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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
367/410

366 新米メイドの未来の話2

「えーっと」

 書類を手にしたまま、私は困惑した。

 色々と疑問はあるのだが、どこから聞けばいいのかわからない。

 ひとまず自身の記憶をたどってみる。


 悪徳金貸しのアゲートが、なぜか慈善事業を始めることになった、という話については初耳じゃない。

 最高司祭だったクンツァイトが色々あって失脚し、あの家がやっていた社会奉仕活動や慈善事業が宙に浮いてしまって。

 アゲートは「商売仲間」のアベント商会( クンツァイトの御用聞きだ)から事業を受け継ぐことにした。……でも、なかなか信用が得られなくて困ってるって言ってた。


 家族にすら守銭奴呼ばわりされるあの人が、なんで慈善事業なのかはこの際、置いておく。

 それよりも気になるのは、この書類がここにある理由の方だ。


「アイオラさんって、あのアゲート商会の会長と知り合いだったんですか?」

「ええ、まあ」

 セドニスは私の問いにうなずいたものの、その複雑な表情を見る限り、あまり良好な関係というわけではなさそうだった。


「当店のオーナーは、傭兵時代に得た財を元に起業しました。王都の商人としては新参者です」

 歴史ある王都には、何百年も店を構えてきた老舗しにせが何軒もある。

 そうした商人同士は横のつながりがあるしプライドは高いしで、新参者にはなかなか冷たい。

「アゲート氏も同じです。一代で財を為した、いわば成り上がりですね」

 成り上がりには、金があってもコネがない。

 王族や貴族と新たにつながりを持とうにも、既に古株の商人たちとがっちり癒着している場合が多い。

「そこでアゲート氏はカイヤ殿下に目をつけた」

 王都に凱旋して間もない英雄。相手が老舗だとか成り上がりだとか、そういうことで扱いに差をつける人ではない。

「何としても殿下の覚えがめでたくなりたいアゲート氏が、殿下や妹姫に対し、一方的かつ大量の贈り物をしたことがありまして」

 あー、その話、なんかだいぶ前に聞いたことがあるかもしれない。

「それがオーナーには面白くなかったようです。殿下は可愛い弟子ですし……。自分が商売の便宜をはかってもらうつもりでいたのに、横入りされたと思ったのでしょう」

 アゲート商会に乗り込み、勝手な真似をするな、とアゲートの胸ぐらをつかんで脅した。


「お役人を呼ばれませんでしたか?」

 普通はそうなる。そして連行されて終わりだ。商売どころじゃない。

「それが意外にも、アゲート氏は怒るどころか、極めて紳士的な対応をされたようで」

 アイオラをなだめて応接間に通し、あいさつが遅れたことを詫びて、「せめてもの謝罪に」と贈り物を包んで差し出した。

 中身は、入手が極めて困難な幻の銘酒。

 アイオラもその場は引き下がった。……でも、軽くあしらわれたみたいで何だか面白くなかった。


「以来、何かにつけて張り合っているというか、アゲート氏には負けたがらないというか」


 今回の「事業」についても同じく。

 この「出資のお願い」、アゲートは王都のめぼしい商会全てに送ったらしい。

『王国の戦後復興から取り残され、悪逆非道な聖職者どもの犠牲となった子供たちを救い、健全な未来へと導くために、どうか皆様の愛と善意を』

 ……早い話が、クンツァイトが密偵や暗殺者に育てようとしていた戦災孤児たちをきちんと保護しようという取り組みだ。

 何も悪いことじゃないし、怪しい話でもない。

 ただ、前述の信用問題があって、思うように協力者が集まらなかった。怪しい話ではないが、言い出したのがアゲートだから怪しい、と思われてしまったのだ。


「アイオラさんは協力するんですか?」

 ここにこの書類があって、セドニスが何やら仕事してるってことはそうなんだろう。

 思った通り、セドニスは小さくうなずいて、

「アゲート氏が驚いて腰を抜かすほどの金額を出してやれ、との指示でした」

 驚いて腰を抜かすほどの、ね。アイオラならもうちょっと品のない言葉を使いそうな気もするけど、まあそれはいいや。

「アイオラさんて、慈善事業とかそういうの……」

「興味はないでしょうね」

 慈善事業だから、儲かるわけじゃない。周りからよく思われたいとか、そういうのもあの人にはないだろう。

「じゃあ、どうして……」

 アゲートに負けたくないから? そんな理由だけで大金を出す?


「……さあ。なぜでしょうね」

とため息をつきつつ、セドニスは答えを知っているような顔をしていた。

「聞いても本当の理由は言わないでしょう。あの人の辞書に『素直』や『正直』といった言葉はない」

「…………」

「まあ、あの人も戦場からの帰還者ですから。戦地や国境線沿いの町に、戦災孤児があふれている光景ならじかに見ているわけですが」

 うん。セドニスも国境近くの出身だ、って前に言ってたよね。


 要するにそれが「理由」なんじゃないのかな。

 他人に厳しく、身内に甘いアイオラのこと。

 見知らぬ孤児たちに同情したわけではなく、身近な誰かが、自分と似た境遇の子供たちへの支援話を聞いてどう思うか――といったことを多分考えたのではないだろうか。本当に、多分だけど。


「……そろそろ話を戻してもよろしいでしょうか」

 うん? 戻すってどこに?

「あなたの将来の話ですよ。もしも今の仕事をお辞めになる気があるなら、当店で働きませんか」

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