368 深夜0時
ぐるぐる、ぐるぐる。世界が回る。
テーブルと椅子。かまどや食器棚。ドアも、窓も、セドニスの姿も、全てが回っている。
何なの、これ。何が起きたの。
「エル・ジェイドさん!」
もう1度、セドニスが私を呼ぶ。ほとんど叫ぶように。
だけど私は、返事ができなかった。
ふいに視界が暗転して、周囲の音が消えて――ついでに、足元の床も消えた。
落ちる。
落下感と浮遊感。
いきなり暗闇に投げ出され、もはや左右どころかどっちが上か下かもわからず、強烈なめまいと吐き気に襲われながら、私は叫んでいた。
「何なの、これ!?」
無論のこと、誰かが答えを教えてくれるわけではなかったが――それでも、黙っていられなかったのだ。
あまりに唐突でわけのわからない事態に、再度、抗議の声を上げようとした、その時。
冷たい外気が頬にふれた。
一瞬遅れて、両足が大地に着く。勢い余って、若干つんのめる。
どうにか体勢を整え、辺りを見回した私の目にうつったのは――。
見上げるほど大きな、白い石造りの塔だった。
「え……」
周囲は森。塔の正面入り口には、何やら見覚えがある気がする観音開きの扉があった。
……開いている。まるで来訪者を誘うように。その内部には、ただ闇だけが広がっていた。
誰も居ない。
ついさっきまで話していたはずのセドニスも、憩い亭の厨房も幻のように消えて、私は夜の森に1人、立っていたのだった。