367 新米メイドの未来の話3
真顔で「働きませんか」なんて言われて、私は戸惑った。
「えっと、それって真面目な話……?」
「真面目な話ですよ。逆に、冗談を言っているように見えましたか」
そうじゃないけど、なんで私にそんなことを言うのかがわからない。
「……私、事業のこととかよくわかりませんけど」
実家は代々商売をやっているが、私が手伝っていたのは料理とか接客で、経営の勉強についてはあまりしてこなかった。
「それはつまり、ご実家を継ぐつもりがなかったという意味ですか?」
や、うちはその辺り、ユルかったから。
3人の子供のうち、継ぎたい人が継げばいいって感じで、長女だからと過度な期待をかけられることはなかった。
そのうち妹が継ぎたいと言い出して――でもまだ子供だから、気が変わるかもしれないし。
弟はかなり早い段階から継ぐ気はないと言ってたし。
結局は私が継ぐことになってもいいようにと、家の仕事を手伝っていた。それだけの話だ。
「つまり、希望の職業というものは特になかったと」
ありませんでしたけどね。特別裕福なわけでもない、一般家庭の子供なんてそんなものでしょ。
職業選択の自由って、ある程度、余裕がなければ生まれないものだ。
やりたいことよりも、やらなければならないことを優先。「将来の夢」的なものなんて――。
子供の頃には一応、あったけど。
お菓子屋さんだったかな。本屋さんだったかな。物語に出てくる英雄に憧れたこともあったっけ。剣と魔法を自在に操り、悪者をやっつけ、囚われのお姫様を救い出す。そんな自分の姿を夢想しては楽しんでた。
ある程度、成長してからは――村の学校で働きたい、というのがひそかな夢だった時期もある。
自分が子供の頃にお世話になった先生が、優しくてステキな人だったからね。
一緒に学んだ幼なじみたちの中には、教師を目指して高等学校に進んだ人も居た。
学校があるのは大きな街で、進学には当然お金がかかる。
その子の家はあまり裕福じゃなかった。でも、村では1番優秀な子だったし、「将来は村の学校で働く」という条件付きで、村長や村人たちの支援を受けることができたのだ。
彼女ほど優秀ではなく、なんとしても教師になりたいという熱意があるわけでもない私は、ただ見送るだけだった。
なんとなく家の仕事を手伝い続けて――王都に出て来たのは自分の意思だが、それは父を探すためで仕事を探すためではない。メイドになったのだって、ほぼ成り行きだし。
そう言えば、クリア姫にも言われたなあ。
私がメイドになったのは、メイドの仕事そのものがしたかったわけではなく、父親を探すという目的があってのことだと。
いつか姫様が東の国に留学する時、ついてきてくれたら嬉しい、とは言ってくださったけど。
もしも、私がメイドの仕事に誇りとやりがいを持っていたなら、姫様はもっと強く誘ってくださっただろうか。
一緒に来てくれ、とはっきり言ってくれたかな。
「エル・ジェイドさん?」
セドニスが声をかけてきた。「……その、大丈夫ですか?」
私は思っていることが正直に顔に出るタチである。で、この時はちょっとばかり気持ちが沈んでいた。
なので、心配してくれたらしい。この人はそっけなく見えて親切だから。
「すみません、何でもないです」
できるだけ元気な声で否定する。しかしセドニスはなぜかより心配そうな顔になって、わずかに椅子から腰を浮かした。
「何やら急に影が薄くなったような……?」
そう言って、自分の目をこすっている。
影が薄くなったってどういう意味だ。ちょっと落ち込んでいただけなのに、おかしなことを言う。
別に何でもないですよと繰り返そうとした時、ゴーンゴーンと遠くから鐘の音がした。
……時報代わりの鐘? でも、こんな夜遅くに? 普通は安眠妨害になるから、真夜中には鳴らさないものなのに。
時計を見れば、ちょうど深夜0時を迎えたところで。
それがあの脅迫状で指定された期限だと気づいた瞬間、不可思議な現象が私に襲いかかった。
目の前の景色が突然ぐにゃりと歪んで、めまいでも起こしたみたいにぐるぐる回り始めたのである。