360 王城にて
塔があった。
白い石造りの、細長い建造物が。
王都の北、なだらかな丘がつらなる丘陵地帯の一角から、にょっきりと天に向かって突き出している。
その先端は、雲まで届いていた。
どこまでのびているのか、どのくらいの高さがあるのか、全貌は伺えない。
私は目をこすった。
まばたきを繰り返し、自分の視力に問題がないことを何度も確認した。
塔がある。王都の北に。ほんの数日前まで、影も形もなかったはずの建造物が姿を現している。
「アレの存在に気づいたのは、昨日の午前中らしい」
異様な光景から目が離せないでいる私に、カイヤ殿下が声をかけてきた。
「親父殿が言うには、『気づいたらあった』そうだ」
「……はあ」
「一昨日にはおそらくなかったはず、とも言っていた。注視していたわけではないから、絶対とは言えんそうだが」
「…………」
「城の者たちも、だいたいが似たような意見だ。ふと気づいたらそこにあった。最初は見間違いかと思ったと」
私はようやく景色から目を離し、殿下の顔を見た。
ちなみに、そこは王城の一角。
最上階のちょっと下から、露台のように張り出した場所だった。
多分、お城の偉い人たちがここでお茶でも飲むんだろう。あちこちに花が飾られているし、居心地の良さそうなテーブルセットも置いてある。
北向きだから日当たりは悪いが、景色は素晴らしかった。緑の丘と遠くの山々、澄んだ青空が一望できる。
故郷に帰ろうとして、結局は帰れなかった日の翌日。
「魔女の憩い亭」で一泊し、さて今日はどうしようかと思いながら朝食をとっていた私のもとに、殿下が訪ねてきて。
「まずは見てほしいものがある」
と言って、連れてこられたのが、ここ。お城の露台。そして見せられたのがあの塔だった。
「……何なんでしょうか、アレ」
私の疑問に、殿下は「何なのだろうな」と首をひねった。
「見たところは塔だが」
「……そうですね」
「しかし、あの場所にそんなものはなかったはずだ」
「ですよね」
あの辺りに建物なんて、例の「魔女の霊廟」くらいしか――。
「ああ、そうだ。あの塔はまさに霊廟があったはずの場所に建っている。まるで石室が一夜にして塔の姿に変じたかのように」
「…………」
「正面入り口の観音開きの扉も、霊廟にあったものと酷似していたそうだ。偵察に出たクロサイトと騎士たちの話によれば、押しても引いてもひらかなかったらしいが」
魔女の霊廟の扉も同じだ。専用の「鍵」がなければ開かない。そしてその鍵は今、クリア姫が持っているはずだ。
「試してみたんですか? あの鍵――」
私の問いに、殿下は苦い顔をした。
「……事情があってな。判断を保留している」
「?」
その事情とは何か、殿下が説明しようとした時。
露台の入り口の方から声がした。
「脅迫状が届いたんだよ」
私と殿下は、同時に振り向いた。
長いマントをひらめかせ、露台に姿を現したのは王様だった。
ツンツンと逆立てた金髪に王冠をかぶり、あちこちに宝石をあしらった立派な服を着ている。まだ残暑厳しいこの季節には、かなり暑そうな格好だった。
「脅迫状って言うより、招待状かな。ほら、君とクリアちゃんがやっつけた魔女。なんか姿が見えないとかいう――」
軽い口調で話しかけながら、こっちに近づいてくる。
「……何をしに来た」
殿下が王様をにらんだ。「親父殿は呼んでいない。彼女には俺から説明すると言っただろう」
王様はふっと嘆息した。
「そうだけどさあ。一応、私の口からもお願いしとこうかと思って。誘拐されちゃったのはうちのおふくろさまだし」
誘拐? 王様のお母様が?
「それも含めて、俺から説明する。――消えろ。彼女に近づくな」
「…………」
私をかばうように立ちはだかる殿下を、王様は黙って見下ろした。
殿下が私に「告白」した件は噂として広まってしまったから、王様だって当然知っているはずである。
このふざけたおっさんのことだ。何かタチの悪いセリフでからかってくるんじゃないかと、私は警戒した。その時は絶対に黙っていないつもりだった。
しかし王様は「はいはい、わかったよ」と言って、あっさり露台から出て行ってしまった。私が少なからず拍子抜けしていると、殿下が謝ってきた。
「すまない。余計な邪魔が入ったな」
「いえ、そんな」
慌てて否定しつつ、脅迫状って何のことだろうと私は考えていた。しかも例の魔女が関わっているって……。
殿下は「そのままの意味だ」と答えた。
「あの塔の出現と時を同じくして、『姿なき魔女』を名乗る者から書簡が届いた。王国の要人を人質にとり、俺にあの塔まで来るようにと要求している」