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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十六章 新米メイドと魔女の塔
365/410

364 深夜11時

 その日の夜遅く。

 結局はまた泊めてもらうことになった「魔女の憩い亭」にて、私は無駄に冴えた頭を持て余していた。

 眠気がやってこない。それどころか、眠ろうという気持ちすらわいてこない。

 着替えもせず、ベッドに腰を下ろし、私は考えていた。

 あの塔のこととか。国母エメラ・クォーツのこととか。


 それと、例の脅迫状。


 殿下には結局、聞けないままになってしまったが。

 国母やミラン、レイテッドの元当主の身柄を盾にして「塔に来い」と要求していたあの手紙には、実は続きがあった。

 正確には、期限があった。

 本日、深夜0時までに来るようにと書いてあったのだ。ちらっと見えただけだが、多分間違ってはいない。

 普通に考えても、脅迫状というのは無期限ではないだろう。いつまでにこうしろ、と何らかの要求をするものだろう。

 つまりタイムリミットは目前に迫っているわけで――。


 いくら狂言だと言われたところで、不安は拭えなかった。

 明日には人質の誰かが変わり果てた姿で見つかるんじゃないかとか、そんな怖いことをつい考えてしまう。

 もちろん宰相閣下の言う通り、要求に従って殿下が塔に行く、なんていうのは絶対ダメだと思うけど。

 あの優しい殿下が、従弟いとこの身を案じないわけがないし。閣下やフィラ様、エンジェラ嬢だって、本音では心配だろうし。

 きっと眠れない夜を過ごしているんじゃないのかな。そう考えると、ぐーすか眠る気にはとてもなれなかったのだ。あの脅迫状に「来い」と名指しされたのは、私も同じなのだから。


「よし、決めた」

 今夜はもうちょっと起きていよう。

 さすがに徹夜はしないが、せめて日付が変わるまで待って、何事もないことを確かめてから眠りにつこう。

 そうと決まれば、やるべきことはひとつ。

 ズバリ、夜更かしに備えて体力をつけるのだ。

 具体的には、夜食がほしい。それが無理でも、せめて温かいお茶くらいはほしい。

 今から憩い亭の厨房を借りることはできるだろうか?

 時刻は午後11時を回ったところ。この店の食堂は酒場も兼ねているから、このぐらいの時間まで酔客が居ることも珍しくない。

 けれども今日は、何だか静かだった。しんとした静寂が、表通りから店の中まで満ちている気がする。


 私はそっと寝室を出て、忍び足で厨房に向かった。

 やっぱり、静かだ。酔っ払いたちも今夜は早めに引き上げたのだろうか。

 だけど廊下には明かりがついているし、厨房の中には人の気配が――。


「エル・ジェイドさん?」

 そこにセドニスが居た。いつもは食材や料理が並んでいるテーブルになぜか書類の束を並べて、真新しい便箋にペンを走らせている。

「こんな時間に、どうしたのですか?」

 明らかに仕事中らしい彼の前には、私が求めてきた夜食が置いてあった。チーズやハムなどの軽食とカップスープである。

「……もしや、空腹で?」

 私の視線の向きを見て、セドニスが眉をひそめる。


 や、違う。お腹がすいて起きてきたわけじゃない。

 心配事のせいで眠ることができず、結果として夜食が必要になっただけだ。順番を間違えないでほしい。


「言い訳は結構ですよ。どうせオーナーの分も含めて、多めに用意してありますので」

 必要ならどうぞ、とスープを鍋から注いで、差し出してくる。

 その温かそうな湯気と良い匂いに、私はあっさり陥落した。

「……いただきます」

 カップを受け取り、口元に持っていく。

 はあ、美味しい。根菜の旨みが染み出たスープだ。少量のベーコンと、ぴりっとした黒コショウがアクセントになっている。

「よろしければ、こちらも」

と軽食の皿を差し出すセドニス。

 私はありがたく頂戴ちょうだいした。塩辛いハムと滋味あふれるチーズ、メープルの香りがするナッツ、カリッと焼きしめたパン……。どれも美味である。


 私がお腹を満たしている横で、セドニスは何食わぬ顔で書類にペンを走らせていた。

 こんな時間まで仕事なんて、大変だな。

 けど、どうして厨房に居るんだろ。仕事部屋とか、他にあるはずだよね?


「この時間はよくオーナーが飲みに来るからですよ」

 聞いてもいないのに、答えが返ってきた。

「夜食を用意するためと、飲み過ぎを防止するために待機しています」

「……そうなんですか」

 私はちらっと廊下に視線を投げた。

 アイオラが現れる気配はない。でも、来る可能性があるというなら、早めに引き上げた方がいいかもしれないな。

 あの人、口が悪いし。私も絡まれるとつい応戦してしまうし。

「今夜はまだ大丈夫だと思いますよ。見物に行ったきり、戻っていないので」

「見物?」

「ええ、例の――」

 王都の北に、忽然と現れた謎の塔を見に行ったと聞かされて、私はあっけにとられた。

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