……そのうち、消えてしまった。

「前にも見せただろ、俺は不死身だ。このくらいの傷、どうってことねえよ」

「…………」

 私は無言で彼に歩み寄り、取り出したハンカチでその顔を拭こうとした。


「おい、やめろ」

 ゼオの腰が引ける。戸惑った顔で、「何やってんだ」と聞いてくる。

「まだ血がついてますよ」

「んなもん、自分で――」

 また腕を上げて顔を拭こうとしたので、ぺしっとその手を叩く。

「汚いそでで拭かない! 傷口からバイ菌が入ったらどうするんですか!」

「……汚くて悪かったな。……あ、おい、やめろ。さわるな」

 ゼオの抗議を無視して血をぬぐう。

「消毒薬は持ってませんか? 傷口にあてるガーゼとか、包帯とか」

 ちゃんと手当てしようと思ったのに、ゼオは及び腰になるばかりだった。


「そんなことより! あんた、何か俺に聞きたいことはないのか?」

 ゼオに聞きたいこと。あるかないかで言ったら、もちろんある。

「……父はどこですか」

「それだよ。普通は真っ先に聞くはずだろ」

 そんなこと言ったって、自分をかばってケガした人を放っておけないじゃないか。

「ついさっきまでは、シムもここに居たんだよ。動くなって言ったのに、あの野郎が奥に連れて行っちまった」

「あの野郎?」

 ゼオは思いきり顔をしかめて、吐き捨てるようにその名を口にした。

「だから、ファイとか名乗ってたあいつだよ。あんたも知ってるだろ」

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